第11話 本当に気が進まないが……



「き、消えたい………」


「えっ」と目を見開くカルラさん。


 あ、まずい。

 どうやら独り言が口に出てしまったらしい。

 

「あ、いえ、なんでも」と取り繕うが、カルラさんの表情は固まったままだ。


「き、君は、消えたいの………?」


 恐る恐るカルラさんが聞いてくる。


「………………」


 面倒なことになったな、と俺は思っていた。

 明らかに、カルラさんはこっちに不信感を持っている。


 当然だよなー。

 あれほどクズな坊ちゃんの様子が、いつもと全く違う。

 

 しかも、クズトス様の得意技『あ~ん』も一切披露していないという異常事態。

 

 とはいえ、まずい。

 状況を打開する必要がある。


 ……いやだな。

 本当に気が進まないが、やるしかない。





 そうして、俺は――




「な、なるほど~~」


 腹の底からアホっぽい声を出す。


 ………俺は禁断の手を使った。

 いや、使ってしまった。


 不信感を持たれないよう、クズトスの口調を真似をして、最大限アホっぽくふるまう。


 これで多少は、違和感が減るに違いない。


「域外魔法か〜。ぼ、僕ちんは天才だったんだなあ~~!!」


 が、この作戦には重大な欠点があった。

 俺のHPが、ガリガリ減ってしまうという最大の欠点が。


「………………」

「グッフッフッフッフッフ~~~」


 無言の美人の前で馬鹿みたいに笑う俺。



 ………うっ。

 し、死にたい。


 何が悲しくて、こんなダサい笑い方をしなければいけないのか。


 だが同時に、ここまでやれば何とかなるだろう、と俺は確信していた。


 さらにいやらしく、カルラさんを舐め回すようにして見る。





「………………いいんだ」

「は??」


 うつむいたままのカルラさんが、ぶつぶつ言いながらこちらの方に近づいてくる。

 

 どっちだ? と俺は、様子をうかがっていた。

   

 怒らせたか????

 それとも呆れてくれたか??


 そうして。

 うつむいていたカルラさんが、顔を上げた――



 が、今度は俺が、


「えっ」と言う番だった。


「いいんだ」


 なんとカルラさんは、眼に涙をためていた。

 そのままカルラさんは、がしっと俺を抱きしめる。


「いいんだ、そんな自分を偽らなくても………」

「は?」


 カルラさんの身長は高いので、自動的にクズトス少年の顔辺りに胸が来る。


 つまり、柔らかい胸に顔がうずまる。


 たしかに、ものすごい嬉しい。

 ものすごい嬉しい。


 クズトス少年だったら、あまりの喜びに感極まっていたのかもしれない。


 が、


「いやいやいやいや………」

「いいんだ…………君も、辛かったんだな。ごめん気が付けなくて………」

「えぇ……」

  

 意味が分からない。


 こうして俺は気が付けば、なぜか真っ赤な眼をして泣くカルラさんに抱きしめられていた。


「ちょ、ちょっと先生、辞めてください………!」


 振り払おうともがくが、全然びくともしない。


 え、力強すぎでは???

 と言うかこれ逆じゃない?? と俺は思った。


 普通、いやらしい感じでセクハラするのはクズトスの役割なのだが………。


 おかしい。

 なぜクズトスがセクハラされる側に回っているのか。


 もしかして、カルラさんは俺が知らないだけで年下好きと言う伏線でもあったのだろうか??? 


 たしか彼女は、他人と触れ合うのは好きじゃなくて、初めて主人公に心を開く、というタイプだったのはずなのに……。




 しかも、俺とカルラさんがもぞもぞ押し合いをしていると陽気な声が聞こえてきた。


「ウルトス様~、鑑定結果はいかがですか? お2人とも粗茶をもってきまし――」


 扉をガラッと開ける音。

 リエラだ。


 あ、ヤバい。 


 この姿勢はまずくないか、と俺は思った。

 最近、このメイドはなぜか忠誠心が爆上がりしているのである。


 頼んでもないのに、「『あ~ん』はいいのですか?」と言ってきたり、


「ウルトス様は……ビキニアーマーがお好きなんですか?」と聞いてきたり。


 そんなリエラが、この光景を見たらどう思うでしょうか。


「い、い、い…………」

「リエラ……! これはちがッ!!」



 そしてリエラは、予想通り、


「い、い、いやぁぁぁぁァァァァァァァァァァ~~~~~~!!!!!!!! ウルトス様がァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 と、絶叫してくれた。






 …………うん。

 どう見てもカオスである。


 が、俺はどうすることもできず、


 ――『柔らかさ』という名の圧倒的暴力の前に、なすすべもく完全に固まっていた。

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