第2話 運動編
「はあ~~~~」
私はノートパソコンの前でため息をこぼす。
ラノベ作家としてデビューしたものの、鳴かず飛ばずで、出版社の優先順位が下がってしまって、小説の企画書も出版社に出したものの、一向に返事がない。しかも、起死回生として気合いを入れてのぞんだゲームのシナリオのお仕事は開発休止となってしまった。
今後のことを思うと、もはや暗澹たる気持ちになってしまう。
「……結局、私の人生って、何も成し遂げられないまま終わるのな……?」
将来のことを考えると、新作の小説を書く手も進まない。
私が小説を書き始めたきっかけは、幼い頃に母がよく本を買い与えてくれたからだ。
まだネットもそれほど普及していなかったから、今みたいにYouTubeや動画サイトでアニメを見られるわけじゃなかったし、少ないおこづかいではマンガをそれほどたくさん買うことはできなかった。
母も昔気質なところがあったから、マンガよりも小説っていう人だった。
ただ、ラノベはなぜか小説に含まれているということで、よく買ってくれた。
母はそんな風にちょっとずれているところがある。
私としても純文学のおもしろくもなんともない小説よりも、ラノベの方がマンガっぽいし、読みやすくて楽しかった。中学生の頃になって、深夜まで起きるようになれば、ラノベは深夜アニメとして人気が出ていたし、映画にもゲームにもなっていた。
ラノベには夢があった。
まさにエンターテインメントにおけるフロンティア時代のようだ。
私も自分の作品が本として出版されて、大ヒットして、テレビアニメやゲームになることをひとり妄想していた。
授賞式で金屏風の前に立ち、憧れの作家さんと仲良くなって、アニメの打ち上げでは声優さんと仲良くなることも妄想していた。
そして、アニメの脚本も書いてみたかった。
でも……。
現実はそんなに甘くはなかった。
賞に応募しても受賞することなかったし、投稿サイトに出しても思うような結果は得られなかったし、かろうじて本を出しても一冊で終わってしまう。
重版ってなんですか?
おいしいご飯が食べられますか?
新天地として始めたゲームシナリオのお仕事でも、不運なことに開発休止となって、お仕事が打ち切られてしまった。
「……もう諦めようかな……?」
私はがっくりと机の上に頭を置いてぼやいた。
「……まったく。空気が重いのう」
背後からのんびりした声が聞こえてくる。
あいつだ。
うちのタマだ。
タマはあいかわらず私のベッドに寝転がり、人間のように肘をつきながらあごを手において、器用に分厚い本を読んでいる。
タマは私の飼い猫だが、人の言葉を話すし、本も読むし、先日深夜にネットまでしていることまで発覚した。母が拾ってきてから我が家にいるものの、その正体については私も知らない正体不明の猫だ。
「おぬしとおると、気分が滅入ってくるわ」
タマはパタンと本を閉じた。
「だって、仕方ないでしょ!? 仕事がなくなったんだもん」
「たまたま不運だっただけではないか。またやり直せばよかろう」
「そんな簡単に言わないでよ。どれだけ頑張ったかあんたにはわからないわよ」
タマはやれやれと首を振る。
「いいこともあれば悪いこともある。それが人生というものじゃろう?」
「そんなどこかで聞いたようなことを言われても、ちっとも励まされないわよ!!」
私はわっと机に突っ伏して続ける。
「小説だってちっともうまくいかないし、Twitterを見れば、他の作家さんの重版報告ばかり目につくし!! アニメ化だのコミカライズ化だの羨ましい報告ばかりだし!!」
「……これは重傷じゃな」
タマはさすがに大きなため息をこぼす。
「おぬし、そうやってパソコンを見つめて、頭の中だけで考えておるから、考え方が後ろ向きになるんじゃ。少しは体を動かしてみたらどうじゃ?」
「……体を動かす?」
「おぬし、一日のうち何時間そうやって椅子に座っておるつもりじゃ? 一日のほとんどをそうやって同じ場所でじっとしておるではないか」
「……だって、そういう仕事だもん」
私はむっと口をとがらせる。
タマは人間っぽくひたいに手を置く。
「あのな、人は同じところに留まるようにはできておらんのじゃ。何万年もの大昔、人は狩りを求めて常に新天地を目指しておったそうじゃ。同じところで狩りを続けていれば、いずれ食べ物は尽きてしまう。ゆえに、移動しながら食べ物を求めてきた」
「……それがなんだっていうの?」
「話は最後まで聞け。つまりじゃ、元々人間は同じところにじっとしながら食べ物を得るようにはできておらんのじゃ。わしみたいな猫や獣も同じじゃ。食べ物がほしいなら、常に新天地を目指して動くようにできておる」
「……あんたはうちでごろごろしてるだけだけどね」
「わしもエサが出なくなったら新天地を求めるぞ」
私が嫌味を言っても、タマは気にもしない。
「人が座りながら仕事をするなど、人間の長い歴史からしたらほんの百年やそこらだろう。元々人には向いていないのじゃよ……じゃから、考えが後ろ向きになるんじゃ」
「……つまり、運動をすれば、前向きになるってこと?」
「ふむ。ようやくわかってきたか」
猫のくせに、皮肉っぽく笑う。
「大昔の人間は新しい土地へと移動するときには、常にわくわくしていたはずじゃ。新しい土地、新しい食糧、何が起きるかわからないどきどきがあったものじゃ」
「……それは確かにそうかも」
「運動はそのことを思い出させてくれるんじゃ。体を動かすことで、血流はよくなり、気分は高揚して、楽しいことがやってくるような期待を持たせてくれる」
「……でも、それは大昔の話でしょ? 今の時代とは関係ないでしょ」
「おぬしは本当にアホよのう」
タマが呆れたまなざしを向けてくる。
「そんな簡単に人の体が進化するわけがなかろう。おぬしの体には昔の人間と同じような仕組みがある。つまり、運動をすれば、前向きな気分になれるということじゃ」
「……本当に?」
「もちろんじゃ。リズミカルな運動は気分を落ち着かせるセロトニンが出ると言われておる。つまりじゃ、気分が落ち込んだときこそ、運動をすることがいいのじゃ」
「……リズミカルな運動って何をすればいいの?」
「ふむ。一般的には有酸素運動じゃ」
「……有酸素運動? ダイエットの時にする奴?」
「そうじゃ。ウォーキングやジョギング、サイクリングなどの有酸素運動を週に2~3回20分以上すれば、気分が高揚して前向きな気分になると言われておる」
「へえ。そんなに短くていいんだ」
「軽く息が上がる程度の運動じゃなければダメじゃ。あまり軽すぎても運動は体に効果がないからの。かといって、おぬしのように運動不足の塊のような奴がいきなり激しい運動をすれば、体を痛めてしまうので要注意じゃ」
「……一言余計だっての」
私のツッコミもタマは気にしない。
「運動は一週間で合計150分以上続ければいいことになっておる」
「ひゃ、150分!? ってことは、2時間半!? 無理無理! そんなに一度にやれないって!!」
自慢ではないが、私は運動は苦手だ。
「おぬし、ちゃんとわしの話を聞いておったか? 合計150分じゃ。これは土日に75分ずつ運動してもよいし、週5日30分ずつ運動してもよい」
「……週末にまとめて運動しても、1日30分ずつでもいいの?」
「そうじゃ。不思議なことに運動効果は大きな差がないと言われておる。しかも、1日の運動も小分けしてもよいのじゃ。一日30分の運動を10分ずつ三回に分けても同じような効果があるとも言われておる」
「ほ、本当に!? 小分けしてもいいの!?」
「じゃが、10分以下の運動は体が温まる前に終わってしまうから、運動効果はカウントされなくなってしまう。1回10分以上はしっかりと体を動かすことが大切じゃ」
「1回10分だけなら続けられるかも……」
「そうじゃろう?」
タマはにやりと笑う。
「しかも、仕事の収入が高い人間の多くが運動を日課にしている研究があるそうじゃ」
「確かに! セレブってみんな運動しているイメージがある。GA●KTも筋トレしてた」
「さらには、脳が活性化して仕事の効率がアップ! 仕事のアイデアも出て、前向きな気分で物事に挑戦できるんじゃ。さすれば仕事もうまくいく」
「おおー!!」
「さらにさらに、運動は人の寿命を延ばすという研究も出ておるのじゃ」
「うわっ! いいことずくめじゃないの!」
私はなんかいても立ってもいられなくなってきた。
「なんか運動してきたくなってきた!」
「じゃろう? こんなところで管を巻いて時間を無駄にしている暇があるなら、近所でも走ってきた方が何倍も体にも人生にも有意義な時間の使い方じゃ」
「……うん! そのとおりだね!」
運動していれば、脳が活性化されて仕事もうまくいくし、体型もよくなるかもしれない。
そうしたら、ジョギング中に素敵な男性と知り合って……、
恋に発展するかも……。
そう考えたら、ますます運動したくなってきた。
「何をにやけておる? また余計な妄想をしておるようじゃな……」
タマが白い目でこっちを見ておる。
私はごほんごほんっとごまかすように咳をした。
「わかった! 私、今すぐ近所を走ってくるね!」
私は矢も盾もたまらず、スエットを脱ぎ捨てると、下着姿のまま昔ジムに通うために買ったスポーツジャージをタンスから引っ張り出していた。
そんな私を見てタマはため息をこぼす。
それから、ふと静かに語りかけた。
「……おぬしが今うまくいかないのは、おぬしだけの責任ではない。頑張ってもうまくいかないこともあろう」
「…………」
「じゃから、それを全て自分のせいにして、歩みを止めなくてもよかろう。おぬしにまだ物語を書く情熱があるなら歩みはゆっくりでも続ければよかろう。他の者と比べることはない」
「…………」
「運動も創作もまずは続けることが大事じゃ。そうすれば、きっとおぬしも成長するし、またチャンスも出てくるじゃろうて」
「……うん」
私はタマに背を向けたまま、ぐいっと目元をぬぐった。
「あった!」
私はタンスの底からスポーツジャージを見つけ、急いで着替えると、箱にしまわれたままの運動シューズを箱から取り出した。
「よしっ! じゃあ、近所を走ってくるね!」
私は今の暗い気分を吹っ切るように、表に飛び出していった。
そして、2時間後――。
「……ううっ。運動したのに、すっきりするどころか落ち込んだ」
私はベッドに突っ伏したまま身動きが取れなくなっていた。
1時間は運動しようと表に出たものの、10分走っただけで疲れてしまい、20分経ったところでぜーぜーと荒い息を吐いて近所の公園のベンチに座り、足元がおぼつかなくなりながら、なんとか家に帰ってきたのだった。
「学生の頃はもっと走れたのに、まさか20分も走れなくなってるなんて……」
「そりゃ普段運動していない奴が、いきなり激しい運動をすればそうなるじゃろ」
枕元でタマが呆れた顔で私を見下ろす。
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