第15話 強さの根源 side:エンリケ


「それが義務……だというのか?」


 うっすら、眼を細めるようにしてエンリケは、目の前の少年を見つめた。


 正直、少年が語ったのは、滑稽にもほどがある話だった。


 リヨンと言えば、ランドール領地の中でも、規模としては一番大きな街で安定した都市である。

 そこで、そんなことが、本当に起こりうるのか……?


 少年が語った未来はあまりにも衝撃的だった。


 だからこそ、エンリケは聞いたのだ。

 元Sランク冒険者として威圧を込め、少年に聞き返した。


 それでいいのか、と。

 他人に任せる、と言う道もあるんじゃないか、と。


 だが、少年は違った。


 少年は語った。

 それが、自分にとっての義務だからだ、と。


 思わずエンリケも、元Sランクとして数々の死線を潜り抜けたエンリケでも、思わず、気圧されるほどのまっすぐな視線。


 その眼は雄弁に語っていた。


「それが、貴族たる義務――ってやつか」


 なるほどな、とエンリケはやっと納得がいったような気がした。


 この少年の強さの理由が。

 年に似つかわしくない、強さの根源が。


「不思議だな」


 エンリケは口を開いた。


「普通の貴族がそんなことを言っても、ただ胡散臭い偽善にしか聞こえないが……坊ちゃん。アンタの眼を見たらわかる。本気で自分の義務だと思っているってな」

「お、おう……」

「なら、俺の方も準備を進めておく。久々に、暴れられそうだ――」


 と、そこまで言ったエンリケの目の前では、少年が急に席から立ち上がり、窓の方を見つめていた。


「どうしたんだ、坊ちゃん。急に俺から目を背けて」

「い、いやさすがに厨二感が……いやなんでもない。そ、そうか。良かったな……、うん本当に」


「まあいい」


 なぜか窓の方に顔をそらした雇い主に呼びかけながら、エンリケは首を鳴らした。


「坊ちゃん。アンタは、このエンリケを好きなように使っていい。何でも言ってくれ」


 そう言って、エンリケは部屋を後にした。




 久々に、血が湧きたつ感覚。

 ギルドを追放された時でもこれほどの高ぶりは感じたことがない。


「――楽しそうな祭りじゃないか」


 エンリケは、獰猛に笑った。










「お、おう……」


 最終的になにか納得したらしい様子で、エンリケは部屋を出ていった。


 しかし反対に、俺はひたすら気まずい思いを感じていた。

 だって、ねぇ……。

 

「なんでかわからないけど、あいつ、無駄に強者感を漂わせるの上手いな」


 Fランクの癖に、と俺は思った。

 よくもまあ、あんなカッコイイ台詞がポンポン出てくるものである。


「本気で暴れられそうだぜ……」とか、「この俺を好きなように使っていい」とか。


 さすがにヤバくて、思わず立ち上がり、夕日を見てしまった。

 眼がまぶしくてだいぶつらかったが、あの厨二病モードに入ったエンリケを直視するよりは辛くはないだろう。




 ……いや、良くないな。


 そうやって他人を判断するのはよくない。


 そう。

 モブを目指す俺とは、ちょっと目指す方向性に違いはあるが、エンリケも強者に憧れて、強者感を醸し出すのにハマっているのかもしれない。

 

 いや、やっぱあれほどの演技力なら、万年Fランクの冒険者よりは芸人とかになってそれなりの街、それこそリヨンとかで、演劇をやっていた方がいいんじゃないかと思わなくもない。


 あいつの演技力だったら結構いい線いけるだろうし。



 ……いや、でもなあ。


「………………」


 俺は、無言でエンリケが去っていった扉を見つめた。

 

「うーん、ノブレス・オブリージュか……」


 なんかこっちを眩しそうに見つめてきたダメ男には悪いが、2文字ほど違う。


 ごめんな、エンリケと、心の中で語りかける。


 





 ――うちの場合、なんだ。

 


「準備でも始めるかぁ」


 かくして、俺はそんな無駄なシャレを考えつつ、クズトスの没落が始まる街、リヨンへ行くことになったのである。

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