第29話・忍術──空即絶断(ライラ視点)
一方のライラ。
『おいおい、二年前からちっとも変わってねえじゃないか』
メリッサとは対照的に、空を飛ぶ悪魔を前に苦戦を強いられていた。
「それはあなたが節穴だからです。そんなところから攻撃してないで、こっちに降りてきたらどうですか?」
『はっはっは。俺がそんな安い挑発に乗るとでも?』
と悪魔が手をかざす。
空から魔法の衝撃波が地上に降り注ぐ。
雨粒のような細さだというのに、一発でも当たれば即死。
ライラはその間隙を縫うようにして、恐るべき速度で躱し続けるが、それにも限界があった。
(僕の結界でも、一発当たるごとに衝撃波で壊されてしまう。そのくせ相手が飛んでいるせいで、こちらかの攻撃は届かない)
側から見ると、完全に
ダメとは分かっていたが、先ほどの挑発も受け流されてしまった。
まさに今のライラは堕ちた天城。
一方で悪魔は天空から下民を見下ろす天使。
傷だらけで、少し動くだけで体のいたるところから激痛が走る。
しかしそれでもなお、今のライラは全く焦っていなかった。
「この二年間……ずっと考えていました」
ライラの呟くような声量。
二年間、ずっと辛かった。
目の前の悪魔に敗北を喫し、ノアに辛い思いをさせてしまった。それを慰めてくれる
だから今度は同じようなことがあっても、決して同じ轍を踏まないと誓った。
そうしなければ、また自分の前からノアがいなくなってしまうような気がしたから。
「僕は攻撃する手段をほとんど持ちません。忍者の武器では、あなたのような強者には傷一つ負わせることが出来ない」
『なに喋ってんだ? 無駄口叩いてる暇があるなら、ちょっとは抵抗してみたらどうだ』
悪魔が魔力を練り、再び衝撃波を放とうとする。
人間なら一発で卒倒してしまう魔力放出量であっても、悪魔の無尽蔵の魔力をもってすれば、それを連発することが可能なのだ。
だが──それは今回が仇となった。
ライラが開眼する。
「今から、あなたの攻撃は一発たりとも、
と彼女が人差し指を立て、天高く上げる。
すると悪魔が放った衝撃波が軌道を変え、全て彼女の指に吸い取られるかのごとく収束していった。
『はあ?』
悪魔はなにが起こっているか分かっていないよう。
「僕一人では、あなたに傷一つ負わせることが出来ません。ですが、ここにあなたの力も加われば?」
悪魔の魔力を吸収し、ライラの指に魔力が溜まる。
そこで初めて悪魔はその魔力の脅威に気付いたのか、その場から退避しようとする。
「無駄です。もう逃げられません」
それより早く、ライラがすっと指を斜めに下ろす。
「忍術──
まるで刃物となった指が、なにかを切断するかのような動作だった。
これでは悪魔に届くはずもない。
だが、悪魔の羽がライラの空即絶断によって斬られる。
そしてその体が地上へと墜落した。
『は、羽も再生しない……? これは一体どうなってんだ』
「空即絶断は我が里に伝わる秘術。相手の攻撃を全て吸収し、対象物を
ここまで悪魔は自分の優勢を疑っていなかった。
だが、事実は逆。
ライラは爪を隠し、悪魔の魔力をその身で集めていたのだ。
そしてようやく準備が整い、空即絶断を発動した──。
ライラの説明に、悪魔は嬉しそうに笑みを浮かべる。
『いいねいいね! 殺し合いっていうのは、そうこなくっちゃな!』
羽をもがれて、間合いの不利を消されても。
悪魔は絶望するどころか、好敵手の登場に武者震いさえしていた。
『その忍術だか秘術だかで、俺の体を直接攻撃しなかったのがお前の運の尽きだな。だから羽をもげば倒せる──と。しかし残念。俺の真骨頂は地上戦。お前はわざわざ、俺を援護してくれたんだ』
悪魔の体から先ほど以上の魔力が奔流する。
大地が震え、周囲の空気が一瞬で澱む。
「なにを言ってんですか。せっかく空即絶断を実践で試せる良い機会だったんです。一発でケリをつけたらつまらないじゃないですか」
『ほざけ』
と悪魔が言うと、魔力が爆発。
周囲の地面が割れ、それはライラをも呑み込もうとした。
ライラは子どもの頃からずっと考えていたことがある。
どうして僕たち人間は、鳥さんみたいに空を飛ぶことが出来ないのだろうか。
それは子どもながらの素朴な疑問であった。
だからライラは空を自由に飛び回る鳥を見て、ずっと憧れを抱いていた。
僕も空を飛び回りたい。
そうすれば、僕も自由になれるのに……と。
「忍術──空歩」
この時、ライラは空を飛んだ。
いや、正しくは空の中を歩いた。
彼女の魔法の才能は結界に突出している。
ゆえにこれはただの力技。
自分の行く先に結界魔法を出現させ、そこに足を着けるといった類の。
だが、自分より離れた場所に安定した結界を出現させ、それを保つことは難しい。
その上、空に浮かんだ半透明の結界をひょいひょいっと飛び移っていくことは、彼女の体術がなければ不可能だろう。
「空歩は僕オリジナルの忍術。こんな無駄の多い力技を極められるなら、もっと別のことの神経を割いた方がいいですからね。だからこれは子どもの時の夢を叶えたいとする、ただの僕の我儘」
そう言って、ライラは再び人差し指を立てる。
だが、今のライラは空を歩き、逆さまの体勢となっている。
そのため先ほどとは違い、指先は地上にいる悪魔を示すような形となっていた。
地割れを引き起こした魔力が、彼女に指に集中する。
それと同時に割れた地面が元に戻り、そこには花が咲いた。
『ち、ちくしょおおおおおお! こんな楽しい殺し合いを、ここで終わらせて溜まるかよおおおお!』
「お生憎様」
ライラが指を斜めに振り落とす。
刹那──悪魔の首が切断され、悔しさに歪んだ顔がポトリと音を立てて地面に落ちた。
「僕はこれ以上御免ですね。一時的とはいえ、天空からあなたに見下ろされるのは不愉快でしたから」
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