第32話・イルザの覚悟

 フィオナが悪魔との戦闘を終わらせた後、しばらくしてからライラとメリッサもやってきた。


 二人とも疲弊している様子ではあるが、ここに来ているということは悪魔に勝利したのだろう。

 だが、二人とも不機嫌そうである。


「フィオナ様、インフィニット・ブラッドを使いましたね?」

「あれを使う時には、ちゃんとあたしたちに教えてって言ってるのに」


 それを聞いてもフィオナは腰に手を当て、不遜な態度でこう言葉を返す。


「教える時間なんてなかったじゃない。私もこれを使う時には、本気ってわけ。そんな余裕があったら、私だってインフィニット・ブラッドを使わないわ」

「戦いが始まる前なら言えてたじゃない。おかげでお洋服が汚れちゃったわ」


 とメリッサが自分の服を払う。


 恨み節は言うものの、二人とも無事なようである。普通、インフィニット・ブラッドを発動してしまえば、余波で離れた人間にも被害が及ぶ。


(まあ二人のことだから心配なかったけどね。《影の英雄団》の男どもも見当たらないし、私がインフィニット・ブラッドを使う前に村から出ているでしょ)


 なんだかんだで、ライラとメリッサに絶大なる信頼を寄せているフィオナであった。


「そうそう。そんなことより、あんたたちも異様な魔力を感じた? あれってノアのじゃないわよね」


 フィオナがそう話を振ると、二人が神妙な顔つきで頷いた。


「はい、僕も気付いていましたが──ノア様のものではありません。ノア様の魔力は強大ながらも優しいもの。あんな禍々しいものではありませんから」

「あたしがノアの魔力を見間違うわけないわあ。だからといって、悪魔のものでもないと思うけど」

「私と同じ意見ね」


 フィオナの勘違いではなければ、ますます疑問が深まる。


 それに彼女が相手をした悪魔も言っていた。



『なるほど、やはりはあの女に取り込まれてしまいましたか。あの女、なかなかどうして、悪魔の裏をかくとはやってくれる』



 あれはどういう意味だったのか。


「取りあえず、ノアと合流しましょ。まだこのにいるはずだから──」


 とフィオナが言葉を続けようとした時であった。


「「「……!」」」


 フィオナとライラ、メリッサが一斉に身構える。

 下から上がってくる、二つの魔力反応に気付いたからだ。


「……来る!」


 フィオナがそう言葉を発すると、足元の地面が割れ、下からノアとイルザが現れたのだ。



 ◆ ◆



「くっ……!」


 悪魔を取り込んだイルザを前に、俺は苦戦を強いられていた。


「ははは! どうした。黒滅の力とはこの程度だったのか!」


 イルザは高笑いを上げ、剣を一閃する。

 光魔法で包んだ剣──黒滅で受け止めるが、これではイルザは止められない。刀身が斬られてしまう。


 幸い、《影の英雄団》の三下どもが逃げる時に武器を手離してくれたので、他の剣を持ち替えることは出来る。

 それがたとえ、どんななまくらでも問題はない。

 俺の持つ剣が、全て黒滅となるからだ。


 しかし剣で相手の攻撃を受け止めるだけで、武器が破壊されることなど初めての経験だ。


 相手から距離を取りつつ、突破口を見出そうと戦っていたら……いつの間にか地面を突き破って、地上に出てきてしまっていた。



「ノアっ! 私も加勢するわ!」

「なにがなんだか分かりませんが、ノア様に剣を向けるものは全て敵」

「戦うには十分すぎる理由ね」



 地上に残っていたフィオナとライラ、メリッサが事情が分からないなりも、すぐに加勢しようとしてくれる。


 彼女たちも歴戦の戦士だ。

 常人なら視認出来ないような高速な戦いにおいても、三人の目は付いていける。

 戦っているのが俺とイルザだということに気付き、細かい事情を聞く前に戦闘体制を整えてくれる。


 だが、今はそうして欲しくなかった。


「フィオナ! ライラ! メリッサ! 逃げるんだ!」


 俺はすぐさま指示を出すが、それより早くイルザが動く。


 三人が行動に移ろうとした瞬間、イルザは剣で軽く一閃する。

 剣を纏う闇魔法が三人に襲いかかった。


 ライラがすぐに結界を張ろうとする。

 だが、闇の一閃が触れた途端に壊されてしまった。


 フィオナが魔法剣で迎え撃とうとする。

 結界である程度威力が壊されているはずなのに、イルザの一閃は彼女の魔法剣に打ち勝った。


 メリッサが複製コピーを作り出し、フィオナとライラを抱えその場から退避。

 しかし闇の一撃が地面に当たった衝撃で、三人の体が宙を舞った。


「みんな!」


 俺は咄嗟に彼女たちの下に光魔法で作った網を張る。

 彼女たちはその上に落ちてくれて、なんとか落下死から逃れることが出来た。


「何故だ……お前の相手は俺だけでいいはずだろう? どうして、彼女たちに手を出した」

「私と黒滅との戦いを邪魔するからだ。何人たりとも、この聖なる戦いに手は出させない」


 ニヤリとイルザは口角を吊り上げる。

 この戦いを心底楽しんでいるような表情だった。


 フィオナとライラ、メリッサの三人でも今のイルザの相手にはならない。

 この状況でイルザの猛攻を凌ぎ切れるのは俺一人だけであった。しかも彼女はまだ余力を残している。


 三人には俺に加勢してくれるよりも、逃げて欲しかった。

 俺の目の前で──もう誰も死ぬところは見たくなかったから。


「お前の目的が復讐なら、俺一人だけいれば十分なはずだ」


 二年前、俺によってここの村人は全員殺されてしまった。

 その中にはイルザの家族だったり、友人もいただろう。

 だからイルザが俺を恨むのは当然のことだし、俺もその罪から逃れるつもりはない。


「彼女たちは関係ない。だから、あいつらに手を出すな。俺とお前の二人で決着を着けよう」

「それについては同意だな。しかし……貴様は一つ、大きな勘違いをしているようだ」

「勘違い……?」


 俺が疑問の声を上げると、イルザは自分の胸に手を当て、高らかな声でこう告げた。



「私はお前をなにも恨んじゃいない。私は貴様──黒滅に憧れたのだ!」

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