第8話 厨二病に一度かかった者は、厨二病に理解がある
さて、エンリケと模擬戦を行ってから数日が経った。
俺がやったのは簡単なことである。
魔力を一点に集中させる、と言う魔力の運用方法の1つである。
もちろん、魔力の本質は、呪文を唱えて魔法を生み出すことにあるのだが、意外とこういう肉弾戦も悪くない。
そして、今日も俺は、訓練場で剣を振るう稽古を行っていた。
「こんにちは坊ちゃん、精が出ますね!!」という兵士たちが通り過ぎる。
これよこれ。
本当に素晴らしい。
「ああ、ありがとう」と手を振り返る。
俺はだいぶ気分が良くなった。
こうやって一歩一歩、兵士たちの心をつかんでいけば、最終的に、俺がざまあ、されたときに誰か庇ってくれるのでは??? という気がする。
頑張ろう。
が、しかし。
今のところ、俺のモブルート開拓でいまいちよくわからないやつがいた。
「やあ、坊ちゃん。今日もご機嫌麗しゅう」
「…………あ、あぁ。今日も元気だな」
そう言って嫌々声がした方を振り返る。
俺の目線の先には、ヘラヘラ笑うダメ男――ことエンリケが立っていた。
「いやいや、な? 坊ちゃん。また模擬戦でもどうですか??」と言いながら、なぜか上機嫌で俺の方へ近づいてくるFランク冒険者。
控えめに言っても意味が分からない。
なぜこの男は、俺に構おうとしてくるのか。しかも、エンリケは俺のちょっと引いたような雰囲気もわからないようで、ガツガツこっちに踏み込んでくる。
「坊ちゃん」
エンリケが肩を組み、顔を近づけてきた。
「…………いつ、動き出すんですか?」
は?????
呆気にとられた。
本当に意味が分からない。
動き出すってなに??? あれか?? 原作開始を知りたいの???
でも、原作にお前出てこないよ、と言いたくなる。
あれ、もしかして俺が知らないだけで、実はスピンオフの主人公だったりするのだろうか。
じっくりとエンリケを眺める。
ヘラヘラした30代くらいの万年Fランク冒険者。
これが主人公…………???
いや、ないな。
これが主人公になるくらいだったら、まだクズトスを主人公にした方が売れるだろう。
うん。
眼を閉じて想像してみる。
美少女がいっぱいなゲームにこいつがいる姿を。
…………無理だな。
ここまで考えた俺は、エンリケの手を振り払い、「まだだ」と短く答えた。
「まだ…………ですか?」
「あぁ、まだ早い」
原作開始は言っても、主人公勢が16歳頃だろう。だから、全然まだ早い。
ちなみに、クズトスも主人公と同学年だが、老けて見えると評判だった。
…………いやな評判だな。
「ほぅ…………なるほどね」
エンリケは俺の発言にゆっくりとうなづいた。
「面白い。今はまだ、力を蓄えるって寸法ですか。影に潜み、羽ばたく時を待つ、と」
「あ、あぁ…………?」
さっぱりわからないが、適当に濁しておく。
なんだよ、「羽ばたくとき」って。
しかもそれを真顔で言わないでほしい。こっちが反応に困るじゃないか。
「よし、じゃあ今は俺が兵士を鍛えておきますよ」
「お、おぅ…………」
俺は、兵士たちの方へと向かうエンリケを微妙な表情で眺めた。
万年Fランクのダメ冒険者が、若そうな兵士たちにドヤ顔で訓練を教えている。
「いくぞお前ら!」とか、「俺の技を見てろ!」とか。
…………つらい、辛すぎる。
これが共感性羞恥心、と言うやつだろうか。
兵士たちが、「すげえ!」と盛り上がっているのが、より一層哀愁を誘う。
やめておけよ、変にイキっても自分が辛いだけだぞ、と言おうとしたが、まあいいか、と俺は思いなおした。
まあ、兵士たちも素直に従っているようだし、エンリケも悪い男ではない。
「誰にでもそういう時はあるし、そうっとしておいてやるか」
誰にでも特別な自分に憧れるときは、ある。
主に中学二年生の時に。
エンリケも、遅く来た厨二病という病と戦っている最中なのだろう。
俺は暖かな顔をしたまま、エンリケの訓練風景を見ずに、屋敷へと戻っていた。
「ウルトス様!」
屋敷に戻り、部屋に案内された俺は、リエラにふと呼ばれた。
「なんだ」
「あ、あの、今日は魔法の先生がいらっしゃって…………」
へえ、そんなのいたのか、と思いながらリエラの案内で屋敷の応接間に行く。
考えてみれば、この世界では魔法がメジャーである。
ランドール家ほどの名家であれば、家庭教師を雇っていてもおかしくはない。
扉を開け、一礼をした。
そしてモブらしく当たり障りのない挨拶を。
「お初にお目にかかります――え」
が、しかし。
目の前にいた人物を見て俺は思わず固まってしまった。
目の前には、ある女性がいた。
その圧倒的美貌。その胸部の圧倒的な戦闘力。
そして何より、俺はその顔によく見おぼえがあった。
「――カルラさん」
カルラ・オーランド。
原作ヒロイン陣の中でもトップクラスの人気を誇る女性が、俺の目の前にいた。
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