第12話 たどり着いてしまった真実(勘違い)


「き、消えたい………」

「えっ」


 少年のその言葉を聞いた時、カルラは自分の耳を疑った。


 ――なぜなら、少年の眼は、カルラが今までに見たことないほど寂しそうな眼をしていたから。




 カルラ・オーランドにとって、ランドール・ウルトスと言う少年は、はっきり言って嫌いなタイプの貴族だった。


 初めて見たときの印象は、今でも覚えている。


 名家ランドール家の次期当主と言うこともあって、魔力鑑定してほしい、という依頼を受け持ったはいいものの、ウルトスの態度は最悪だった。


 横には美人なメイドを侍らせ、しかもおやつをわざわざ『あ~ん』させる。


 せっかく魔力鑑定についての説明をしても、こちらをいやらしい眼でじろじろ見てくるだけで、ろくに話も聞いていない。


 ――所詮、貴族のお坊ちゃんはこんなものか。


 失望したカルラは、魔力鑑定でも大した結果は出ないだろうと思い、さっさと帰ることにした。





 しかし、ランドール・ウルトスの魔力属性は、信じられないものだった。


 魔力鑑定は対象者の血を解析する。

 メジャーな属性であれば、数日も経たずに鑑定できるのだが……。


 ウルトスの魔力鑑定は難航した。


「まさか……!」


 そして、あらゆる文献を探しに探したカルラは、ある仮説にたどり着いた。


 ――域外魔法。

 そして、ただでさえ珍しいその域外魔法の中でも、【空間】と言う属性。


 カルラ自身も珍しい域外魔法持ちではあるが、そんな属性は、古い文献で見かけるくらいだ。


「まいったな」


 本来は喜ぶべきなのだろう。

 しかし、カルラは同時に不安を感じていた。


 ウルトスとかいう少年は典型的な嫌な貴族、と言ったタイプだった。そんな人間に、この力を教えていいものか。

 域外魔法と言うのは、圧倒的なアドバンテージになりうる。



 悪用されるのではないか。

 悪用されて被害者が出るようなことがあったら……


「もし、その時は……」


 もし、そうなったら自分が命を懸けてでも止めよう。


 ――カルラはそう、覚悟を決めた。







 しかし、久々に会ったウルトスは、前に感じた嫌な雰囲気が一切消えていた。


 いやむしろ、屋敷や、ちょっと見かけただけだったが、兵士たちの雰囲気も良くなっているように感じた。


 だが、カルラは信じていなかった。

 どうせ、域外魔法のことを告げれば、この前のようにすぐに調子に乗るはず。

 

 そう考えていたのだが――


「そう、ですか」 


 少年の反応は、想像していたのと違った。苦々しい反応。


 そして、少年の口からこぼれた


「き、消えたい………」と言う言葉。


(まさか………!!)


 ここに来て、カルラは真実にたどり着いた。


 この少年がずっと仮面をかぶっていたことに。この少年は、域外魔法――そんな力を一切望んではないことに。




 そうだ。

 そう考えれば、すべてのつじつまが合う。


 きっとこの少年は自分の才能に、心のどこかで気が付いていたのだろう。

 だからこそ、あえてバカな振りをして、愚かな振りをして、他人を遠ざけようとしていた。




 今だって、そうだ。


「ぼ、僕ちんは天才だったんだなあ~~」

 

 カルラが目を向ければ、ウルトスは「グッフッフ」と笑っていた。


 この前と同じような笑い声。いやらしい視線。


 この前までの自分だったら、馬鹿にしているのか、と怒っただろう。


 しかし、カルラはもう気が付いていた。

 これは演技だ、と。

 

 眼が熱くなって、思わずカルラはうつむいた。


 この少年は、どれだけの重みに耐えていたのだろう。

 同じように域外魔法を持つカルラだからこそ、わかってしまった。

 

 ――少年の強がり、に。


 


 カルラは、あまり他人と触れ合うのが好きではない。同性であっても、抱き着くことなどほとんどない。


 けれど反射的に、カルラは


「いいんだ」と少年を抱きしめていた。


「いいんだ。そんなに自分を偽らなくても………」


 カルラは力いっぱい、ウルトスを抱きしめた。


「えぇ……」と言うどこか困ったような声が聞こえた。


 少年はもぞもぞと抵抗してくる。

 きっと、まだ自分は信用されていないのだろう。

 

「いいんだ…………君も、辛かったんだな。ごめん気が付けなくて………」


 だが、カルラは心の底から誓った。


 もうこれ以上、この少年を――周りを遠ざけようと、必死に道化の仮面を被っているこの少年を――絶対に1人にしないと。


 この不器用で、どこかほっとけない少年の味方であろう、と。






 ただ、その後、カルラはなぜかメイドに死ぬほど怒られてしまった。


「なぜ、私には抱き着かせないで、あんな一度や二度会っただけの人に抱き着かせているのですか!!!」


 と、怒るメイドを必死になだめる少年。





「むぅ……」

 

 ――カルラは思った。


 少年の信頼を得るには、まずは、このメイドからの信頼を得なければいけないのかもしれない、と。

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