第26話・最初から読んでいたわ

「ど、どういうことだ!?」

「鏡槍が裏切った? いや、《極光》を裏切った鏡槍が《影の英雄団》を裏切ったのだから、最初から裏切っていない……?」



 自分たちの仲間になったと思っていたメリッサが、まさか最初から裏切ってなかったと仮定しなかったのだろう。

《影の英雄団》の男どもの間で動揺が広がり、無様に逃走を始める者も現れた。


「ノア、あたしが《影の英雄団》に潜入してるってことは知ってたのよね?」

「ああ。あいつらのアジトで入手した資料の中に、お前の名前も記されていたからな」


 俺がそう言うと、メリッサはニッコリと笑みを浮かべた。


「少しは、あたしのことを疑わなかったの?」

「お前をか? いや──全く思わなかったな。お前が俺以外の人間の下につくことは、想像し難いからな」


 メリッサは曲者揃いの《極光》の中で、さらに曲がった性格をしている。

 彼女は良くも悪くも、物事を考える際に常に俺を中心に置く。


 こいつの行動は全て俺のために。

 それを《極光》時代に痛いほど実感していた俺にとって、メリッサが俺たちを裏切り刃を向けることは、天地が引っ繰り返っても有り得ないと考えたのだ。


「だから考えた。こいつはなんらかの考えをもって、《影の英雄団》の味方になったふりを装っているんじゃないかって。どうしてこんな回りくどいことをしているかは分からないがな」

「あたしはいずれこうなることを、あらかじめいたわ。だって《影の英雄団》は悪魔を召喚させようとしているんだもん。ノアがそれを見過ごさないはずだ……って。だから組織の内部に潜入して、情報を得ようとした」

「悪魔を召喚させようとしている──という事実に気付いたのは、いつごろだ?」

「愚問ね。そんなの、に決まっているじゃないの」


《影の英雄団》は魔物の売買をしていた。それは冒険者ギルドも掴んでいた情報だし、メリッサが知っていてもおかしくはない。


 しかしその先の目的である悪魔召喚については、誰も知り得ていなかったはずだ。

 それをメリッサだけが知っていたことはおかしいが……こいつのことだ。知っていてもおかしくないと俺に思わせるだけの説得力がある。


「あいつら逃げていくけど、どうすんの?」

「追いかけますか?」


 味方だったはずのメリッサが裏切ったことにより、《影の英雄団》はほぼ壊滅状態。

 俺たち四人を敵に回して、勝てる未来が思い浮かばないんだろう。


「いや、わざわざ追いかける必要はない。俺たちの目的はイルザに会うことだからな──メリッサ、イルザがどこにいるか知らないか?」


 問いかけると、メリッサが口元に手を寄せて、ゆっくりと口を動かす。

 ただこうしているだけだというのに、彼女からは強烈な色気が発せられた。


「この村には地下室があるのよ」

「地下室? 二年前はなかったと思うが……」

「いえ、二年前にも存在していたみたい。それをあたしたちが気付かなかっただけ」


 彼女から地下室の存在を聞き、俺の中で違和感が膨らんでいく。

 それは歯と歯の間にものが挟まって、気持ち悪い感触だ。


 しかし今はそれを追及している場合でもなく、メリッサからの言葉を待った。


「そこにイルザはいる。あっ、それから……ノアなら薄々勘づいていると思うけど、悪魔は既に──」


 とメリッサが話を続けようとした時であった。



『ここにいましたか』



 突如、なにもない空間が歪み、俺たちの前に一人の男が現れる。

 全身、白のスーツに身を包んだ異様な姿をした男だった。


「……来たか。失われた魔法だと言われる転移魔法を使って登場とは、相変わらず派手な真似が好きみたいだな」

『おや? 少しは驚いてくれると思ったのですが?』

「こうなることは予想出来ていたからな。なあ──悪魔」


 そう呼びかけると、男──悪魔は満足そうに口角を吊り上げた。


『久しぶりに、あなたたち──特に鏡槍に会えて嬉しいですよ。あなたとは二年ぶりですね』

「あたしは会いたくなかったわあ」


 困ったように、頬に手を当てるメリッサ。


『あなたが裏切ってくれて、私は嬉しいです。鏡槍が我々の味方のままでしたら、あなたを殺せませんから』

「あたしもそれ自体は嬉しいわ。二年前、仕留め損った悪魔に断罪を下せるんだからね」

『それは私の台詞です』


 悪魔とメリッサが睨み合い、両者の間で火花が散る幻影が見えた。


 もっとも、メリッサに強烈な思いを抱いているのは悪魔だけだ。

 対するメリッサは、まるでお気に入りのパンが売り切れていた時みたいに、日常の延長線上として悪魔を見ている。


「ノア、フィオナ、ライラ。あなたたちは先に行きなさい。《影の英雄団》の頭であるイルザがいる地下室は、かつて村長の家だった場所から入れる。そこは二年前から変わってないわあ。これを見て分かったと思うけど……既に四体の悪魔の召喚は終わっている。今、この村は二年前の地獄と同じ状況ってわけ」

「本当にここをお前一人に任せて大丈夫なのか?」

「大丈夫よお。あたしにとったら、悪魔なんて蝿みたいなもんなんだから」


 メリッサがそう言うと、悪魔は表情こそ変えなかったものの、怒りで魔力を奔流させる。


 そうするだけで、周りの草木が枯れていき突風が巻き起こる。

 普通、ただ魔力を放出しただけでは、このような状況は起きない。

 これだけで悪魔の異常さが垣間見えるようであった。


「メリッサ、油断しちゃダメよ。二年前のことを忘れたの?」

「二年前、あなたはこの悪魔に敗北したんですから」

「だから大丈夫だってば。こうなることも、あたしはから分かっていたわ」


 そう言葉を交わし、俺たちは悪魔の横を通り過ぎる。


 しかし悪魔は俺たちを止めようとしない。

 その視線は真っ直ぐとメリッサだけに向けられていた。

 俺たち四人を相手にして魔力を消費するよりも、メリッサを虐殺することに重きを置いたといったところか。


「さて、悪魔さん。あなたにとって朗報があるわ」

『それはなんだ?』


 走り去っていく途中。

 メリッサが不敵にこう言い放つ言葉が耳に入った。



「あたし、本気を出すのって嫌いなのよ。なんかカッコ悪いじゃない。だから二年前は全然本気じゃなかった。だけど……今日は違う。久しぶりに本気を出してあげるから、かかってきなさあい」

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