【2巻&コミカライズ】クズレス・オブリージュ~18禁ゲー世界のクズ悪役に転生してしまった俺は、原作知識の力でどうしてもモブ人生をつかみ取りたい~
第7話 side:圧倒的実力に驚愕した、元Sランク冒険者
第7話 side:圧倒的実力に驚愕した、元Sランク冒険者
「こ、これが天才なのか………」
元Sランク冒険者――エンリケはある少年の後姿を見ながら、呆然とつぶやいた。
Sランク冒険者の蹴りを受けてもなお、平然としているその姿。
しかも、
「なんだよ、あの涼し気な笑みは!?」
見渡せば、周りの兵士たちも自分と同じように呆然としていた。
油断はしていたが、手加減していたわけでもない。
「何がどうなっている………」
エンリケは屋敷の方を見つめながら、ごくりとつばを飲み込んだ。
「相手は、『あの』坊ちゃんだぞ」
坊ちゃん――ランドール・ウルトスの評判は悪い。
というより、昔は良かった、というべきか。
かつて、「ランドール家に神童がいる」という噂が流れた。豊富な魔力を持ち、頭の回転も速く、身体能力も高い。
そんな天才がいるという噂。
そもそもランドール家とは、王国内でも屈指の名家である。しかも、現当主が有能ということもあって、領地の収入もよく、経営も上手くいっている。
近年魔物の活動が活発化しているが、それでもランドール領ならば安全だ、と評判が高かった。
そんな息子がいるのであれば、ランドール家は将来安泰だ、と皆が思っていたのだろう。
が、しかし。
そうして、ランドール家に仕事を探しに来た冒険者や兵士を待っていたのは、坊っちゃんの、例の「ビキニアーマー巨乳女冒険者発言」である。
だいたいの人間は、「我々を馬鹿にする気か!」と言って立ち去ってしまったが、エンリケは残ることにした。
まあ、金払いが良かったからである。
それに、考え方を変えれば、楽なものだ。
次期当主が無能なら、それはそれで楽だった。
心置きなくサボれるし、危険を冒さずに、のんびりと金をもらえる。
そのうち、ランドール家が傾きそうになったら速攻で辞めればいい。
そう、エンリケは思っていたのだが………
そんなある日。
急に訓練場に現れたウルトスを見て、その場にいた人間は全員笑っていた。
しかも、何と木剣をもって、エンリケに模擬戦を挑む始末。
おいおい、そりゃ流石に無理があるだろ、とエンリケは内心、鼻で笑っていた。
当たり前だ。いくら雇い主の息子とはいえ、こちらは元Sランク冒険者である。
さらに聞くところによれば、最近の坊ちゃんは屋敷でメイドに『あ~ん』をしてもらって喜んでいる、という。
そんなのに負けるはずがない。
まあ、適当に相手をしてやれば、喜ぶか――
が、
「んなッ!!!!」
そんな余裕は、坊ちゃんの一撃によって容易く打ち砕かれた。
(なんだよ……今の速度は………!!)
それほどまでに、坊ちゃんの剣は重く、強く、
そして速かった。
無我夢中で、ガードする。
運よく、一撃は防げた。
が、しかし。
エンリケが一息ついたのもつかの間、坊ちゃんは次の動作へと移っていた。
左側に入られた。
流れるようにして、坊ちゃんが次の踏み込みを行う。
(クソッ!! 間に合わない……!)
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
これほどの焦りを感じたのは、いつぶりだろうか。
剣は間に合わない。
――エンリケは無我夢中で脚を振り上げた。
「な、何とか………間に合ったか」
エンリケは数メートル先に転がる坊ちゃんを見て、息を落ち着かせていた。
どうやら、自分のカウンターは何とかうまくいったらしい。
身体が勝手に動いた、と言うべきか。
が、すぐに、まずい、と気が付いた。
相手は、あのわがままで有名な坊ちゃん。
こんな衆人の前で、恥をかかせたとしたら、とんでもないことに………。
「坊ちゃん、大丈夫ですか」
エンリケは苦い顔をして、すみません、と言いながら慌てて駆け寄った。
が、
「ああ、大丈夫だよ」
「えッ……!?」
エンリケは信じられないものを見るような目で、目の前の坊ちゃんを見つめていた。
大丈夫から、と爽やかに笑う少年は、今の一撃を何とも思っていないようだった。
いやむしろ、今の自分の一撃では、準備運動程度だったのかもしれない。
それくらいの余裕っぷり。
呆気にとられたままのエンリケを残して、少年は続ける。
「こちらこそ、ありがとう。けっこう自信があったんだけどね。中々、実践は厳しいや」
「あ、いや……」
「いやあ、これからも訓練に付き合ってくれると嬉しい」
何も言えずに、エンリケは悠々と去っていく少年を見つめた。
「お、俺の一撃が………」
少し経ち。
興奮冷めやらぬ兵士がエンリケに、近づいてきた。
「なあ、お前さ」とエンリケは尋ねた。
「俺の一撃食らって立ち上がれるか?」
「いや、さすがに元とはいえSランクの一撃を……無理ですね」
「じゃあ、一撃を食らって、あんなふうに笑えるか?」
「もっと無理です」
「だよなあ……」
あの身体の動かし方は、明らかに素人ではなかった。
しかも、坊っちゃんは帰り際にこう、つぶやいていた
――ブカツをやっていてよかった、と。
ブカツ。
意味はよくわからないが、きっと「武」に関する活動を長年密かに行っていた、ということだろう。
だからこそ、あれほどの強さがあったのだ。
ますます、坊っちゃんのことがわからなくなってきた。
表と裏。
空気の読めないクソガキという一面と、先程の圧倒的な強さが噛み合わない。
「そうなると、この前の発言もなにか裏があるな……」と呟いてみる。
「どういうことですか!?」
「簡単だよ。この前のアホ発言もブラフってことだ」
そう。
この前の発言で、真面目そうな人間は、全員去ってしまった。
だが、見方を変えると、それも悪くないように思えてくる。
真面目といえば聞こえはいいが、そういうやつに限って実践では使えない、という場合もある。
逆に、金で動くような人間は、契約さえきちっとしていれば、それなりに動ける人間も多い。
「なるほど……。わざと人員を絞った、ということですか? でも、それはなぜ??」
「わからん。だが最近、何かきな臭いからな。魔物の大量に発生している。もしかしたら、坊っちゃんは何かを掴んでいるのかもしれん」
そこまで会話を交わしたエンリケは、屋敷の方をじっと見つめた。
眼の前に突如して、現れた強大な猛者。
しかも、何らかの理由でその牙を隠している。
「フッ……、おもしれぇ」
エンリケは、木剣を握りなおした。
なにが、ランドール家の未来は暗い、だ。
――面白くなってきたな、と。
こうして。
当の本人に、「あれはきっと万年Fランクのダメ冒険者だな。ダメ男感があるし。あとゲームでも見たことないから絶対モブだわ、うん」と割と散々な評価を受けていことなど知らずに、
元Sランク冒険者エンリケは興奮を隠せず、ニヤリと笑った。
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