第2話 神様にさせられた
「なんだい、その、神様って」
「もったいぶらずに教えてくれよ」
二人の言葉に、カラスは得意げに話し始めます。
「人間たちが作り出したものさ。何でも知ってて、何でもできる。何でも願いをかなえてくれる、素晴らしい存在。あんたらは、長生きしすぎた。だから、あんたらは、きっと人間たちに、神として、崇められる」
「崇められる?」
「つまり、俺たちは、どうなっちまうんだ?」
「さあな。教えたがりのうちの家系のモットーは、わからないことは言わないことなのさ」
そう言って、教えたがりの家系のカラスは、その場を飛び立ちました。
カラスの言う通り、彼らを慕う人間は増え続け、毎日のように拝み、時にはご飯やお酒を楽しみながら、歌って踊ってどんちゃん騒ぎ。そんな夢のような時間が、何日も続くこともありました。
「これが、崇めれられるってことなのか。よくわからん。不思議な奴らだな。踊っても、歌っても、俺たちはそれをよかったぜなんて言えないのにさ」
「だね。でもさ。みんな、素敵だと思わない?」
「……そうだな」
おとなしい木とやんちゃな木は、人間たちの歌と踊りがとてもとても、大好きになりました。人間の子供は、彼らの体を上ったり、駆け回ったり、折れた枝を使っておもちゃを作ったりと、幸せな時間を過ごしていました。
けれど、人間たちは、彼らに理解できないことをし始めたのです。
「なんだって! 切るだって⁉」
怒鳴り声をあげたのは、彼らの前でお祭りを始めた腕の筋肉がとてもたくましい男の人でした。
「ああ、このままじゃ伸び放題だ。大楠様も、よりよい形でこの地に残ることを望んでおられるはずだ。俺にはわかる。だからこそ、剪定する必要があると言っているんだ。何もおかしな話じゃないだろう」
その提案は、人間にしかできない行為でした。
「どう思う?」
いつも自分の意見を言うやんちゃな木が、少しだけ不安そうに言いました。
「……さあ、どうなんだろ。僕らには何もできないし……それにしても、わからない」
「わからない?」
「なんで、喧嘩になるの?」
自分たちのせいで、人と人が争い始めることが増えました。
「もういい、俺が明日切る。道具を準備しておく」
「何を勝手な! 罰が当たるぞ!」
「罰? 何を言っているんだ。大楠様はきっとこれを望んでいる。我々の力で、より美しき姿で、この島を守っていただけるのだ」
そんなことを二人とも、考えたことがありません。
「なんだよ、罰って」
けれど、彼らの気持ちは届きません。やんちゃな木は、悔しそうにつぶやきました。
「俺らって、何なんだよ……」
小さな島の大きな木たち。人間にとっても、その存在は大きくなりすぎてしまいました。
「なんで、みんな、変わっていくのかな」
おとなしい木は、そうつぶやきました。
「やめてくれ」
やんちゃな木は、悔しそうにおとなしい木の言葉を遮りました。
「ごめん」
それっきり、二人は言葉を交わさないまま夜が更けていきました。
次の日、二人の前に現れたのは、二人を切らせまいと反対していた屈強な体つきの男でした。
「大楠様、ありがとうございます。あの男を祟ってくれて、ありがとうございます」
二人とも言葉を失いました。
「あの罰当たりは、急な病に倒れ、そのまま命を失いました。やはり、あなたはこの島の守り神。これからも末永く、この島をお守りください」
「違う!」
おとなしい木は、そう叫びました。当然、その言葉は通じません。
「僕たちは、そんなことしていない。なんで、仲良くしてくれないの! 僕たちなんかのために争わないでよ。僕たちは、何もできないんだよ! 君たちを見てるだけなんだ! 伸び続けただけで、何も偉くなんかない! なんの願いも叶えられないし、君たちへできることなんて、何もないんだよ! なんでもっと楽しくやれないの! いつもみたいに、歌って踊って、子どもたちを連れて遊んでくれたら、それだけで……いいのに」
おとなしかった木は、ずっと我慢していた思いを、叫びます。
「もうやめろ、らしくない。いつも熱くなるのは俺だったじゃねえか。いつものお前は、どこに行ったんだよ」
「だって、だって。このまま何も伝えないなんて、ダメだ! 絶対に、ダメだ!」
その叫びは葉っぱのざわめきになるくらいです。その男はその葉の音を聴き、うっとりと目を閉じました。
「ああ、祝福してくださるんですね。あなたへの敬意を、島民一同、永久に忘れません。それを、今ここに、誓います」
届かない思いに、おとなしい木も、やんちゃな木も、何も言うことができませんでした。
それから、島の人間たちは木を恐れる気持ちと、敬う気持ちの両方を抱くようになりました。彼らに祟られないようにと、毎日のようにお供え物を持ってきては、神聖視された彼らのそばで、子どもたちに遊んではいけないと言いつけるようになりました。かつての賑わいはすっかりなりを潜めてしまいました。
そして、当の二人の体は、年を重ねるごとに、どんどん育ち続けます。やがて枝葉も太く長くなりました。朽ちてしまいそうな太い枝葉を、島民の建てた鳥居によって、支えられる毎日が続きました。
それでも、木である彼らの肉体は、虫たちの命の循環には欠かせない存在で、アリたちや芋虫たちは彼らに体を這わせ、葉っぱや樹液を餌にして日々を過ごしていました。
「ずいぶん大きくなったね。君なら立派な大人になれるよ」
おとなしい木は、それでも虫たちに優しい言葉をかけ続けます。
「どうやら僕の葉っぱや樹液はおいしいみたいだよ。この子たちの声は聞こえないけど、食いつきがいいんだ。かわいいよね」
「……お前は、こんな状況になっても、こいつらのことを気にかけてるんだな」
そのとげのある言葉に、おとなしい木は「ごめん」と謝りました。
「別に、謝ってほしいわけじゃない。お前のいいところだからさ。でも、お前、考えないのか?」
なにを? と尋ねようと思いました。しかし、おとなしい木はなんとなく理解していました。虫たちの行く末を見守ることで、現実を直視することから、逃げていたのです。
「いつまで続くんだよ、これ」
やんちゃな木は、おとなしい木が答える前にそう言いました。
「大きくなることをさ、俺は誇りに思ってたよ、天まで届けばいいなって思ってたしさ」
「うん。わかる。僕も、同じことを思ってた」
「でもさ」
やんちゃの木の苦しみを、おとなしい木は理解しました。
虫たちには欠かせない存在だったとしても。彼らの支えている太い枝葉が崩れ落ちてしまえば、苦しみから逃れられる。そう思う日だって珍しくありませんでした。
「自分の体を長く持ち続けることって、こんなに大変なんだな」
彼らは成長を止められません。風向きに逆らうことはできないように、彼らは毎日毎日、伸び続けました。
大きな鳥居の支えは、確かに彼らの負担を軽くしました。けれども、ここまで大きくなり続け、友達もほとんど失い、大好きな人間たちは、自分たちのことを神聖視しています。
この現実を、二人とも望んでいませんでした。
「いっそさ」
おとなしい木はぼそりと言いました。
「いっそ、なんだよ」
「僕たちのことなんか、みんな忘れてしまえれば、楽になるのかな」
「みんなって、誰だよ」
「みんなだよ。人間たちも、この島の植物たちも、虫たちも。もちろん、君だって」
「俺は、お前のこと、忘れたくないよ」
やんちゃな木は、おとなしい木にそう言いました。
「ありがとう。君は、僕の一番の友達だ」
「当たり前だろ」
「だからさ」
「おう」
「ずっと、友達で、いてね」
その時に、おとなしい木は、うっすらと理解していました。彼らの友達だった木は枯れてしまいましたが、それらはすべて彼らの一部に取り込まれていたことに。
だから、おとなしい木は恐れていました。
唯一の友達のやんちゃな木すらも、いつしか自分の一部になってしまうのではないかと。
「ああ、俺たちはずっと友達だ」
一緒に大きくなったやんちゃな木の言葉は、大きな説得力と安心感がありました。
だから、おとなしい木は、もう大丈夫だと、そう思っていました。
けれども、ある日のことです。
暗い嵐の夜でした。
雨は二人とも大好きだったのですが、その日降り続けた雨の勢いは強く、風は、島の動物たちが今にも吹き飛んでしまうほど強烈に吹き荒れていました。
嵐なんて、彼らからすれば大した問題じゃありません。大きくなりすぎた二人をどうこうできる強さの雨風は、きっと存在しませんから。
ただ、それは、あくまで彼らが大丈夫なだけです。
島を支える台地が、必ずしも嵐に耐えられるわけではありませんでした。
ゴゴゴゴゴと、大きな音が響き始めます。
「なんだ?」
やんちゃな木がそうつぶやいたころには、彼らの後ろにある土の山が雷鳴と共に、ぼろぼろと崩れていきました。
最初は小さな小石、土が転がり始め、やがて転がる塊は大きくなっていき、彼らの体を次々と埋めていきます。
おとなしい木は、それに少しだけほっとしていました。
これでいい。自然の摂理で、大地が崩れたのであれば、きっとこれが、僕たちの運命なんだ、と。
やんちゃな木と共に、土に埋もれて、大地の一部となり、また新しい植物たちの始まりを助けられるのであれば、きっと生まれてきた意味がある。そう思っていました。
みるみるうちに、やんちゃな木は土にうまっていき、支えていた鳥居すらも倒れてしまいます。そして、おとなしい木も、覚悟を決めました。
「さよなら」
そうつぶやいた時です。
雨風はぴたりと止みました。
土砂崩れの勢いも弱まり、埋もれてしまったのは、やんちゃな木だけになりました。
おとなしい木の方といえば、太い幹の半分近くが土で埋まってしまい、全体の上部分だけが、地上に顔を出している状態になりました。
「……え」
この世から一瞬でもお別れができることを、期待していた彼は、咄嗟の出来事に頭がついていきませんでした。
「あははっ、やっぱりまだまだ僕たちは生きなきゃいけないみたいだ」
やんちゃな木の方におとなしい木はそう声を掛けました。
やんちゃな木のほとんどは土砂で埋まっていて、わずかな枝葉が顔をのぞかせているだけでした。
「ねえ、返事してよ」
おとなしい木の言葉は、静まり返った夜の空に吸い込まれるだけで、誰も受け止めてくれません。
「ねえ、ずっと友達じゃ、なかったの?」
やんちゃな木は、何も答えませんでした。
「できない約束なら、しないでよ」
おとなしい木は、静かにそうつぶやきました。
彼は、唯一の友達を失いました。
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