【エッセイ小説】売れないシナリオライターと爺くさい猫

秋月大河

第1話 フリーランス編

「……はぁ~~~~」


 私はノートパソコンの前で大きくため息をこぼした。


 型落ちしたパソコンの画面にはメールのアプリが開かれている。


 件名には『ゲームラグナロクリングにつきまして』という文字があり、その下には担当者からの悲しげなメッセージがつらつらと書かれている。


「どうした? 世知辛いため息をこぼしおって」


 後ろから声がかかる。


 振り返るものの、六畳間の部屋に置かれたベッドには誰もいない。


 いや、一匹の三毛猫がくあっとあくびを上げている。


 声をかけてきたのはこの猫なのだが、私は驚きもせずに答える。


「もう、聞いてよ。私がシナリオを書いていたソシャゲが開発休止になったのよ」


「それは難儀なことじゃな」


 猫は言葉とは裏腹に、気にもせずに手を舐めている。


 全くもって腹が立ってくる。


 私はフリーランスのゲームシナリオライターとして仕事をしている。


 元々はラノベ作家としてデビューしたものの、鳴かず飛ばずで三冊だけしか本が出せなかったし、出版社に新しい本の企画を出しても返事が来るまでに一ヶ月も二ヶ月――場合によってはそれ以上の時間がかかることも多い。


 みるみる貯金が減っていって、あっという間に進退きわまった。


 そこで、フルタイムでバイトをしたり派遣で働いたりしたこともあったが、フルタイムで働いてしまうとどうしても疲れが出てしまって、なかなか執筆する気力も体力も残されていない。


 我ながら情けないことこの上ない。


 そんな時、たまたま知り合いの紹介でゲームシナリオのお仕事を始めた。


 テレビゲームは元々好きだったし、小さい頃にゲームのストーリーに感動して泣いたこともある。だから、ゲームでもお話が書けるということで飛びついた。


 正直なところ、ゲームで名前が出て売れてくれれば、相乗効果として小説の出版もしやすくなるかも、なんて下心があったのも事実だ。


 でも、世の中はそんな甘くはないわけで……。


 私がシナリオを執筆していたお仕事は、ゲーム開発側の諸事情で開発休止となってしまった。


 担当者の人の話によると、一応シナリオ執筆分の報酬は支払ってくれることは約束してくれたものの、ゲームが世に出ることはとても厳しいということだった。


 私は力尽きてがっかりとしてパソコンの前で崩れ落ちていた。


「……もう、そんなに気安く言わないでよ。私の今の収入源なのよ? 私がどれだけこのゲームにかけていたかわかるの? 十キャラ以上のキャラシナリオを書いているのよ?」


「そんなことは知らん」


 猫――タマは気にもせずに答える。


 あいかわらず腹が立つ猫だ。


「私の収入が途切れたら、あんただってご飯を食べられないんだからね!」


「じゃあ、わしは近所の女子大生の子の世話にでもなるかの。あの子はやさしいから、わしが腹を空かせて行けば、エサくらい分けてくれるじゃろう」


「あんたはよくても、この私はどうするの? 行き倒れになるじゃないの!?」


「そんなことは知らん」


「この鬼! 悪魔!」


 私がいくら文句を言っても、タマは気にもしない。


 あいかわらず薄情な奴だ。


 タマは私が十五歳の頃に母に拾われてきた。


 母曰く「道ばたで悲しげな声で鳴いてかわいそうだった」ということで拾ってきたらしいのだが、今ならこいつが何を考えているのかわかる。


 こいつは単に自分にエサをくれる相手を探していただけなのだろう。


 母もこいつがこんなしたたかな性格だと知っていたら、拾わなかったはずだ。


 しかも、タマは人の言葉が話せる。爺さんみたいな声で話しかけてくる。けれども、それは私の前でしか話そうとしない。父や母の前ではあいかわらずかわいい猫のふりを続けている。


 タマがなぜ人の言葉を話せるのか私も知らない。


 タマにもわからないらしい。


 でも、このタマは私よりも頭がよくて文字も読めるらしく、昔からタマのために図書館でいろいろな本を借りては読ませてきた。


 私が親元を離れてひとり暮らしを始めたときに、何かの役に立つかもしれないと強引にタマを連れてきたのだが……。


「あんたも飼い主のために、何かしてあげようと思わないわけ? あんたはよくても、この私は仕事をなくしてお金がなくなったのよ?」


「猫にいったい何ができるというんじゃ?」


「あんたが面白いことをしてYouTubeに流せば、一攫千金になるのも夢じゃないわ!」


「そりゃ無理じゃろ。今時、動画サイトにどれだけ猫の動画があふれているかおぬしはわかっているのか? 猫がちょっとやそっと面白いことをしただけで金になるわけがなかろう」


「……なんであんたそんなに詳しいのよ?」


「おぬしが寝ている間に、こっそり見ておるからの」


「あんた! 電気代が高くなるじゃない!」


「パソコンの電気代なんかたかが知れておるわ。それよりも、おぬしがストレスがたまったからと言って、やたらとケーキを買ってくることの方がよほど大きな出費じゃないのか?」


「うぐっ……!」


 痛いところを的確についてくる。


「し、仕方ないでしょ!? お話を書くのは頭を使うのよ!? 糖分が必要なの!」


「そう言って、おぬし、ひとり暮らしを始めてから何キロ太った?」


「……に、二キロくらいかな?」


「嘘をつけ。五キロは増えておろう。体脂肪率はなんと……」


「わあー! わあー!」


 私は慌てて大声で叫んで止める。


「なななんで私の体重を知ってるの!?」


 私ははっとしてから、タマに叫んだ。


「あー! 私がお風呂場で体重を量ってるのを見てたんでしょ!? このエロ猫!」


「アホか。わしは猫じゃぞ。人間の女の裸など興味はない」


「だったら、なんで知ってるのよ!?」


「そりゃ毎日きっちりとスマホアプリとやらに記録にしておるからの……あと、スマホのパスコードは誕生日を逆にするのはやめておけ」


「…………」


 次からこいつに暗証番号がわからないような番号を変えよう。


「と、とにかくもうシナリオ仕事はなくなったのよ!? どうしたらいいの!?」


「他に仕事のあてはないのか?」


「……ううっ。今はないわ。出版社からはあいかわらず連絡はないし、あとは次の仕事が見つかるまで細々とバイトして生活していくしか……」


 今にも泣きそうな私の声を聞いてタマが突っ込む。


「おぬしはアホか!? ひとつしか仕事を取っておらんかったのか!?」


「な、なんでよ!? これまで一年近く収入はちゃんと定期的に払ってもらっていたし、生活には全く困らなかったでしょ!?」


「……はあ。おぬしは本当にアホじゃのう」


 タマは心底哀れみを向けた顔を向けてくる。


「ひとつの会社としか仕事をしていなければ、そりゃこういうことにもなるわけじゃ。野良猫だってエサ場をいくつも用意しておるもんじゃぞ」


「だ、だって、納期に間に合わせられるか自信がなかったし、ちゃんとしたクオリティのものを提出したいし、たくさんいろんな仕事をしていたら納期に間に合わせられないかもしれないでしょ!」


「その割には、日ながごろごろとしていた日もあったようじゃが?」


「そ、それは息抜きも大切でしょ!?」


 どもりながら反論する。


「新しい仕事先を見つけておけば、こんなことにはならなかったんじゃ」


「……ううっ。でも、営業なんてどうやっていいかわからないし」


「そんなものはネットでいくらでもあるだろう」


 タマは呆れた顔でパソコンに手を向ける。


「おぬしは会社員とやらではないのだろう? 『ふりーらんす』とやらで仕事がしたいなら仕事先を増やすんじゃ。それは小説家としても同じじゃ。

 ひとつの出版社に固執しているから、打ち切られたときに路頭に迷うことになる。このご時世、取引先が突然終了することは当たり前にある。

 にもかかわらず、ひとつしか仕事先を持たなかったおぬしの責任じゃぞ」


「……ううっ」


「『ふりーらんす』……いや、この先が見えない時代にお金に困りたくないのなら、いくつも収入の窓口を持つのは当たり前じゃろ。仕事先も収入もいくつも窓口を持っておれば、どこかが崩れたとしても、しばらくは生活には困らん」


「……そうかも」


「わかったのなら、これからは新しい仕事先を常にさがすのじゃ」


「……はい」


 私はいつの間にかお爺ちゃんに叱られた孫娘のようにうなだれる。


「じゃ、じゃあ、営業をかければ、またすぐに仕事がもらえて、収入が復活するかな? かな?」


 気を取り直して声をかけてみるが、タマは手を振るだけ。


「そんなわけがなかろう。営業して仕事がすぐにもらえたらラッキーじゃ。たいていはろくに相手をしてもらえないし、仮に仕事を振ってもらえるとしてもいつになるかわからん」


 タマは毛づくろいをしながら続ける。


「じゃから、営業は普段からやるべきじゃし、困ったときに頼れる人脈をつくっておくのも『ふりーらんす』の仕事じゃ。それをおろそかにしたおぬしが悪い」


「はあ~~~~」


 世間様は思っていたよりも厳しい。


「だったら、会社に籍を置く常駐なら……」


「アホか。常駐だって即日採用が決まることなどほとんどない。おぬしのように実績もない者ならしばらく時間がかかるかもしれんの」


「そんな~~~。じゃあ、それまで私はどうやって生活すればいいの?」


「またしばらくはバイトをするしかなかろう」


「はあ~~~~」


 私は今日何度目かの大きなため息をこぼした。


「これにこりたら、今度から仕事先をいくつもさがし、困ったときに頼れる人脈をつくり、収入の窓口もいくつも持っておくことじゃ」


 タマの言葉を聞いて、私は頭を抱えた。


「……私、人に感動させるお話を書きたくて作家を目指したのに、それ以外に考えなくちゃいけないことが多すぎるよ……」


「世の中、なかなかままならんものよのう」


 私のぼやきも、タマは他人事のように言う。


「まあ、難しいことは後回しにして、メシでも食おう。ワシは腹が減った」


 タマはベッドから降りると、キッチンにつながる扉に向かった。


 私は重い腰を持ち上げると、扉を開けてキッチンへと向かう。


 これからの私はどうなるのだろうか?


 そんな不安を抱えながらも歩いていたが……。


 最後にひとつだけ気になることがあった。


「……ねえ、タマ」


「なんじゃ?」


「あんた、本当に猫なの?」


 その問いに、タマは最後まで答えてくれなかった。


 おしまい。

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