第6話 恐怖のモブムーブ

 

 ――その瞬間。


 一気に、目の前の景色が変わった。


「んなッ!!!」


 エンリケの驚く声。


 気が付けば、一瞬に距離を詰めた俺は、至近距離でエンリケとつばぜり合いをしていた。


 驚愕に、目を見開くエンリケ。

 完全に油断を狙ったのだが、防がれてしまったようだ。


 もちろん、俺もここまで体は動くと思っていなかったが、さも当たり前、みたいな表情をして剣を振るう。


 この時ばかりはクズトス少年に感謝をしたくなった。


 ………いや、そうでもないな。

 そもそもこうなったのは、クズトスのせいだし………。



 


 が、まあいいか。

 

 いったん体制を崩す。

 エンリケの剣をそらし、そのままの勢いで、相手の横に回り込む。


 俺は、その場で、またもや踏み込んだ。


 ――大事なのは踏み込みである。


 慎重に、慎重に。

 そうは言っても魔力を使うのが今日初めてだった俺は、魔力の分配に関して気を使っていた。


 足と言う部位に魔力を集中させ、一気に身体能力を向上させる。


 この時ばかりは前世で剣道部だったことを感謝するしかない。  


 ……いや、途中で厳しくてやめたけど。


「クソッ!」


 と、エンリケが毒づくが、もう遅い。


 大丈夫だ。

 エンリケの剣は、こちらのスピードに対応できていない。


 そのまま俺は、ねじ込むようにして、剣を振り上げた。


 これで、いける――







 が、次の瞬間に感じたのは腹部への強烈な衝撃だった。


「ガハッ」


 一気に肺の空気が押し出され、そのまま俺は数メートルほど吹っ飛んだ。


 痛みをこらえながら吹っ飛ばされた方向を確認すると、正面に見えたのは、足をぷらぷらと揺らすエンリケの姿。


「あ、足技かよ……」


 結構なスピードが乗っていたにも関わらず、カウンターで蹴りをねじ込まれたらしい。

 

 意味がわからん。

 ネームドでもないクズのくせに強すぎる。


 が、しかし。

 呆然していたのは、エンリケも同じようだった。


「うっわ、やっちまった……」とエンリケが頭を抱えた。


「大丈夫ですか?」


 顔をしかめながら近付ていてくるエンリケに、心配そうにこちらを伺う兵士たち。   


 いや、大丈夫じゃねぇ!!!! と俺は叫びたかった。


 子供に手加減くらいはしろよ! と言いたい。

 一応雇い主の息子だよ??


 ビキニアーマー好きのクズでも、一応、名家ランドール家のご子息様である。


 もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃない?? と俺は文句を言いたい気分だった。


「大丈夫ですか? 坊っちゃん。すみません、いやあまりにもいい動きをするから……」


 坊っちゃん、どこでそんな動きを、とエンリケが呆然とつぶやくが、カウンターの蹴りを見事に決めた男に言われても何も嬉しくない。


 っていうか、木剣を渡したら普通に、足を使わなくないか?????



 正直、まあまあ痛い目にあわせられた俺はブチ切れたい気分だった。


 ふざけんじゃねえ! と言ってやりたくなる。


 が、


「い、いや、いい」と言って俺は立ち上がった。



 うん。

 死ぬほど痛むが、ここで冷静に考えてみよう。


1. 今まで訓練をサボり続けたビキニアーマー好きのクズお坊ちゃんが、冒険者に模擬戦を仕掛ける

2. 模擬戦に負けたらブチギレる



 紛れもなくクズムーブだ。

 まあまあ嫌われるタイプのクズである。


 となれば、俺にできることはただ一つ。


「………………」


 俺は無言で、表面上、笑顔を作った。

 

 そう。

 俺が目指すのは、至高のモブムーブ。



 簡単だよ。

 にっこり笑えばいい。


 にっこり笑って、今日はありがとう、といえば良いのである。

 

 どうよ、このモブ感は。

 普通だ、圧倒的に凡人である。


「いや、大丈夫だよ」


 と、偽りの微笑みを作った俺は、エンリケに優雅に返事をした。


 それから、ふざけるなよ、お前はクビだ、と言いたいのをぐっと我慢し、貴族のお坊ちゃんっぽい台詞を口にした。


「こちらこそ、ありがとう。けっこう自信があったんだけどね。中々、実践は厳しいや。いやあ、これからも訓練に付き合ってくれると嬉しい」


 顔が怒りでぴくぴくひきつっているが、まあいいだろう。


 そうして、ザ・普通の貴族みたいな笑みを浮かべた俺は、


「よろしくね」


 そう言い残して立ち去った。







 ……それにしてもいってぇ!!!!

 

 大人になっても、子供相手に本気を出すようなおっさんにはなるまい、と俺は痛む腹部をさすりながら、真剣に誓ったのである。


 にしても結構上手くいったような気がするな……。

 うん、兵士たちは黙っちゃっているが。


 ま、まあこんなもんだろう。さすがに一気に態度が変わるとは思ってない。


 リエラに薬でももらおう、と俺は屋敷へと急いだ。





 ――が、このとき、達成感で溢れていた俺は油断をしていた。

 今思えば気が付くべきだったのだ。



 俺の後ろ姿を見送っていたエンリケが、


「なっ、う、嘘だろ……。まさか元Sランクの俺に本気を出させたというのか……。しかもあの一撃を受けて涼しい笑みを浮かべるだと……!?」


 と呆然としていたことなど知らずに、俺は屋敷にほうほうの体で逃げ帰ったのである。






 ちなみに、屋敷に戻り薬が欲しいとリエラに頼んだら、


「ウルトス様……なんて可哀想……。私がお薬を塗って差し上げましょうか?」


 と上目遣いで言われた。


 うぅ……。

 大人しめの巨乳メイドという男の夢を爆盛りしたかのようなお姉さんに慰められた。


 が、もちろん俺は、


「いや、問題ない。大した怪我じゃない」とクールに首を降った。


 ぐっとこらえる。

 我慢だ。この場で巨乳にホイホイされたら、作中のクズトスと同類になってしまう。


「坊っちゃまは、最近、全然甘えてくれなくなりましたけど、辛くなったらいつでも慰めて差し上げますからね……」


 と、うるうる眼を潤ませながら言ってくるメイドを華麗にスルー。


 リエラ……なんて恐ろしい子………!!


 かの変態少年、クズトスに毎日『あ~ん』をしてあげていただけあって、彼女の忠誠心はだいぶ高いらしい。


 というかもはや、クズトス少年が本編のレベルになるまで調子に乗ったのは、このメイドのせいじゃないか、と思わなくもない。


「う、うん。リエラ。君の忠誠心を嬉しく思うよ」


 俺は、なぜか迫りくるリエラを必死に押しとどめた。


「………うんだから、ね? 取り敢えず、前屈みはやめてくれるかな?? ね?」


「本当にいいんですか?」と聞いてくるリエラに何回も言い聞かせ、やっとリエラは退散してくれた。




 …………。

 やはり、女性は怖い。特に胸の部分。


 真面目にモブを目指すと誓った俺でさえも、胸に引き寄せられてしまう。


 やっぱりあれだな。

 うん、良くない。




 このエロゲーの世界で、俺はより一層、女性の胸部――もっと一般的に言うと、『おっぱい』に気をつけようと心を新たにした。

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