第25話・鏡槍の姫

「ああ、久しぶり」


 と俺は軽く手を上げる。


「会いたかったわあ、ノア。ノアがいなくなってから、あなたのことを一時たりとも忘れたことはなかったから」


 そう言って、恍惚とした表情を浮かべるメリッサ。

 そんな仕草も艶かしく、一瞬ドキッとしてしまう。


「俺もメリッサに会いたかった。出来ればこんな形ではなく、ちゃんと顔を合わせたかったがな」


 と俺は肩をすくめる。



「あの子……私たちが見えていないのかしら!?」

「僕もメリッサ様の顔を見るのは、二年ぶりだというのに……僕たちには再会の挨拶がないのはあんまりです」



 フィオナは不満そうに唇を尖らせ、ライラはぷくーっと頬を膨らませている。

 そんなことを言われようとも、メリッサには意に介した様子はない。視線は先ほどから俺だけに注がれている。

 二人が不満に思うのも仕方がないが……メリッサは元々、こういうヤツだ。というかフィオナにいたっては、ライラと再会した時も似たような反応だっただろうが。


「はっはっは! 驚いたか? まさか、かつての仲間が裏切り、お前らに牙を剥くとは思っていなかっただろう!」


 久しぶりのだというのに、感傷にも浸らせてくれないのか。

《影の英雄団》の男の一人がぐいっと前に出てきて、俺たちをそう挑発する。


「ああ。まさかこんな形でメリッサの顔を見るようになるとは思っていなかった。一応聞くが、お前は俺たちを裏切ったのか?」

「あたしはいつも、ノアのために行動するわあ。だってあなたは、あたしが唯一愛した男だもん」



 色気のこもった声で答えるメリッサ。

 やっぱりだ。

 彼女は俺──《極光》のために行動している。


 二年経っても変わっていないメリッサに、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「さあ、どうする! お前はかつての仲間と戦えるのか? 聞いてるぜ。黒滅は人を殺せない……って。それがかつての仲間なら尚更だろう。お前ら二人は殺し合えるのか?」

「必要とあらばな」


 と俺は一切の躊躇なく、剣を振り上げる。


 三下の男が目を見開いている中、俺はメリッサを


「は、はああああああ!?」


 男が驚愕の声を発する。


 両断されたの体は、ゆっくりと後方に倒れていった。


 完全にこのメリッサは

 疑いようもない。


「こ、こいつっ!? かつての仲間を殺しちまった? 黒滅は血も涙もねえのか!?」


 わなわなと震え、後ろにたじろく男。


 その時。




「あらあ、心外ね。黒滅ほど優しい男は、この世界にはいないわあ」




 ──後ろから彼が槍で貫かれる。


「え、え?」


 男はなにが起こったのか分からないよう。


「ノアの悪口は許さない。そんなあなたたちは断罪ね」


 そして彼は状況を理解しきれぬまま、地面に倒れ伏してしまった。


 は男の体からゆっくりと槍を抜き、俺たちと対峙する。



「やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ──メリッサ」



 そう。

 俺が今さっき殺したメリッサが、一本の細く長い槍を携えて立っていたのだ。

 槍先には男の血が付着していた。


「言ったじゃない。あなたはあたしが唯一愛した男。あたしは全てあなたのために行動している……って」


 メリッサがそう言った瞬間、地面に倒れていたは消滅してしまった。




 鏡槍きょうそうの姫。

 これが彼女の能力。


 彼女は魔力を固めて、自分のコピー人間を作り出すことが出来る。

 その複製コピーは容姿だけではなく、人格と能力にまで及ぶ。


 ここまで言えば分かるだろう。

 ゆえに俺がさっき斬ったメリッサは複製コピー品であり、オリジナルは目の前の彼女なのである。


 基本的に俺たち《極光》の戦い方は、いつも真っ向勝負だ。

 何故なら、それほどまでに強く、わざわざ柵を弄したりする必要がないからだ。


 だが、メリッサは自分の模造品を作り出すという能力──『鏡槍』があるために、《極光》の中で唯一の搦手を使う。


 曲者。


《極光》の中で彼女を最重要危険人物に挙げる者も多い──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る