第27話・因縁の悪魔たち

 俺たちは急いで、地下室の入り口がある村長の家まで走っていた。


「メリッサ、大丈夫かしら?」


 駆けながら、不意にフィオナがそう口にする。


「ああ、メリッサなら大丈夫だ。今回ばかりは、あいつも遊ばないだろう。本気を出したあいつが、ところを見たことがあるか?」

「それはないけど……こういう時にも巫山戯そうで怖いのよ。だってあの子なのよ?」

「それにメリッサ様が本気を出したところを見たことがありません」


 ライラもフィオナ意見に同調する。


《極光》一の曲者。


 時には嘘を吐き、時には卑怯なことにも手を染めるメリッサは。付き合いが長い俺たちからしても、なにを考えているか分からないことが多い。

 しかしそれは底が知れないという意味にもなり、正直な話、彼女が負けているところは想像しにくいのであった。


「今はメリッサのことより、俺たちのことだ。《影の英雄団》の三下どもは戦意消失しているようだし、計算に入れなくてもいい。問題はイルザと他の悪魔で……」


『よく分かってんじゃねえか』


 急に上空から声。

 なんだ──と思って空を見上げる前に、天空から柱のような衝撃波が落とされる。


「みなさんは僕が守ります」


 ライラがすかさず、俺たちの周りに結界を張る。


 衝撃波が地面や周りの民家、そしてライラが形成した結界に直撃する。

 地面は抉れ、民家は大破。

 それは彼女の結界も同様で、衝撃波が当たったと同時、木端微塵に砕け散った。


 だが、威力は相殺されたので、俺たちには傷一つ付いていないが……。


「ようやくお出ましか」


 と俺たちは構える。


 すると上空からゆっくりと一人の男が舞い降りる。


『会いたかったぜえ。お前らに復讐出来るかと思ったら、興奮が止まんねえ。この高まりをさっさと発散させろ』


 それは最初に対峙した悪魔と比べ、神々しい空気を纏っている男。

 背中からは白い翼を生やしている。それにより現在も地面から少し浮いていた。


 二体目の悪魔だ。


「ノア様の手をわずらわせるわけにはいきません。こいつは僕一人がお相手しましょう」


 ライラがそう言って、一歩前に出る。


『ああん? お前みたいな弱っちそうな女がか? 俺に黒滅を殺させろよ』

「あなたごときでは、ノア様には勝てません。それに……二年前のことを忘れたんですか?」

『二年前? 二年前っていうと、黒滅の野郎のことしか覚えていねえが……』


 悪魔がライラの顔を凝視し、そう言いかけるが……一転、口元に好戦的な笑みを浮かべた。


『思い出した。二年前、俺がぎったんぎったんにやっつけた弱い女だったか。黒くて無駄に動きが速い──魔界にいる蟲『ゴキブレル』に似てたのは覚えてるぜ。リベンジがしたいといったところか?』

「そういうことです」

『いいだろう。相手をしてやる。お前をさっさと殺してから、黒滅の相手をさせてもらおう』


 そう言って、悪魔は両腕を広げた。


「ノア様、フィオナ様。先をお急ぎください」

「大丈夫なんだな?」

「もちろんです。僕は負けませんから」


 悪魔から視線を逸らさず、ライラが緊張感のこもった声で返事をする。


 それ以上の言葉はいらない。

 これは《極光》内で築かれた、絶対なる信頼感という名の絆。

 ライラも含め、《極光》のメンバーが「大丈夫」と言えば、俺が無用な心配をする必要はないのだ。


「じゃあ……ここは任せたぞ。俺たちは先を急ぐぞ! フィオナ!」

「うんっ!」


 フィオナもライラに対して、不安そうにはしていなかった。

 自信に満ちた顔つきで一歩踏み出し、そのまま俺たちは悪魔の横を通り過ぎた。


 こいつら悪魔は自分自身の力ありすぎるせいで、人間を侮る。

 メリッサの時もそうだったが、ここで俺たちを通しても大局には影響はないと考えているんだろう。


「さて……二年前の僕と同じとは思わないでください。堕天使気取りの悪魔さんの翼を、僕がもぎ取ってあげましょう」




 そしてようやく、村長の家の前まで辿り着いた時であった。


「あんたに付いていけるのは、私もここまで」


 とフィオナがその場で足を止める。


 次の瞬間、後方から殺気。

 すぐに剣を抜いて対応しようとするが、それより早くフィオナが魔法剣を右手に錬成し、それを受け止めた。


『ほお、よくぞそれがしの攻撃を防いだな』


 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには袴を着た男が。


 右手には見慣れぬ剣が握られている。

 あれは主に東方の国で使われている『日本刀』と呼ばれるものだったはずだ。

 普通の剣と比べて頑丈ではなく量産も出来ないが、一方で斬れ味が鋭く見た目も芸術的であった。


「二年前、私と戦った悪魔よね」

『そうだったか? 申し訳ないが、其は他の悪魔に比べて記憶力に自信がないものでな。地面を這い回る虫の一匹ずつにまで、記憶の容量を使う余裕はないのだ』


 随分挑発的な態度ではあったが、フィオナの方はいたって冷静。

 通常の彼女なら相手からこんなことを言われれば、見る見るうちに激怒し出す。

 それなのに平常心のままということは、それだけ目の前の悪魔を警戒しているということか。


「というわけで、ノア。私なら大丈夫。あんたはイルザのところまで急ぎなさい」

「分かった。さっさとケリを付けて、ここに戻ってくるから」

「その必要はないわよ。だってその頃には、私がこの悪魔を倒しているんだからね」


 油断しているわけではない。

 しかしそれは自らを奮い立たせ、自分自身の闘争心を滾らせるための一言であっただろう。


「それにしても……悪魔のくせに不意打ちかしら? その服装……『侍』の真似事? なら、武士道ってものを持ち合わせてなさいよ」

『悪魔だからするのだ。この服と剣は二年前、現世に来た時に歯向かってきた男を殺して剥いだものだ。確か東方最強の侍? とヤツは言っていたか。おのれ以上に歯応えのない男であった。剣を持たぬ剣士──己以上にな』

「剣を持たない? どこを見ているのかしら。私はいつも剣を持っているわよ」


 お互いに挑発を交わしながら、相手の出どころを探る二人。

 俺はそんな二人のやり取りを聞きながら、村長宅の内部に足を踏み入れようとした。


「ノア!」


 最後に。

 フィオナは俺に向けて拳を突き出し、こう続けた。


「しっかりしなさいよ! あんたは最強! それをイルザって女に知らしめてやりなさい!」

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