第3話

 放課後の生徒指導室。自分とは無縁の場所だと思っていたが、今朝の一件を誰かが担任に告げ口した所為で絵空は呼び出しを食らうハメになった。


「気持ちは分かるわ。でもね」

 

 対面に座る学年主任の女性教諭は絵空に話し掛ける。


「どんな理由があっても暴力はダメ」


「……すみません」

 

 今までこんなにも誰かを憎んだ事はない。しかし、冷静になって考えれてみれば、己の行動がいかに軽率であったかを思い知る。


「錦織さんとはもう話したのよね?」

 

その問いに絵空は頷いた。


「私達も動画は確認した。保護者向けの説明会も予定してたんだけど、デリケートな問題だし学校側としては公にしない方へ舵を切ったの。セカンドレイプって言葉があるように、蒸し返しは被害者の傷を抉るだけだから」


 せめてもの気遣いなのだろう。しかし、絵空には厄介事に対して蓋をしたいだけのように聞こえてならない。女性教諭は続ける。


「二人ともすでに転校の手続きは済ませてる。心的外傷は長い時間と周りのサポートが一番の特効薬だから、後は医師やカウンセラーに任せるしかないの。辛いとは思うけど」


「……はい」


「それにね。鼎君はあなた達が噂しているような半グレ組織には属してないわ。口数少ないけど、あなた達と同じ一般の生徒よ」


「…はい、反省します」


 あれは完全なる一人相撲だ。やり場のない怒りを噂という曖昧な情報だけで、鼎にぶつけてしまったのだと絵空は後悔する。


「昼休みに彼の話も聞いたけど、怪我は無いみたいだし、勘違いならそれでいいって。以後気をつけるようにね」


 それからとくにペナルティなどは言い渡されず、一礼をしてから絵空は部屋を後にする。砕かれた心の破片が全身を巡り身体が重い。廊下ですれ違った男子生徒は彼女を見てすぐさま目線を逸らした。きっと酷い顔になっているに違いない。絵空は力なく苦笑した

 


「おい」


 鉛みたいな肉体を運び正門をくぐろうとした絵空は呼び止められる。声の主は鼎湊だった。


「も、もしかして来るの待ってたの?」

 

 鼎は絵空を真っ直ぐ見詰めている。


「仕返し?」


 絵空は身構えた。


「ちげぇよ」


「あのさ。許してほしいとは思わないけど、今朝はほんと……ごめん」


 勢いよくこうべを垂れた絵空に湊は言う。


「あの動画、やっぱ俺が原因かも」


「えっ?」


「総亜ってのはマジなんだわ。元だけど」


 絶句したと同時に彼女の世界が耳鳴りと共に静止する。


「悪りぃ。死んでもかたきは打つから」


 それだけ言うと鼎はその場を後にした。帰りの電車、絵空はスマホで総亜同連について調べようと鞄を探すが見つからず、どうやら教室に忘れてしまったようだった。家にネット検索の出来る機器がないので、仕方なく地元の図書館へ出向きパソコンを借りた。

 

 千葉大学生死体遺棄事件

 

 ホテル衣笠強盗殺人事件

 

 会計士一家惨殺事件

 

 集団強姦事件etc

 

 関わったとされる事件は数多く、組織の全貌は未だ見えないらしい。そして彼が何故、総亜同連のメンバーだと噂されていたのかも分かった。それはリーダーとされる人物と苗字が同じ『鼎』だと言う事。

 

 家に帰りベッドに倒れ込む。ここ数日の出来事で絵空の頭はパンクしそうだった。食事も喉を通る気配がしない。眠ろう。夢の中へ逃避しよう。朝になれば何が変わってる訳でもないがそれでもいい。もう何も考えたく無い。次第に黒に溶けていく。暫くすると視界が白く開ける。知里がいる。蓮がいる。ああ、これは楽しかった記憶の走馬灯か。遊園地、映画館、カフェ、ショッピング。二人が笑えば笑うほど絵空の瞳から涙が溢れる。これは夢。もう戻らない日々の幻影なのだから。知里が振り返り泣いている絵空の手を取り言った。

 

「あなたが犯されたらよかったのに」



 瞳に溜まった雫の温かさで目が覚める。夜はまだ途中だった。絵空は用を足す為に寝ぼけ眼で布団から起き上がる。ふと、あるモノが目に入った。それは浮世家の固定電話。留守通知のボタンが真っ暗闇で赤く点滅してる。これは留守番電話がある合図だった。絵空は軽い気持ちでそのボタンを押した。

 

『着信は一件です。再生します

 

 

 市民病院、真由子さんの担当医中津です。真由子さんが危篤状態に入りました。至急、病院にお越し下さい

 市民病院、真由子さんの担当医中津です。真由子さんが危篤状態に入りました。至急、病院にお越し下さい

 

       午後 四時三十一分


     メッセージを一件再生しました』

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