来訪者:バイク事故――③

「おい、お前。えーっと……、今日起きた方の松下」

 気がつけば、ウィルがいつの間にか部屋に戻ってきていた。

「なんだよ」

 やっぱりこいつは気に食わない。

「お前のバイクだが、明日には直るとよ。いくつかパーツが無くなってたってんで少し時間がかかるらしいが」

「なんだって? そんなに酷いのか」

「安心しろ、あいつは腕だけはいい」

 ウィルはちらりと正太郎のほうを見た。

「お前のはもう直ってるが」

「いや、僕も明日まで待つよ。せっかくだし」

「もういっぺん聞くけどよ、本当にここに電話は無いのか?」

 敏雄がそう聞くと、ウィルは何故かもう一度正太郎を見た。

 正太郎は首を振る。

「じゃあ、無い」

「じゃあってなんだ!?」

 ウィルが答える前に、カウンターの向こうからシラユキが声をあげた。

「それじゃあ、バスルームはお部屋にあるはずだから、そこを使ってね」

 この屋敷の主――らしいウィルは、あまり関与しないのか何も言わなかった。

「……いいのか?」

「あら、大丈夫よ。こうやってたまーに迷い込んできた人たちを泊めることもあるのだわ」

「そうは言うが、危なくないのか? 男が一人いるとはいえ……」

「大丈夫よ~。ウィル君はこれでも頼りになるもの」

 敏雄は入り口で突っ立っているウィルをちらりと見た。

「でも、お部屋を間違わないでね」

 シラユキはにっこりと笑っていた。


 散々話したのと、さすがに疲労感が出てきたので、二人はひとまず自分達の部屋に戻ることにした。カフェ室を出て廊下に向かう。

 ホテルみたいだな、とは思う。

 部屋の中に風呂やトイレがあるなんて信じられない。ホテルみたいだ。海外の屋敷というのはみんなこんなものなのか。

「おい正太郎、お前はこの屋敷、本当になんだと思う?」

「さあ。悪い人たちではないと思うけど。バイクだって直してくれてるんだし」

「そうだなあ……この吹雪だしな。ところで、お前はどこに住んでるんだ?」

「いまは大学の近くに住んでるよ。実家は違うけど」

 そう言って正太郎が伝えた実家の場所は、意外にも敏雄の生家の近くだった。そういうわけで、ますます敏雄は親近感がわいた。

「同じ名前で、実家まで近所かよ! こりゃますます帰ったら一杯やらなきゃ気が済まねぇな」

「うん。それは本当にそうだ」

 正太郎はどこか懐かしそうに語る。

「それにしても、俺の部屋……どこだったかな」

 こっちだったか、と廊下の先を曲がる。

 曲がり道の先には、まだ廊下が続いていた。なんだかぞっとする。ここは本当に、人間のいる場所なのだろうか。ここの住人は外国人めいた奴等がいるだけで、本当に日本かどうかも怪しく思えてくる。

「なあ、正太郎。お前、自分の部屋……」

「……こんなとこだったかな」

「とりあえず適当に開けばわかると思うか?」

「ええ? 誰か他の人がいるかもしれないし、やめた方が……」

 正太郎の制止も聞かず、敏雄は適当な扉に手をかけた。

 ――このあたりだったっけか?

 まったくもって、同じドアが並んでいると区別がつかない。せめて本当にホテルのように部屋番号があればいいのにと思う。

 適当な部屋にあたりをつけて、ドアノブを回す。

 そこは外に繋がっていた。だが窓から見えた吹雪の景色ではかった。地面には丸い円盤のような岩盤が重なり合って作られ、その岩場はずっと遠くまで繋がっている。空は黄金色に霞んでいて、空には月が五個もあった。それぞれが銀色に光り、まるで真昼のようだ。

「な、なんだこりゃ……」

 思わず一歩踏み出す。正太郎も驚いたように足を踏み出した。

 岩盤と岩の隙間からは、岩盤からは白いチューブのようなものがいくつも生えている。植物かと思ったが、ゆらゆらと揺れながら伸び縮みを繰り返している。その岩場にくっついている巻き貝のようなものは、大きさが人の顔ほどもある。引っ張ってみると簡単に採れた。裏側は小さな足のような器官がいくつも並んでいて、うねうねとそれでも歩こうと必死になっていた。まるで別の世界に来たかのようだ。

「ここは、一体……」

「敏雄っ、あれ!」

 指さした方向を見ると、上空を影が通過した。

 頭に角のような触角を生やしたゴカイのような生きものが、上空を蛇行しながら飛んでいった。

「な、な……」

 空を飛んでいたものが、ぐるりと空中で旋回してこちらを見たような気がした。見たのかどうかはさておき、こっちを向いて虫のような口が開かれたのがわかった。

 ――あ、やばい。

 呆然としたそのときだった。

「何やってるお前ら!?」

 後ろから勢いよく首根っこを掴まれた。ハッとして振り返る。ウィルだった。開いている扉の向こうには、屋敷の廊下が見えていた。引きずられるようにして廊下の中に放り込まれる。目の前に巨大な口が迫った瞬間、バタン、と目の前で扉が閉まった。

「わけのわからない扉を開けるなよ!」

 ウィルは怒っているというより――焦ったような口調で言った。

 あれは幻だったのか。ウィルは扉の前に立って、追い払うような仕草をする。

「というか、お前らの部屋は向こうだ。普通に通り過ぎてるぞ――さっさと寝ろよ」

「い、いや、俺たち、どこが部屋かわからなくて……」

「だろうな。……ついてこい」

 ウィルはそう言うと、今度は踵を返して歩き始めた。

「ここ、同じドアばっかりでわかりにくいんだよ」

 悪いのは自分だとわかってはいたが、ついついそう文句を垂れた。

「それは俺もそう思う」

「へえ。屋敷の主でもそう思うのか」

「……」

 ウィルは何か物言いたげに少しだけ振り返ったが、結局なにも言わずにまた先を歩き出した。

 やっぱりここはわけのわからない場所だ。

「まったく、悪い夢みたいだ。お前は現実だよなあ、正太郎」

「現実だよ」

 正太郎は肩を竦めた。

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