第4話 クズは行くよ、どこまでも
昨日は本当に大変だった。
仕事ができるはずのメイド長は倒れるし、リエラは泣いて話にならないし。
しかも、クズトス少年はリエラの手を握らないと屋敷を歩けなかったらしい。
ひ、酷すぎる………。
お前はどういうメンタリティなんだよ………。
自分の屋敷だろ、1人で歩けよ!
リエラに手を握られ、屋敷を練り歩く方がよっぽど恥ずかしいわ!
と思うがもう一周まわって、クズトス少年はとんでもなくメンタルが強かったのかもしれない。
そして当然、屋敷のみんなは急にまともになった俺に疑問を持った。
そりゃ、当たり前である。
昨日まで、「僕ちんに『あ~ん』をしろ!」とかほざいていたクソガキが、急にメイドの労働状況を心配して、「休ませてやれ」とか言い出すのだ。
もちろん、俺はみんなこう聞かれた。
ウルトス様は急にどうされたんですか? と。
熱でも出したのかと疑う使用人たちに対して、俺はそんなイメージを払拭すべく、こう答えた。
「俺は、ノブレス・オブリージュに目覚めたんだ」と。
そう。
――これこそが俺の考える秘策だった。
『ノブレス・オブリージュ』とは、身分の高い者、つまり、貴族はその身分に応じて、立派に自らの義務を果たさなければならない、と言うものである。
つまり、俺の言い訳はこうだ。
1. クズトス少年は突然、ノブレス・オブリージュ(笑)に目覚める
2. クズトス少年は当然、今までのクズムーブを反省
3. クズトス少年は完全に真面目になる
4. そして作中のモブへ~地味に生きよう〜
と言う流れである。
うむ、実に美しい流れだ。
どちらかと言えば、クズ行為を少なくしていくという目的があるので、『クズレス・オブリージュ』という方が近いかもしれないが……。
まあいいか。
ちなみに、なんで巨乳好きのクソガキが当然、ノブレス・オブリージュに目覚めたのか、という点が非常に疑問だが、
屋敷のみんなは、クズトス少年のかつての天才っぷりをまだ忘れていなかったらしく、何とか「一時の気の迷い」ということで理解してもらえた。
まだ、見た目的にギリギリ美少年だったのが、幸いだったのだろう。
これで作中の脂ぎった見た目と同じだったら、絶対に理解してもらえなかった気がする。
良かったな、クズトス。
幼少期は顔が良くて。
が、しかし。
忘れてはいけない。
俺はやっと屋敷のみんなを納得させた、だけである。
そう。
残念なことに、少年クズトスは、屋敷の外でもすでにそのクズっぷりを明らかにしていたのである。
「おい、なんでお坊ちゃんが訓練場に来てるんだ?」
「いやあ、この前なんて剣を握りたくないって駄々をこねてたのにな」
という兵士たちの不思議そうな声が、耳を通り抜けていく。
はい。
現実はこれである。
俺は今、訓練場に来ていた。
屋敷から少し離れた場所に設置された訓練場では、ランドール家の兵士たちが汗を流していた。
この世界は18禁ゲームの世界とよく似ている。
そしてそのゲームは、権力争いあり、魔法もあり、涙あり、エロあり、友情あり、クズトスというサンドバック要素あり、という素晴らしいゲームだった。
その舞台となったグラセリア王国では、近年魔物が頻発しており、その対策として、貴族は私兵を雇ってたり、冒険者を迎えたりしている。
そんな中、クズトスも両親から、「お前も剣を握り、貴族としての務めを果たすのだ~~!」みたいなことを言われていたのだが、我らがクズトス少年はさすがに格が違った。
なんと、あろうことか、クズトス少年はこう答えたのである。
「僕ちんは、ビキニアーマーで巨乳の女冒険者がいないと訓練しないからな!」
……
……………
………………。
もうやだ。
何が嫌って、俺がクズトス本人だからである。
な?
完全に貴族のバカ息子だろ????
ランドール公爵家というのは王国内でも1、2を争う名家である。
作中でもぶっちりぎりの地位。平民の主人公たちとはくらべものにもならない。
が、しかし。
そこの息子は、「ビキニアーマー巨乳冒険者しか認めない」とほざいたのである。
こんな発言を聞いた兵士たちは意気消沈。
冒険者は馬鹿笑いをしていたらしい。
「ランドール領の未来は暗い」という噂まで流れて、せっかく集めた有能な冒険者たちも逃げてしまったのだから、これはもう本格的なクズである。
いや実際には、クズトスは主人公一味によって最終的に引くほどぼっこぼこにされ、"ざまあ"されまくるから、「ランドール領の未来は暗い」という言葉は、合っているといえば合っているのだが……。
こうしてクズトス少年は、『あ~ん』で好き放題ものを食べ、訓練にも参加せず、どんどん豚への道を歩み始めるのであった。
――が、そんな未来は許せない。
そう。
俺はこの世界でまっとうに生きるのである。
遠巻きにこちらを見つめる兵士たちの前で、俺は木剣を持った。
そうして、ある男の前へ歩いていく。
「何ですか、坊ちゃま」
「エンリケ。稽古をつけてくれ」
男――エンリケは気だるそうな様子で答えた。
「坊ちゃま。ここにビキニアーマーの女性はいませんよ」
遅れて聞こえる笑い声。
あれだな。
予想していたが、死ぬほど舐められているな。
いや、わかるよ?
俺だって未来の雇い主がビキニアーマー好きの変態クズだったら嫌だし……。
要するに、やる気があった人間は、この前のクズトス少年の「ビキニアーマー発言」によって、完全にいなくなってしまったのである。
そして残ったのは、お金目当てで残った連中。
そんな連中にクズトスが受け入られるわけもなく……こういう状況になっている、と。
エンリケも冒険者だが、金目当てで残っているのが丸わかりな男だった。
正直、こういう連中に言うことを聞かせるのは大変だろう。
が、しかし。
俺は譲るわけにはいかなかった。
俺はブクブク太って、"ざまあ"なんてされたくはない。
どっちかというと、他人がざまあされているのを平和に遠巻きに見ていたい方である。
俺は微笑を浮かべた。
「エンリケ。怖いのかい?」
「おやまあ……坊ちゃま」
そう言いながら、エンリケが立ち上がる。
俺はやってしまったかもな、と思いつつ、その様子を眺めていた。
俺の作戦はシンプルである。
ここにいる兵士や冒険者はいくら「ノブレス・オブリージュに目覚めました!」と言ってみたところで、反応してくれないだろう。
であれば、やるべきことは簡単だ。
みんなの前で多少、剣を振ってみて、やる気があるところを見せつけるしかない。
俺たちのやり取りは周りの注目を集めていたらしく、次第に人が集まってきた。
エンリケも木剣を持ち、コキコキと首を回し始めた。
「いいんですか? 怪我をしても」
挑戦的に笑うエンリケ。
ぶっつけ本番でこんなこと……。
つくづく俺は、クズトス少年の尻拭いに奔走させられている。
が、「もちろん」と、俺は短く答えた。
――だいたい、このままいけば、近い将来、殺されているのは目に見えているのである。
「まあ怪我ぐらいなら、問題はないさ」
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