第2話

 動画の信憑性は知里と蓮が学校に来なかった事でより高くなった。朝のホームルームにやって来た教師からは何も告げられず、いつも通りの木曜日が始まろうとしている。絵空は何度も二人と連絡を取ろうとしたが、音信不通のままだった。時間が流れても心が落ち着くことはなく、泥濘とした不安が放課後になっても身体に纏わりついている。


「う、浮世さんっ」


 ハッとした。振り向くと積木卓也が心配そうに突っ立っている。辺りを見渡せば教室にいるのが彼と絵空だけになっていた。


「積木くん……?」

「委員会。昨日の分やるって先生が」

「あぁ……」


 正直な話、今はそんな事どうでもよかった。


「ごめん。今日ちょっと体調悪いや。欠席させてほしいって言っといて」

「大丈夫? もしかしてあの動画?」

 

さっき確認すると動画は消されていたが、もう手遅れだ。きっと数多くの人の目に触れたはず。


「あのね、最近は画像とか動画とか簡単に編集したり加工出来るアプリがあるんだ。アレもまだ本物だって決まったわけじゃないよ。だから……」


 慰めてくれている感謝と無責任な発言への苛立ちが同時に芽生える。絵空は息を吐き、精一杯の笑顔を作った。


「だよね。まだ確証なんて無いよね」


 それを見て積木の表情も緩む。


「なにかあったらいつでも言って。僕、浮世さんの力になりたいんだ!」

「うん。ありがとう」


 積木が去った後、彼女は赤く燃える西の空を窓越しに眺めた。きっとあの二人がいれば、今のやり取りも茶化してくるに違いない。そう思うと冷たい悲しみが手加減なしに襲ってくる。


「……声聞かせてよ。知里、蓮」


 だが、その日を境に知里と蓮は学校に来る事は無かった。絵空にとってそれは、二人の身に何かが起こった事への確信にいたる十分な裏付けでもあった。あれだけ好きだった映画も見る気になれない。教師に聞いたが上手くはぐらかされ、クラスや学校中に根も葉もない噂が蔓延していった。

 

 そして一ヵ月が経った頃。

 

 それは母の見舞いを終えた帰路での事だった。

 突然、絵空の携帯が震える。


「蓮!?」


 スマホの着信画面を見て、慌てて通話ボタンを押す。


「もしもし! 蓮っ、蓮なの!?」

「久しぶり。絵空」


 それは弱々しくあったが紛れもなく蓮の声だった。


「今までどうしてたの? 何で学校来なかったの!?」


 絵空は二人の自宅まで押し掛けてみようとも考えたが真実を知ることへの恐怖心が勝り、行けず終いだった。


「私ね。今度転校することになったの。だから親友には連絡しとこうと思ってさ」

「ど、どういうこと!?」


 暫く沈黙が続き、絵空が応答を求めると、電話の奥で咽び泣く声が聞こえてくる。


「絵空……もう私ダメなんだよ」


 それから蓮は痛々しいあの日の出来事を語った。絵空が断ったので知里と二人でカラオケに行き、フリータイムで歌い疲れた帰り道。人通りの少ない夜道を歩いていると後ろからやって来た黒塗りのバンが前を塞ぎ、中から出てきた男達に襲われた。間一髪で逃げ果せた蓮は交番に駆け込み警官を連れて現場に戻るとバンはもうその場には居なかった。一晩中乱暴された知里が、はだけた制服姿でそこから数キロ離れたコンビニに裸足で助けを求めてきたのは早朝だったそうだ。

 それから蓮は聞き取り調査を受ける中で徐々に精神を病み、部屋に引きこもるようになったという。


「逃げる時、知里が「助けて」って。でも怖くて振り返る事が出来なかった。それからあの日の夢を何回も見るようになったわ。忘れたくても頭にこびりついて離れくれないのっ!」

「……」


 悲痛な叫びに絵空は耳朶を覆いたくなる。


「追い討ちを掛けたのも知里よ。お母さんが知里からだって手紙を扉の隙間から渡してきた事があったの。友達を見捨てた報いだと覚悟を決めて読んだ。そこになんて書いてあったと思う? 「蓮じゃなくてよかった」「あの日の事は気にしないで」って。気が付いたら私は窓から飛び降りてたわ。でも二階から落ちた程度じゃ人は死ねないのよ。半身不随にはなれたけど」

 

身も心もズタボロになった蓮に医師は環境を変えるように助言したらしい。


「もしあの子に会えたら伝えて。友達にはもう戻れないけど、私は今永知里を一生忘れないって。そして絵空。今まで本当にありがとう。最後に声聞けて嬉しかった」

 


 次の日の朝、絵空は鼎湊の席へ一目散に向かった。


「なに?」


座っていた湊は絵空を見上げ、徐に口を開く。


「あんた総亜同連って半グレなの?」

 

尋ねた声は怒りで震えている。


「……はあ?」


 ほぼ初めて聞く彼の肉声と緊迫した空気に、周りの視線が二人に釘付けになる。


「質問に答えて。どうなの」

「だったらなんだよ」


 返答を聞くや否や絵空は鼎の胸倉を力任せに両手で掴んだ。


「お前らの所為でっ!」


 真っ赤に充血した瞳から涙がしとどに溢れ出す。


「返せ私の友達を! 返してよぉっ!!」

 


 おい、マジ喧嘩じゃん

 ハハ、なにあれヤバくない?

 え、なに? 浮世? 

 ねぇ、ちょっと誰か止めなよっ

 

 周囲の雑音など絵空の耳には届かない。ただ、怒りの矛先である鼎は憤怒に支配された彼女をジッと冷めた表情で見詰めているだけだった。

 

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