第7話 side:圧倒的実力に驚愕した、元Sランク冒険者


「こ、これが天才なのか………」


 元Sランク冒険者――エンリケはある少年の後姿を見ながら、呆然とつぶやいた。


 Sランク冒険者の蹴りを受けてもなお、平然としているその姿。


 しかも、


「なんだよ、あの涼し気な笑みは!?」


 見渡せば、周りの兵士たちも自分と同じように呆然としていた。


 油断はしていたが、手加減していたわけでもない。


「何がどうなっている………」


 エンリケは屋敷の方を見つめながら、ごくりとつばを飲み込んだ。


「相手は、『あの』坊ちゃんだぞ」








 坊ちゃん――ランドール・ウルトスの評判は悪い。

 というより、昔は良かった、というべきか。


 かつて、「ランドール家に神童がいる」という噂が流れた。豊富な魔力を持ち、頭の回転も速く、身体能力も高い。


 そんな天才がいるという噂。


 そもそもランドール家とは、王国内でも屈指の名家である。しかも、現当主が有能ということもあって、領地の収入もよく、経営も上手くいっている。


 近年魔物の活動が活発化しているが、それでもランドール領ならば安全だ、と評判が高かった。


 そんな息子がいるのであれば、ランドール家は将来安泰だ、と皆が思っていたのだろう。


 が、しかし。


 そうして、ランドール家に仕事を探しに来た冒険者や兵士を待っていたのは、坊っちゃんの、例の「ビキニアーマー巨乳女冒険者発言」である。


 だいたいの人間は、「我々を馬鹿にする気か!」と言って立ち去ってしまったが、エンリケは残ることにした。


 まあ、金払いが良かったからである。


 それに、考え方を変えれば、楽なものだ。


 次期当主が無能なら、それはそれで楽だった。

 

 心置きなくサボれるし、危険を冒さずに、のんびりと金をもらえる。


 そのうち、ランドール家が傾きそうになったら速攻で辞めればいい。


 そう、エンリケは思っていたのだが………






 そんなある日。


 急に訓練場に現れたウルトスを見て、その場にいた人間は全員笑っていた。


 しかも、何と木剣をもって、エンリケに模擬戦を挑む始末。



 おいおい、そりゃ流石に無理があるだろ、とエンリケは内心、鼻で笑っていた。


 当たり前だ。いくら雇い主の息子とはいえ、こちらは元Sランク冒険者である。


 さらに聞くところによれば、最近の坊ちゃんは屋敷でメイドに『あ~ん』をしてもらって喜んでいる、という。


 そんなのに負けるはずがない。

 まあ、適当に相手をしてやれば、喜ぶか――




 が、


「んなッ!!!!」


 そんな余裕は、坊ちゃんの一撃によって容易く打ち砕かれた。


(なんだよ……今の速度は………!!)


 それほどまでに、坊ちゃんの剣は重く、強く、

そして速かった。


 無我夢中で、ガードする。


 運よく、一撃は防げた。


 が、しかし。


 エンリケが一息ついたのもつかの間、坊ちゃんは次の動作へと移っていた。


 左側に入られた。

 流れるようにして、坊ちゃんが次の踏み込みを行う。


(クソッ!! 間に合わない……!)

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 これほどの焦りを感じたのは、いつぶりだろうか。

 

 剣は間に合わない。

 ――エンリケは無我夢中で脚を振り上げた。 







「な、何とか………間に合ったか」


 エンリケは数メートル先に転がる坊ちゃんを見て、息を落ち着かせていた。


 どうやら、自分のカウンターは何とかうまくいったらしい。

 身体が勝手に動いた、と言うべきか。


 が、すぐに、まずい、と気が付いた。


 相手は、あのわがままで有名な坊ちゃん。


 こんな衆人の前で、恥をかかせたとしたら、とんでもないことに………。


「坊ちゃん、大丈夫ですか」


 エンリケは苦い顔をして、すみません、と言いながら慌てて駆け寄った。


 が、


「ああ、大丈夫だよ」


「えッ……!?」


 エンリケは信じられないものを見るような目で、目の前の坊ちゃんを見つめていた。

 

 大丈夫から、と爽やかに笑う少年は、今の一撃を何とも思っていないようだった。

 

 いやむしろ、今の自分の一撃では、準備運動程度だったのかもしれない。


 それくらいの余裕っぷり。


 呆気にとられたままのエンリケを残して、少年は続ける。


「こちらこそ、ありがとう。けっこう自信があったんだけどね。中々、実践は厳しいや」


「あ、いや……」 


「いやあ、これからも訓練に付き合ってくれると嬉しい」

 

 何も言えずに、エンリケは悠々と去っていく少年を見つめた。

 

「お、俺の一撃が………」







 少し経ち。

 興奮冷めやらぬ兵士がエンリケに、近づいてきた。


「なあ、お前さ」とエンリケは尋ねた。


「俺の一撃食らって立ち上がれるか?」

「いや、さすがに元とはいえSランクの一撃を……無理ですね」

「じゃあ、一撃を食らって、あんなふうに笑えるか?」

「もっと無理です」

「だよなあ……」


 あの身体の動かし方は、明らかに素人ではなかった。

 しかも、坊っちゃんは帰り際にこう、つぶやいていた


 ――ブカツをやっていてよかった、と。


 ブカツ。


 意味はよくわからないが、きっと「武」に関する活動を長年密かに行っていた、ということだろう。

 だからこそ、あれほどの強さがあったのだ。



 ますます、坊っちゃんのことがわからなくなってきた。

 

 表と裏。


 空気の読めないクソガキという一面と、先程の圧倒的な強さが噛み合わない。

 

「そうなると、この前の発言もなにか裏があるな……」と呟いてみる。


「どういうことですか!?」

「簡単だよ。この前のアホ発言もブラフってことだ」


 そう。

 この前の発言で、真面目そうな人間は、全員去ってしまった。


 だが、見方を変えると、それも悪くないように思えてくる。

 真面目といえば聞こえはいいが、そういうやつに限って実践では使えない、という場合もある。


 逆に、金で動くような人間は、契約さえきちっとしていれば、それなりに動ける人間も多い。


「なるほど……。わざと人員を絞った、ということですか? でも、それはなぜ??」


「わからん。だが最近、何かきな臭いからな。魔物の大量に発生している。もしかしたら、坊っちゃんは何かを掴んでいるのかもしれん」


 そこまで会話を交わしたエンリケは、屋敷の方をじっと見つめた。


 眼の前に突如して、現れた強大な猛者。 

 しかも、何らかの理由でその牙を隠している。


「フッ……、おもしれぇ」


 エンリケは、木剣を握りなおした。


 なにが、ランドール家の未来は暗い、だ。


 ――面白くなってきたな、と。



 こうして。


 当の本人に、「あれはきっと万年Fランクのダメ冒険者だな。ダメ男感があるし。あとゲームでも見たことないから絶対モブだわ、うん」と割と散々な評価を受けていことなど知らずに、


 元Sランク冒険者エンリケは興奮を隠せず、ニヤリと笑った。




 




 

 

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