第14話 始まりのイベント

「ウルトス様!」

 ある日のこと、珍しくリエラが慌てて部屋に駆けこんできた。


「おめでとうございます。お父上とお母上様がこちらに戻ってくるようです」


「ああ、もうそんな時期か」

 

 俺は、机で魔法書を読みながら答えた。


 ちなみに言い忘れたが、クズトスの両親――クズトス父とクズトス母は、結構いい人で、魔物が活発化してからというもの領地や国内を飛び回っている。


 まあそのせいで、息子は可愛いメイドに手を握ってもらえないと屋敷の中を歩けない、とか無茶苦茶なことを言い出し始める事態になっていたのだが……。


「で、久々に、家族で近くの街まで行くのはどうか、というお手紙が来ています!」

「へえ」


 中々珍しい。可愛いメイドに手を握ってもらえないと屋敷の中を歩けない、というクズトス君はもちろんこの屋敷を出ることはめったにない。

 そして俺もモブ人生のためにあまり目立つようなことはしたくなかったので、外に出ようとしたこともなかった。


「で、どこまで行くんだろ」

「リヨンです」


「――リヨン?」


 その瞬間、取り乱さなかった俺を誰か褒めてほしい。


「え、えぇ………そうですけども」


 不思議な様子で答えるリエラに、俺は矢継ぎ早に質問をした。


「リヨンか。街だよな? 近くに村はあったか?」

「あ~、たしかちらほらあったような気がしますが」

「父上と母上は、リヨンで何をすると?」

「お食事やリヨンの街の有力者をご紹介したい、と言っておられました」


「そうか」と俺は短く答えた。


 息を整える。




 リヨン。

 『ラスアカ』プレイヤーならば、誰もが一度は聞いたことのある街の名前である。


 それは、始まりの街。

 

 原作開始の約10年前、その街である事件が起こる。


 その事件を機に、主人公のジークは学院に入学することになり、メインヒロインの1人は強さを求め、

 そして何より、クズトスのクズっぷりがより加速し始める。


 クズトスの両親とクズトスが一緒にリヨンへ。

 間違いなく、このイベントとつながっている、と俺は確信していた。



 ……良くないな。

 うん、これは非常に良くない。


 本から顔を上げ、リエラの顔を見つめる。

 

「……リエラ」

「ウルトス様、なんでしょうか」


 少し、俺の雰囲気が真面目になったのを感じたのだろう。リエラもしっかり背筋を伸ばし、真面目な眼をしてくる。


「エンリケを呼んでくれ。手伝ってほしいことがある、と」

「喜んで」

「それに人払いを」

「かしこまりました」


 俺は、跪くメイドに「頼む」と声をかけた。








「坊ちゃん、正気か……?」

「あぁ、もちろん」


 俺の部屋に呼ばれたエンリケは、話を聞くなり頭を抱えていた。

 ざっくり言うと、俺はこのイベントにまつわる話を全て暴露した。


 そうしたら案の定、急に降ってわいた衝撃の事実に、エンリケは思いっきり顔を歪めた、と言うわけである。


「まず疑問がある」


 そう言ったエンリケが、手を上げた。


「だいたい、坊ちゃんの言う通り、本当にそんなことが仮に起こるとしたら、だ。

 ――なんで周囲に協力を仰がないんだ?」


 エンリケの疑問はもっともだった。

 たしかに、これから起こる事件を、例えば両親にでも話していたら、もっと楽に解決できるかもしれない。


 が。


「信じてくれると思うか? それに、情報が広がれば広がるほど、面倒なことになる」と俺は打ち消した。


 まあたしかにな、とエンリケも苦々しく同意する。


「それだけの話が漏れたら危ういしな……」


 まあ、もっと言うと、俺が他の人には言わない最大の理由は、単に騒がれたくないから、ということもある。



 ――俺が望むのは凡人。普通。まとも。モブ。



 しかも、タダのモブではない。


 モブのふりをして原作に関わる???

 

 残念ながらごめんである。


 原作で一切目立たず、主人公の顔見知りの普通の一般的男子生徒Aとして落ち着くことこそが、俺の人生の目標だ。


 というわけで、俺のクズレス計画は、まだまだ進行中となっている。

 幼少期から、そんな大事件に表から首を突っ込みたくはない。



「だが正直、結構な賭けだぞ」と顔を歪めるエンリケ。


 なんだかんだ常識はある男なので、エンリケはこちらを心配しているのだろう。 


「坊ちゃん。なんでそんな真似を? わざわざ危険な橋を渡りたがる………?」


 元Fランクの癖に鋭い目線が、俺を貫く。


「『なんでそんな真似を』か」


 思わず、笑みが漏れた。そのままエンリケを見返す。

 エンリケの目力と同じくらい覚悟を込める。


 決まっているだろう? と、俺は答えた。


 なぜなら。


「――それが、俺にとって義務だからだ」


 カッコつけたが、結構本心である。


「義務……だというのか?」と、息を呑むエンリケ。


 どうでもいいけど、こいつ演技力高いな。

 もう冒険者というより、俳優向きなんじゃないか??


 そんな関係のないことを考えながら、俺はさらに一気に答えた。


「あぁ。俺は、なすべきことをなす。自分がなすべき、当たり前の行為をな」


 力強く、覚悟を込めて言い切る。


 いやだって、このイベントをどうにかしないと、最終的に"ざまあ"されて俺、死ぬし……。

 狙っていたヒロインを侍らせた主人公に、スカッとやり返されるし……。



「なッ……!!」と俺の答えを聞き、またしても眼を見開くエンリケ。



 迫真の表情である。



 どうでもいいけど、こいつ、本当に演技の道に進んだ方がいいんじゃないか、と俺は何やら深刻な表情をし始めたエンリケの前で、ほとんど関係ないことを考えていた。





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