小さな島の、大きな木

ろくなみの

第1話 昔々あるところに、小さな島がありました

 昔々、あるところに、小さな島がありました。

 島の中の深い森では、植物たちが芽を出し、根を張り、実を結び、新たな木を生み続ける。そんな時間を、ずっとずっと繰り返していました。

 そんなある日のことです。島に、新しい命が二つ、生まれました。

 小さな二つの木の芽がひょこっと、土の中から顔を出したのです。

 世界のことを何も知らない二つの木の芽を、島の木々たちは歓迎します。

「ようこそ」

「よく生まれてきたね」

「ここはいい島だよ」

「生き物たちはみんな優しい、素敵な島だ」

「きっと、最高の一生を送れるよ」

 生まれたばかりの彼らには、言葉の意味がわかりません。そんな彼らに助け船を出したのは、時々島にやってくる、おしゃべりなカラスでした。

「いきなりでわかんねえよな。まあ、とりあえずだ。あんたたちは、木として生まれてきたってことだよ。望んでいたことかどうかはわからないけどな。ま、大丈夫。何の心配もいらないよ。天からは雨が。地面からは土ってやつがあんたらに生きる力を与えてくれる。それを受け続けて、ただ体をでかくしていけばいいさ。それが、あんたたち、木なんだよ」

 おしゃべりなカラスの言葉も、やはり二つの木の芽にはピンときません。

 ですが、二つの木の芽は確かにその時、生まれてきた喜びを感じていたのです。

 木の芽たちはすくすくと育ち、枝葉もにょきにょきと生え続け、やがて立派な二本の木になりました。

 その間、二つの木に宿った心も、それぞれの色に染まっていきました。

 片方の木は、おとなしくも、優しい強さが。

 もう片方の木は、やんちゃさと正義感が宿りました。

 おとなしい木は、地面にいる草花や、幹をつたい、樹液を飲む虫たちを見守るの大好きでした。

 彼らが自分の体を上ったり、家にしてくれることに、何よりの喜びを感じていたのです。

「でね、この間は芋虫が無事に蝶になったんだよ。僕、ずっと応援してたからすごくうれしくてさ」

「へえ、応援ねえ。俺たちの声って、あいつらに聞こえてるのかねえ」

「それは、うん、まあよくわからないけど、何も言わないよりかは、ましかなって」

「そんなもんかねえ。お、そうだ! この間教えたがりのカラスからまた面白い話を聞いてさ」

「なになに! 教えて!」

 やんちゃな木は、鳥たちと話すのが好きでした。

 鳥はいつもいろんなところを飛び回っているので、様々なことを教えてくれます。

 中でも、人間のことはたくさん教えてくれました。

 侍として人と人とが争うこともあれば、絵や歌を楽しむ存在もいること。自分たちと違い、様々な特技を持って、自分らしい生き方をしていたのです。そんな人間のことを、話を聞いているだけで、二人とも大好きになっていました。

「ってな感じだってよ。最近はガッキとかいう道具を使って、音楽を奏でることもあるらしい」

「すごいなあ。いろんなことを楽しんで、生きているんだ。僕たちより、ずっと小さいのに。すごい」

 おとなしい木は、そうつぶやきました。

「そうだな。俺たちのところにも、いつか来てくれるよ。なんでも、最近この島でも人間が住み始めたらしいからな。教えたがりのカラスが言ってたんだよ。島の周りには、海っていうでかい水たまりがあってさ。その向こうには人間の住むでかい里があるんだってよ」

「そうなんだ。じゃあ、お話とか、できるかな」

「どうだろうな。俺たちの言葉が通じるかねえ」

 やんちゃな木は、いつも明るい反面、判断基準はどことなく現実的でした。夢見がちなおとなしい木からすれば、ワクワクしている気持ちを少しだけ否定された気分になって、さみしくなることもありました。

「相変わらず仲がいいのね、二人とも。それに、ずいぶん大きくなって。すごいわ」

 その時、声をかけてきたのは、彼らの隣に生えている、少しだけ背の小さな木でした。

「そうかな。何もしてないから、よくわかんないよ。すごいのかな」

「だよな。俺もそう思う。ただ毎日お気楽に話をして、雨を浴びてただけなのにさ」

 そんな彼らの言葉に、小さな木は優しくこう返しました。

「すごいことよ。とてもね」

 その木は二人を褒めてくれているのに、声色はどこかさみしそうです。

「じゃあ、君も早く大きくなれたらいいね」

「そうだそうだ! 俺たちより長く生きてるんだろ? うかうかしてたら俺たちは、空まで行っちゃうぞ!」

 おとなしい木と、やんちゃな木の言葉に、彼女はこう返しました。

「いいの、私は大丈夫。私はね、もう大きくならないの」

 その木の言葉に、二人とも戸惑いました。

「え? なんで?」

「そうだよ。だって、雨だって浴びてるし、おかしいよ」

「何か、僕たちにできることはないの?」

 彼女が次の言葉を悩んでいると、森の葉っぱのざわめきが静かになりました。

「枯れていくんだよ、彼女は」

 彼女の言葉の続きを話したのは、いつも何かを教えてくれるおしゃべりカラスでした。

枯れる、という言葉を、彼らは知らなかったのです。

 いつの間にかいなくなっていた草花の仲間たち。毎日挨拶していたはずなのに、聞こえなくなった声。それらはすべて、『枯れて』しまっていたのです。

「枯れるって、なに?」

 おとなしい木はカラスにそう尋ねました。

「終わるってことだよ、木として、な」

 彼らは始まりを経験していました。けれど、終わりは経験していません。それどころか、これからもずっと高く伸びて、空まで届くことを夢見ていました。

「なんでだよ。俺たちはまだまだ大きくなるのに、なんで枯れなきゃいけないんだよ」

 その疑問に、カラスも、どの木も、誰も答えませんでした。

 彼らが毎日伸びていく中、次第に周りの木も、小さくなって、しおれていきます。

何年もの時間が過ぎたころ、周りの木の元気な声は減っていき、彼らの周りにいる木は、すべていなくなってしまいました。

「……ぼくたちだけに、なっちゃったね」

「……そうだな」

 そんな彼らを励まそうと、近くに生えるどくだみの葉や色とりどりの花たちは風でなびき、虫たちは幹に寄ってきます。それでも、彼らの空いてしまった心の穴はふさがりません。

 やがて、彼らの大きさは、島に住み始めた人間たちの目にも止まりました。人間たちは彼らのその大きさに驚きました。

 そして、彼らの前に鳥居が立てられ、人間たちは両手を合わせてこう言いました。

「大楠の神様。この島をお守りくださり、ありがとうございます」

 その言葉に、やんちゃな木は不思議に思いました。

「なにがありがとう、なんだろうな。俺たちは何もしてないのに」

「人間たちからすれば、きっと僕たちはすごいんだ。何百年も、ずっと生き続けられる木なんて、そうそういないからさ」

「……そういうもんなのか」

 その時、彼らの前に一羽のカラスが降り立ちました。

「ご明察だよ」

雰囲気から、そのカラスが、かつてのおしゃべりカラスの血を継いでいる存在だと、なんとなく理解できました。

「神様って、知ってるか?」

 カラスは彼らに問いかけました。

 ただ、伸び続けた彼らは、いつしか神様になってしまいました。

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