第30話・お前は俺に勝てない

 俺はフィオナと別れた後、【名もなき村】の地下に潜っていた。

 中は迷路のようになっているが、奥の方から異質な魔力を感じる。おそらくイルザだろう。

 俺はその魔力を辿りながら、奥へ奥へと進んでいった。


「見慣れぬ魔導具が置かれているな」


 地下の至る所では魔導具が散乱している。

 禍々しい魔力を帯びているものの、ほとんど壊れていて使い物にならない。


「悪魔を召喚させるために使用した、儀式用の魔導具だろうか?」


 そう考えれば辻褄が合う。


 しかしおかしい。

 最近使用された痕跡があるものもあるが……中には年季の入ったものも見受けられたからだ。

 具体的に言うと──そう、二年前。


「二年前も変だった」


 普通、悪魔は自らの意志で魔界から現世にやってこれないはずだ。

 もしそれが出来ていれば、今頃現世は魔界の生物によって蹂躙されているだろう。


 だが、そうはなっていない。

 魔物を犠牲にするといったような、大仰な真似をしなければ本来は魔界の生物が現世に来れないからだ。


 今回は分かる。

 イルザ率いる《影の英雄団》が自発的に悪魔を召喚しようとしたからだ。


 しかし二年前は?


 あの時はそれについて考察している場合でもなく、戦いが終わった後も全てがどうでもよくなって、考えられなくなっていた。

 事情を知るであろう村人も、黒滅によって全滅してしまったからだ。

 ゆえにあの時のことを知るのはイルザ、ただ一人だけ。


 違和感はどんどん大きくなっていく。

 それも彼女に会えば、全てが分かるような気がした。


 やがて迷路が終わり、俺は開けた場所に出た。




「ようやく来たか」




 そこに──イルザはいた。


「黒滅、会いたかったぞ。昨日の一件は魔導具越しであったし、こうしてちゃんと顔を合わせるのは二年ぶりか」

「俺も会いたかった。なあ、イルザ。お前が《影の英雄団》を立ち上げ、悪魔を召喚した目的は俺への復讐だったのか? それならば何故……」

「やめようじゃないか。そんなつまらない話は」


 とイルザは剣を抜き、話を強引に打ち切る。


「私たちに言葉は必要ない。剣を交わそう。さすれば見えてくるものもあるだろう」

「……悲しいな」


 戦いの中でしか、己が意思を示せない俺たちのような人種が……だ。


 イルザはそれに答えず地面を蹴り、一気に俺と距離を詰めた。


「……っ!」


 驚いた。

 二年前の彼女は、ただのか弱い少女といった印象であった。


 しかし今はなんということだろうか。

 一端の剣士になっている。

 実力だけならA級冒険者の上位に入るだろう。


 ここに至るまで、どれだけの努力を重ねたというのだろうか。血の滲む努力を続けてきたはずだ。

 その証拠にイルザの剣筋は荒々しさはあるものの、真っ直ぐなものであった。王道と言い換えてもいいだろうか。


 俺が僅かでも隙を見せれば、彼女がそこを突いてくる。

 しかし半面、深追いはしない。冷静に立ち回り、少しずつ俺との力の差を埋めようとする。


 強い。


 素直にそう思った。


 だが……。


「……もうやめよう」


 と俺は剣を下ろす。


「なんのつもりだ? 私はまだまだやれるぞ?」

「お前がいくらやっても、俺には勝てないよ」


 それは疑いようもない事実であった。


 イルザは確かに強い。

 実力だけでいうと、昨日に戦ったセシル以上であるだろう。

 彼女がこんな馬鹿げたことに手を染めず、真っ当に活動していたら、そこそこ有名な冒険者になれていただろう。


 しかしそこまでだ。


 たとえ彼女の実力がA級冒険者に匹敵しようとも、元S級冒険者である俺には到底及ばない。

 他の《極光》のメンバー、絶刀フィオナ天城ライラ鏡槍メリッサとも大きな差がある。


 だから自信を持って言える。

 このままやっても、どう足掻いても彼女は俺には勝てない。

 百回……いや、千回一万回戦っても、俺が全勝する自信があった。


「ほほお? この期に及んで、まだ人を殺したくないのか? だからこうして戦いを打ち切ろうとする」

「それは否定しない」


 人間に剣を向けると、どうしても判断が遅れてしまう。

 しかしイルザは搦手を使わず、真っ向から勝負してくれる。

 正直これだったら、セシルの方がやりにくかったくらいだ。

 イルザを殺すことは出来なくても、彼女を戦闘不能状態にしてしまうことは容易い。


「お前も分かっているだろう? 俺との力の差をな。なんのつもりだ。どうしての剣で、俺と渡り合えると思った」

「…………」

「それに最後の悪魔はどこだ。元はと言えば俺との力の差を埋めるために、悪魔を召喚したはずだ」


 今まで三体の悪魔を見つけている。


 二年前は四体の悪魔が召喚されていたはずだ。

 あの時の再現をしたいなら、四体目の悪魔がいても不思議ではない。


「くくく……」


 俺の問いかけにイルザは顔面を手で覆い、くぐもった笑いを零す。


「どこまで私の剣が通用するか確かめてみたかった。だが、やはり黒滅には遠く及ばないか。黒滅はやはり、最高だな。安心したよ。私の二年間は無駄にならなくて」

「答えをはぐらかすな。最後の悪魔をさっさと出せ。それからお前にはじっくり話を聞かせてもらうとしよう」

「気付かないのか? 悪魔なら


 ここに?


 どういう意味だと思った矢先、イルザの体から膨大な魔力が漏れる。


「ま、まさかお前……!?」

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