第24話・黒滅のことを考え黒滅のために生きた

【イルザ視点】



「……と、今頃ヤツらは考えているだろう。だけど残念。悪魔は既にし終えている」


《影の英雄団》の本部【名もなき村】。

 その地下で、イルザは魔物をしている悪魔を眺めながら、そう口を動かした。


『ホントウニ黒滅ハ来ルノカ?』


 悪魔から発せられたのは、いくつもの声を重ねたような不思議な声。

 しかしそれ以上に、ユニークモンスターである流星の巨猿おおざるを骨ごとバリボリと食っている悪魔が異形さに、声の方はさほど気にならなかった。


「間違いなく来る。黒滅は人殺しだが、人並みに正義感はあるからな。魔物を売買し、悪魔を召喚させようとする《影の英雄団》を許しはしないだろう」


 さらに黒滅はイルザに対して、並々ならぬ思いを抱いているはずだ。

 アジトで彼の顔を見た時、イルザはそれを確信した。


(黒滅は確実に私を仕留めにくる。しかし黒滅、その日こそが貴様の命日だ。私は早く、貴様に会いたいよ)


 とイルザはニヤリと口角を吊り上げる。


「こっちとしては黒滅が来ることより、貴様らの方が心配だがな」

『ドウイウコトダ?』

「黒滅が暴走した結果とはいえ、貴様ら悪魔は《極光》に一度敗北を喫している。まさか二の舞になるのでは?」


 挑発的な口調であった。

 だが、悪魔は涼しげな顔をして、声の調子を変えずにこう口にした。


『フンッ、負ケタノハ事実デハアルガナ。ダガ、我々ハコノ二年間、イカニシテ黒滅ヲ殺ソウカ、ソレダケヲカンガエテイタ。二度ト不覚ハ取ランヨ』

「そうであることを祈るばかりだ。契約のことも忘れていないな?」

『契約カ? 貴様ラ人間トハ違イ、悪魔ハ記憶力ガイイ。忘レテイナイ。コノ戦イガ終ワッタ後、我々ハ貴様ラノ味方ニナル』

「そうだ」

『ソノ約束ハ守ロウ。何故ナラ、我々ハ黒滅ニ復讐ヲ果タセレバイイダケナノダカラ』


 悪魔はそう言っているが、イルザはそれはヤツの狡猾な嘘だということを看破していた。


 悪魔は息を吐くように、嘘を言う。

 この戦いが終わった後、悪魔は《影の英雄団》を皆殺しにして、自らの糧とするだろう。


(それくらいのリスクは承知している。それでも黒滅に並び立つためには、こいつらの力が必要だ)


 やがて悪魔は魔物を食べ終わる。

 悪魔の体内で循環している魔力が、さらに高まっていくのを感じた。


 膨大な魔力だ。

 魔力量だけでいうと、《極光》の絶刀や黒滅以上である。


(二年前の時より、こいつらはさらに強くなっている。これなら黒滅には勝てるだろうな)


 そう──悪魔を召喚してなお、このままでは黒滅に勝てないとイルザは踏んでいた。


 絶刀、天城、鏡槍──《極光》の彼女たちも出鱈目な強さだ。


 だが、黒滅はさらに格が違う。


 実際、黒滅が二年前と同じ実力だと仮定するのは、早計すぎる。

 黒滅を自由自在に操れるようになっていることも、考えておくべきだろう。


(だが、それでこそ


 黒滅が《影の英雄団》を蹂躙していく様を想像するだけで、イルザは愉快な気分になった。


 しかしイルザに焦りはない。

 それでこそ、この二年間──黒滅のことだけを考え続け、彼を倒すべく策を張り巡らせてきたのだ。

 これからどれだけ予想外のことが起こるのかと思うと、イルザは黒滅に対する恐怖より、戦いに楽しさを見出した。


「ん……」


 そこでイルザが気付く。

 地上で戦闘音が聞こえ出したのだ。


「どうやら黒滅が来たようだ」

『ソレハヨカッタ。デハ、我々ノ出番カ』


 ゆっくりと腰を上げる悪魔。


「他の三体はどうしてる?」

『既ニ待機シテイル。ヤツラモヤツラデ、絶刀ト天城、ソシテ鏡槍ニ恨ミガアルカラナ。黒滅以外ノ三人ハ、ヤツラニ任セル。マア、鏡槍ダケハコチラ側ナノデ、手ヲ出セナイノガ歯痒イガ』

「それはよかった。私と黒滅の戦いに邪魔が入っては、興も削がれるというものだからな」

ト黒滅……? 違和感ノアル言葉ダナ。我ハドウナッテイル──』


 と悪魔が言葉を続けようとした時であった。


『ナッ……!?』


 悪魔が驚愕に目を見開き、足を止める。


『マ、マサカ貴様ハ!』

「ようやく気付いたか。悪魔も大したことがないな。一度黒滅に負けた理由が分かるよ」


 ゆっくりとイルザは悪魔に歩を進める。


「大丈夫だ、約束は果たす。黒滅はが殺す」



 ◆ ◆



【名もなき村】に着くと、すぐに《影の英雄団》との交戦が始まった。



「な、なんだ!? たった三人だっていうのに、どうしてこんなに強い!?」

「おい、しかも黒滅はろくに剣を振ってないぞ! 実質、残り二人に押されている!」

「き、聞いてないぞ。悪魔のヤローどもの召喚は成功したのか? それだったら早く……うわあああああ!」



 次から次へと《影の英雄団》の男どもが倒れていく。


「……なんというか、三下みたいな台詞だな」

「みたいな……じゃないのよ。だってこいつら、三下なんだもん」

「殺す価値もありません。戦闘不能状態にするだけで十分でしょう」


 そんな言葉を交わしながら、俺たちは村の奥へ奥へと進んでいく。


 ──先日のアジトでは、なかなか戦闘が始まらずにやきもきした。


 だが、ここでは俺たちが村に近付くなり、ありとあらゆる方向・角度から男どもが襲いかかってきた。

 俺たちがここに来ることも計算済みだったということか。


 まあ、あんな資料を《影の英雄団》から渡してくるのだ。当然、この展開は予想していたのだが。

 正直、俺がろくに人に剣を振るえなくても、フィオナとライラがいれば楽勝なのだが……警戒は崩さない。


 何故なら、既に悪魔が召喚されている可能性もあるからだ。


 そうでなくても、ここには彼女が──。



「そこまでよ」



 聞き慣れた声。

 彼女は天から舞い降り、静かに地面へと着地した。

 その神々しさすら感じる美しさに、皆も戦いの手を止め、彼女から目を逸らせなくなっていた。


「ようやく来たか」


 彼女と会って、俺の心の内は怖さよりも懐かしさを覚えた。


 かつて《極光》の一員として、共に最強の頂へと駆け上がった仲間。

 今まで彼女のに、俺たちは何度も助けられてきた。


「久しぶりね、ノア」


 突然現れた彼女──メリッサは妖艶に微笑み、花弁のような唇を動かした。

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