第2話 頼むから 落ち着いてください 美人さん


「すみません、すみません、すみませんすみませんすみません」と高速で泣きながら謝り倒すメイドさん。こちらの方がいたたまれなくなる。


 彼女の名前は、リエラ。

 涼しげな眼元が印象的なクズトスのお付きのメイドである。


 ちなみに、クズトスの好みは巨乳だ。

 その一点に関しては、俺はクズトスを信頼していた。自分のことを「僕ちん」なんかと呼ぶ人間とは趣味が一致しても、そんなにうれしくはないが……。


 まあいいや。


「いや、その」と一応声をかける。


 が、この状況をどうすればいいのか。

 俺は頭を悩ませていた。


 先ほどやる気を出した俺は、まずは状況を把握しなくては、と思い、一番自分を知っているであろうお付きのメイドを自室に呼び出した。


 そうして呼び出されたリエラは、その大人しそうな眼に涙を浮かべていた、というわけである。


「り、リエラ……その、なんでそんなに謝るんだ?」


「えっ」


 まさかそんなことを言われるとも思っていなかったのだろう。

 跪かんばかりに顔を下に向けていたリエラが、顔を上げる。


「それは私が昨日、日課の『あ~ん』を上手にできず、おぼっちゃまにご迷惑を……」と涙を浮かべるメイド。


「は????」


 『あ~ん』??

 意味が分からない。


「も、もうちょっと詳しくいいか?」








 なるほど。リエラから普段の行いを聞いた俺は、普通にこの場から消え去りたくなっていた。


 なぜか?


 それは、クズトスの一日の生活があまりにも酷すぎるからである。朝起きて朝食を『あ~ん』してもらい、昼も、そしてその流れで夜も。

 ハッキリ言おう。


 頭 が お か し い。


 ちなみに、この世界だと普通なのか? と思って聞いてみたところ、この世界でも『あ~ん』は普通ではないらしい。

 おいおい、クズトス………。お前、あまりにも飛ばしすぎだろ………と逆に俺は感心しそうになっていた。


 

 しかも、である。

 俺は嫌な予感がしていた。


 リエラ。俺は彼女の名前を見たことがあった。


 ――それは前世のwikiだった。


 リエラ――家族のために働く彼女は、珍しくクズトスに誠心誠意仕えるメイドだったが、クズトスのわがままに振り回され、最終的に右手を骨折してしまう。

 そして、そんなのは知ったことかとクズトスは、泣き叫ぶ彼女を解雇するのだ。

 

 小さいころから一生懸命働いてきた献身的なメイドを一方的に解雇したクズトスは、さらに屋敷の使用人たちに嫌われ、性格が矯正される機会を失う、という筋書きである。


 ちなみに、この情報が公式サイトで小話として投稿されたところ、「クズトスをなぜゲームに入れたんだ!!!」とプチ炎上状態に陥った、らしい。



 つまり、彼女は割とキーパーソンである。


「今すぐ『あ~ん』の用意を………!」と必死な様子で懇願する彼女に俺は告げた。

 

「いや、いい」


「えっ」


 再度、彼女の眼が見開いた。


「い、いいのですか? お坊ちゃまは毎日、『あ~ん』をしろって。『あ~ん』をしなきゃクビにするぞって、あれほど言っていたのに………」


「あ、いや」


 どういうガキなんだよ、と言う申し訳ない気持ちで俺はいっぱいだった。

 

 しかも、質が悪いことにクズトスの女性趣味は非常にいい。

 リエラだって非常に美人なのである。そんな美人に、『あ~ん』してもらえるというのであれば、ぶっちゃけ一度は試してみたかった………



 ――が。


「いらん」と、俺は真面目な顔で答えた。


 そう。冷静に考えればわかることである。

 美人に『あ~ん』は確かに興味があるが、そんなムーブを続けてしまうと確実に、死の未来へとつながってしまう。

 

 いわば、この『あ~ん』は命を代償にしなくてはいけないのである。

 うん、そう考えると、割に合わない気がしてくる。


 いくら何でもねえ………。


 そんなことを思いつつ、目線をリエラの右手に移す。


「手、悪いんだろ?」


「え、なぜ、それを………」


 驚いたリエラは右手を庇うようにして、押さえた。


「わずかに、右手の動作がいつもより遅かった。動きを見ればわかる」


 さすがに原作知識です、とはとても言えなかったので、適当にごまかしておく。

 もちろん、いつも右手の動作がどうなっているのかは全くわからない。というか、知らん。


「それに、リエラはいつも俺のことを見てくれているからな。こっちだって、リエラのことをちゃんと見ている」

 と適当に言葉を濁し、ほほ笑んでおく。 


 これでいいのか??

 いやもう、よくわからない。


「ぼ、坊ちゃま………」と、呆然とつぶやくリエラ。どうなんだろう。目元が泣きはらしているからか、表情の変化がいまいちわからない。


「もちろん、解雇なんてする気もさらさらない。さっさと休んでさっさと仕事をしろ」


 しかも、さっきから適当にしゃべっているが、もう何が正解なのか、訳が分からなくなってきた。


「ぼ、坊ちゃま………! なぜそのようなこと急に………!」


「『なぜ』か………」


 くるりと後ろを向き、扉の方へと向かう。リエラの方を一切を向かずに、俺は扉を開けた。


「簡単だ――俺のメイドは、お前だけだからな」


 メイド長に伝えておく、と言い残し、扉を閉めた。

 


 うん。


 どうだろうか。

 さすがにクズトスよりは、まともなムーブだろう。


 いや、そんなに自信は無いけども。


「体を鍛えて魔法も練習して汚名返上か………本当にやることが多いなあ」


 だが、悪くない。

 クズムーブを避け、俺は善良なモブAになる。

 

 そう誓いながら、俺は午後の光が差し始めた廊下を歩き始めた。



 意外と、いけるのではないか、と言う期待を胸に。









 

 

 が、しかし。

 俺が1人で廊下を歩いているのを見た年配のメイド長は


「う、うそ。坊ちゃまが女性の手をつながずに1人で歩いているわけが………!!!」


 と、絶叫して倒れてしまった。






 ………うん。

 クズトス君よ。


 お前は何歳児だ、と言いたい。小一時間問い詰めたい。


 頬がぴくぴくと引きつる。 

 どうやら俺と、残されたクズトスの汚名との闘いは、そんな簡単には終わるものではないらしい。


「だ、誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ふざけんな! と思いながら、俺はぶっ倒れたメイド長の介抱のため、あらん限りの力を振り絞った。


「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」




 


  





 


 

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