第31話・インフィニット・ブラッド
イルザの様変わりした姿を見て、俺は驚愕の声を変わる。
魔力によって覆われた彼女は今、黒色の鎧に身を包んでいる。底知れぬ闇を感じた。
彼女の目が赤く光る。その身に強大な魔力を宿していた。
「悪魔を自分の中に取り込んだというのか!?」
俺がそう言うと、イルザは「そうだ」と短く答えた。
「このままでは黒滅に勝てないことなど、最初から分かっていたよ。黒滅はそんな次元の冒険者じゃない。そして……それは悪魔であっても同じことだ。だから私は悪魔を自らの内に宿した。初めから、そうするつもりでこの悪魔は召喚したのだ」
「バカな真似を……」
確かに、そんなことが出来れば悪魔と同じ力を得ることが出来るだろう。
いや、それだけではない。
人間と悪魔の魔力が混ざり合うことによって、新たな力が発現するはずだ。それによって本来の悪魔の強さを十倍……もしくはそれ以上に引き出すことが出来る。
その可能性は魔界研究家たちの手によって、判明したことだ。
しかしそんなことは誰もしてこなかった。
悪魔を召喚するだけでも一苦労だというのに、最初からそういう契約を結んで現世に呼び寄せるのが至難の業だということもあったが……。
「それで強くなれるのは一時的なこと。すぐに悪魔に体と意思を乗っ取られてしまうぞ!?」
「覚悟の上だ」
そう言って、イルザは再び剣を構える。
「黒滅と戦えるなら、私は最初からどうなってもよかった。たとえこの身が悪魔に侵食されようとも……な。さあ、ここからが本番だ。戦おう」
彼女の瞳は俺に真っ直ぐ向けられている。
この二年間で覚悟を凝縮したような──そんな色をしていた。
◆ ◆
【フィオナ視点】
地上。
フィオナは魔法剣を、悪魔は日本刀を握り、一進一退の攻防を繰り広げていたが……。
「……っ!?」
背筋に悪寒。
戦いの最中だというのに、フィオナは一瞬動きを止めてしまった。
(なんなの……? 異質な魔力が一気に放出されたわ。どうやらこの
地下にはノアがいるはずだ。
首尾よく進んでいれば、今頃イルザと対峙しているに違いない。
ノアの魔力だろうか──いや、違う。彼の魔力はこんな禍々しいものではない。
ならばどこかに隠れているであろう悪魔?
そう考えるのが自然ではあったが、記憶を辿っても、こんな魔力は感じたことがない。
まるで人間と悪魔が混ざり合ったような……不思議な魔力であった。
(ただ一つ分かることは、この魔力はノアに勝るとも劣らない……いえ、下手すりゃノアを凌駕しているわ。さすがのノアでも手こずるかも)
一瞬でここまで思考を展開するが、悪魔との戦いではその隙が命取りとなる──はずだった。
だが、悪魔もこの異質な魔力に気付いたのか、戦いの手を止めてしまっている。
そして愉快そうな笑みを零した。
『なるほど、やはり
「どういうこと?」
『
と悪魔は日本刀を振るう。
完全に間合いの外にフィオナはいたというのに、斬撃がここまで届いてくる。
彼女はそれを魔法剣で弾く。
しかし悪魔の斬撃が当たったと同時、魔法剣が粉々に砕けてしまった。
『そんなことより、戦いを再開しようではないか。あまり時間をかけていては、お主が恋焦がれている男が殺されてしまうかもしれないぞ?』
「ちょ、ちょっと、私が恋焦がれてるって……」
フィオナが抱いているノアへの想いを言い当てられて、彼女は一瞬照れてしまう。
しかしすぐに表情を引き締め直した。
「ノアは死なないわよ。二年前の戦いでも生き残ったんだから。だけど……時間をかけてられないっていうのは同意ね」
フィオナは新たに魔法剣を錬成したりもせずに、肩の力を抜いて立ちすくむ。
『ふむ……? 勝負を諦めたのか、剣を持たぬ未熟な剣士よ』
悪魔は彼女に訝しむような目線を向ける。
すぐに攻撃は仕掛けてこない。
自分の圧倒的優位を自覚しているからだ。紛い物の剣しか持てぬ剣士に、自分は負けないと。
──結果的にはそれが悪魔の敗因となった。
「まーた、あとでライラとメリッサに文句を言われるから、これはあんまり使いたくなかったんだけどね。それに私の弱さを露呈しているみたいだから」
『ほお……?
「そうね、私は弱い。でもそれはノアと比べて……ってこと。あんたには負けないわ」
すーっと息を吸ってから、フィオナは一気に魔力を体の外に放出する。
膨大な魔力量のせいで、毛が逆立つ。彼女の周りが銀色で煌めき出す。
『……っ!?』
眼前に展開された光景を見て、悪魔がすぐに警戒を強める。
何故なら──悪魔の眼前には無数の魔法剣が錬成されたからだ。
『なかなか面白い真似をしよるっ! 一本だけでは勝てぬと悟ったのか。これだけの魔法剣を同時に展開するとは見事だ。戯れに聞いてやろう、何本ある?』
「さあね……千から先は数えていないわ」
フィオナと悪魔を取り囲むように、無数の魔法剣が宙を浮いている。
それら一本一本が歴史に名を残す名剣とも成り得るほど強力なものだ。たとえA級冒険者であっても、たった一本すら錬成することが出来ぬまま人生を終えるだろう。
『よかろうっ! お主の剣と其の剣。どちらが強いか確かめようではないか!』
「盛り上がっているところ悪いけど……」
フィオナはすっと手を下ろす。
「私は興味ないわ」
無数の魔法剣が、悪魔に殺到する。
その余波で周囲の民家が消滅していく。辺り一面が銀色の光によって覆われた。
そして光がなくなると、周囲は野原と化していた。
毛一本すら残さない、フィオナの最終奥義であった。
だが。
『ははは! 耐え切ってみせたぞ!』
悪魔はそれを受け切ってみせた。
体は傷だらけで、持っている日本刀も根元から折れていたが……それでも大地に立っている。
『お主の偽りの剣では、真の剣士たる其には勝てぬのだっ! やはり己は弱……い……?』
そこで悪魔は目を見開く。
「さすが悪魔ね。まさかこれを受け切れられるとは思ってなかったわ。だから
先ほど全く同じように、無数の魔法剣が錬成されていたのだから──。
『ま、まさか連発出来るのか……?』
「そうよ。こんなので私の魔力は尽きないもん」
フィオナは平然として、そう言ってのける。
『ど、どうしてだ……二年前はこのような技を出さなかった。まさか、二年前は手加減していたというのか?』
「手加減した……って言うと、ちょっと語弊はあるかもね。ただ……」
そう言って、フィオナは辺りを見渡す。
「あの時は村の人もいたし、これを使うわけにはいかないじゃない。手加減したっていうのとは違う。私、手加減が出来ないのよ。自分の弱さっていうのは、そういうこと」
二年前の戦いにおいても、フィオナが本気を出せば目の前の悪魔くらいは倒せた。
だが、村を全壊させるわけにもいかなかったから、力をセーブしていただけのこと。
(それが結果的に、ノアに本気を出させてしまって黒滅が暴走したのは、いけなかったけどね……だから二年前のことは、ノアだけの責任じゃない。手加減が出来なかった私のせいでもあるのよ)
とフィオナは暗い表情で俯くが、すぐに顔を上げる。
「絶刀──」
そしてその名を唱える。
「インフィニット・ブラッド!」
今度は悪魔も抵抗しなかった。
やがて絶刀インフィニット・ブラッドの発動が止まると、悪魔の姿は完全に消滅していた。
フィオナの勝利だ。
「……ちょっとカッコつけたけど、さすがにインフィニット・ブラッド二連続は疲れるわね」
と呟いて、フィオナはその場で腰を下ろす。
「あいつも偽りの剣士、剣士……って、うっさかったわね。どっちが強いのか決めるのに、剣士も魔導士も関係ないのよ」
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