第28話・また嘘を吐いちゃった(メリッサ視点)
『どうしましたか? それがあなたの本気ですか?』
鏡槍の姫──メリッサを相手にして、悪魔は余裕を崩さない。
メリッサは自らの生写しといっても過言ではない、完璧な複製人間を作り出すことが出来る。
さらに彼女はその能力に長けているだけではない。
《極光》の器用貧乏(とはいえ、黒滅には負けるが)とも称されるくらい、様々なことが一流以上。
槍の扱いもその一つであった。
優雅に槍を振るう姿は、まるで踊り子のようである。
仮に彼女が複製人間を作り出す能力がなかったとしても、槍の扱いだけでA級冒険者に到達出来ただろう。
そんな彼女が今は
本来ならなすすべなく、彼女に翻弄されるのだが……。
(そこはさすが悪魔。これくらいなら、まるで赤子の手を捻るかのように対応してくるわねえ)
メリッサがそう思考を続けている間にも、悪魔によってまた自分の
瞬時に彼女はまた新たに
(二年前より強くなっているんじゃないかしら? 魔界でただ寝てただけではさそうね)
とメリッサは一旦、悪魔から距離を取る。
『逃げるんですか?』
「バカなことを言うわねえ。本気で戦ってあげるって言ったじゃない。あたしも本気を出すのは初めてなんだから、こんな楽しい戦いを簡単に終わらせるつもりはないああ」
『ふふっ、随分余裕ですね。どちらにせよ……』
と悪魔が視線を前に向けたまま、後方に裏拳を繰り出す。
『逃すつもりもありませんが』
「……っ!」
一瞬で
『その顔はなんですか? まさか同時に
「……っ! 黙りなさい!」
図星をつかれ、メリッサは滅茶苦茶に槍を振り回す。
だが、こんな荒い槍の振るい方では、悪魔には届かない。
『残念ですよ』
悪魔は彼女の槍をいなしながら、酷く幻滅しきった声音でこう続ける。
『私はあなたのことを高く買っていました。全体としての能力は黒滅たちの中でも最弱かもしれない。しかしそれでも、なおあなたが黒滅たちと一緒にいれる理由。その異常さに私は期待していたのですが……』
「あら、褒めてくれて嬉しいわあ。でもノア以外に褒められるのは、気持ち悪いから、もうやめてね」
メリッサの声は、まるで夜会で優雅に振る舞い令嬢のよう。
しかしその場を駆け回り、二人──三人と
『奥の手を潰されて、さすがの鏡槍とて動揺しているのですか』
悪魔は虫を払うかのような動作で、メリッサの複製を次から次へと殺していく。
『この未来はあなたでも見えていなかったのですか?』
「…………」
『どうやら見えていなかったようですね。ですが、私は見えていた。未来も──あなたの本質も。
あなたのことをよく知らない人間は、鏡槍の恐ろしさは自らの生写しを複製出来ることだと言う。しかし……実際は違う。あなたの恐ろしさは未来を見通す、その観察眼にある』
悪魔の言葉に、メリッサは答えない。
その深い紫色をした瞳は、悪魔の一挙一動足を見据えていた。
『一手先、二手先と相手の動きを予知する眼。それがあなたが鏡槍と呼ばれるのに至った長所だ。そのことを私は二年前の戦いで、既に気付いていた』
「よく分かってるじゃない」
とメリッサは一度足を止め、槍をすっと下ろす。
戦いの最中だというのに、敗北宣言のように見える動作に一瞬悪魔は目をしかめる。
だが、これも余興の一部だと思ったのか、悪魔も動きを止める。
「ご明察の通り、あたしは複製の能力は副産物だと思っている。あたしは自分のこの目に自信を持っている」
『それは賢明ですね。正直、あなた自身が大したことがないのに、二人や三人と増やされても焼石に水ですから』
「あたしもそれは分かっていたわ」
とはいえ、それもノアと出会う前である。
彼女はノアと出会い、自分の能力の限界に気付いた。
弱い者がちょっと増えたとしても、弱いままだと。
ゆえに彼女は未来を見通す頭脳、そして観察眼を磨いた。
そんな彼女の力は他人から『未来予知』と呼ばれることもある。
「だけどあなたが認識違いをしているところが、二つほどある」
そう言って、メリッサはパチンと指を鳴らす。
「
──悪魔を取り囲むように、
『なっ……!?』
その状況にさすがの悪魔も目を見開く。
「弱い者がちょっと増えたところで弱いまま。それは否定しないわ。でも百人という圧倒的な物量を前にして、同じことが言えるかしら?」
『バ、バカな……百人だと? 二年前、あなたは自分が殺されそうになったとしても、一人しか
「それも違う。あたしは二年前から、同時に
それは彼女にしては珍しく、本当のことであった。
二年前から彼女は、たとえ自分が殺されそうになっても、悪魔を前にして手を抜いていたのだ。
『ど、どうしてそんなことをする必要がある!? これだけ同時に複製する必要があるなら、二年前の時点で私と決着を着けておけばいいではないですか!?』
「そういう考えもあるわね。だけど……あたしはあの時点で、二年後にこういう状況になることを見越していた」
メリッサは悪魔を見下し、せせら笑う。
「そしてあなたの認識違いの二つ目。一手先、二手先……と言ったけど、あたしが見通す未来はもっと先。必要とあらば、百手でも二百手でも先を読んでみせるわ」
『そ、そんな嘘を──』
と言いかけるが、悪魔からそれ以上言葉が発せられることはなかった。
メリッサの言葉に真実味を感じたというのもあるが、なにより、百人のメリッサが一斉に襲いかかってきたからだ。
悪魔はそれに対抗するが、いくら殺してもまた次の複製メリッサが出てくる。さすがの悪魔も傷を負い、やがて抵抗する素振りを見せなくなった。
「一つ一つが弱い蟻だとしても、それが重なれば
百人の複製メリッサに串刺しにされた悪魔を見て、メリッサは「あっ、しまった」と声を出す。
「あなたが弱かったせいで、本気を出せなかったじゃない。また嘘を吐いちゃったわ」
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