第7話
「さっき、人生は大概逃げていいって言いましたけど」
会計が終わり、絵空がお礼を言うと鎖骨を掻きながら夏子が口を開いた。
「正念場つうか、絶対に逃げちゃいけない場面が何回かあるんですって。たぶん絵空ちゃんは、その時の為に今は休まないといけないんじゃないっスか?」
その言葉が絵空の脳内に反芻され、ふと立ち止まる。行き交う人々は足早にそれぞれの目的地を目指している。
(私は……どこに向ってるんだろう)
答えのない自問を繰り返し、再び怠い両足を引き摺って、たどり着いた桜谷駅のロータリー。電車に乗った方が早いが、今日は歩きたい気分だった。バス停の長椅子に鼎湊が背中を丸めながら座っている。
「歩きか」
湊が掠れた声で尋ね、絵空が頷く。
「飯食ってねぇんだよ。お前は?」
今度は頭を振り「でもいらない」とだけ答える。
「じゃあ、ちょっとだけ付き合えよ」
立ち上がって湊は軽く伸びをする。駅前には幾つか飲食店があり、湊は大衆中華を選んだ。かなり年季が入っていて、二人が対面に座ったテーブルも染み付いた汚れが目立つ。
「焼き飯と柚子ラーメン」
常連なのだろうか。湊の注文に店員は「いつものね」と笑顔で奥に下がっていく。
「大して美味くもねぇけど、近所だから通ってんだ」
そんなに疑問が顔に出てたのかと絵空は思いながら、一つ息を吐いた。
「今日は俺ん家ですっからな。マジお前みたいに気軽にやれる女いて良かったわ」
「私も良かった。贖罪の機会が出来て」
「贖罪?」
「親友が味わった同じ痛みを感じたかった。そうしないと心がどうにかなりそうなの」
「だから犯してくれってか。くだらねぇ」
湊がピッチャーからグラスに水を注ぐ。
「俺が現役でも、総亜は大所帯で入れ替わりが激しいんだ。お前のダチ犯した末端なんかたぶん一ミリも知らねぇけどな」
「でも同類には変わりない。それにリーダーも『鼎』って苗字ってことは、あんたは関わりが深かったってことなんじゃ……」
「あ?」
思わず絵空は口を噤んでしまう。長い前髪から覗く湊の眼光に怖気付いたからだ。
「誰がそんな事ほざいてたっ」
「ネ、ネット。今時調べればどこにでも書いてあるし」
湊は絵空を睨んでいたが目線を逸らし数秒考え舌打ちをした後、何も無かったかのように水を飲んだ。
「けど男に抱かれんのが罪滅ぼしってか。それ、俺がお前に飽きるまで続けんの?」
「さあ。でも私の気が済むまではする。そしたらもう死んだっていい」
「あっそ」
先に焼き飯に付いている中華スープがテーブルに来る。
「やる。これぐらいは飲めるだろ」
そう言って湊は絵空の前に皿を置いた。
「処女は面倒いから加減した。こっからはガチでハメるから」
食事を済ませた二人が向かった先は駅から徒歩五分のワンルームマンション。リビングの簡易ベッドの上で激しさを増すのは、スプリングが軋む音と布が擦れる音。そして、絵空が喘ぐ声。
「っ〜!」
頭の奥がチカチカと点滅する。突かれる度に快楽が、抜かれる度に切なさが身体を駆け巡る。
(な、なにこれ⁈)
初めての夜とは段違いに高鳴る。恐怖を覚えてしまうくらいの悦楽に絵空は湊の首後ろに両手を回し、爪を立てる。意識が朦朧している中でも、お互いの息遣いが荒くなっていくのだけは分かった。
「絵空……出すぞっ」
湊の動きが速くなり、絵空の手を取って強く握り締めた。
「っ!」
身体を震わせ、絵空の中で湊は力強く果てる。そして呼吸を整えようとする絵空の口腔を舌で塞いだ。
(なんか名前で呼ばれたような。ていうかこれ、私のファーストキス……)
絵空は腰砕けになって立つことさえも出来ない。それとは裏腹に多幸感の様なもので満たされていた。
「やっぱいいわ、お前」
上下の粘膜交換をやめ、湊は絵空の顔を覗き込む。
「もったいねぇからさ。死ぬとか、つまんねぇ事考えられなくなるまでずっと犯してやる。覚悟しろよ」
息も絶え絶えにそう言う湊の顔は、絵空にはとても幼く見えた。
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