第23話・裏切りの鏡槍

「……っ!」


 驚きの声が出てしまいそうになるのを、すんでのところで堪える。


「……やはり、黒滅もあの村には思うところがあるか」


 俺の反応を見て、深妙な声音でギルド長が呟く。


「いや、大丈夫だ。続けてくれ」


 しかし俺はフィオナとライラと話して、彼女たちと一緒に過去の因縁にケリを付けることに決めた。

 覚悟は出来ている。


 ギルド長は一度頷いて、さらに話を続けた。


「概要は知っているかもしれんが……あの村で、イルザ率いる《影の英雄団》は二年前の悪魔を召喚しようとしている」

「あの時、完全に仕留め切れなかったのが、ここまで尾を引いてくるとはね」

「仕方がありません。悪魔が再臨することは、可能性として度外視していましたから。誰があんな災厄を蘇らせようとしますか」

「それを《影の英雄団》っていうバカ闇パーティーがやろうとしてるってことよね」


 悪魔は普段、俺たちが住む『現世』にはおらず、『魔界』で存在しているらしい。

 魔界にいる生き物は悪魔に限らず、全て化け物揃いだ。《極光》とて、魔界の生き物を殺すのは死闘を覚悟しなければならない。

 そして現世に降臨した悪魔は、体の中心にあると言われている『核』を破壊しない限り、殺したように見えても何度でも蘇る。


 二年前、俺は黒滅によって悪魔を

 しかし核を完全に壊しきる前に、悪魔は魔界へと逃げてしまったのだ。


 とはいえ、現世と魔界はそう簡単に行き来出来るものではない。

 それに一度現世に来た悪魔には大きな制限をかけられ、自分の力では二度と現世に戻ってこれなくなる。

 ゆえに現世側から無理やり引き摺り出してくるようなことが必要になってくるが……まさかそれをしようとする人間が現れるとはな。


「でも、どうやって悪魔を召喚しようとしているのかしら? その方法は?」

「それも資料に書かれておる。《影の英雄団》は元々、魔物の売買によって悪名を轟かせていたパーティーじゃろ?」

「そうだったわね。それが一体──はっ!」


 そこでフィオナは一つの可能性に思い当たったのか、目を見開く。


「ま、まさか……」

「うむ、ヤツらはを生贄にして、悪魔を召喚しようとした。魔物の売買も元々、悪魔を召喚させるための手段だったのだ」


 邪悪。

 そんな二文字が頭に浮かんできた。


 悪魔を召喚させるために、魔物の売買に手を染める邪悪。

 目的のためにはどのような手段も取るという《影の英雄団》の覚悟が、はっきりと伝わってきた。


「そんな方法、聞いたことがありません。どうして《影の英雄団》のA級パーティーが、悪魔を召喚させる術を知っていたんですか?」

「それについては資料に記されておらん。しかし今はそれほど重要なことでもないじゃろう?」


 ギルド長が語る通り、《影の英雄団》がどのような方法で悪魔召喚の手筈を知ったかという謎より、今は彼女たちを止めることの方が先決だ。


 しかし何故だろう。

 そんなことは分かりきっているはずなのに、俺は胸にしこりが出来たような感覚に囚われるのであった。


「ヤツらは今、どこにいるの? 悪魔召喚なんていう災厄を、起こさせるわけにはいかないわ」


 フィオナが厳しい声音で、ギルド長に問いかける。


「どうやら《影の英雄団》の本部も、その村に隠されていたらしい。そこでヤツらは悪魔を現世に降臨させようとしている。もっとも……この資料に書かれている内容が、全て真実だとは限らないが……」

「これは俺の勘だが、資料の内容については信じてもいいと思う」


 イルザは逃げも隠れもしようとしなかった。

 そうでないと、俺たちにこの資料を渡す必要がないからだ。

 彼女が俺への復讐を果たすために、ここで嘘を伝える必然性はどこにもないように感じたのだ。


「今はそれしか手がかりがないというのもあるしな。今すぐにでも、《影の英雄団》のところに向かうべきだと思う」


 こうしている間にも、ヤツらは悪魔の召喚に成功しているかもしれない。

 いや……もしかしたら、召喚は終わっている可能性もある。


 二年前、黒滅を暴走させていなければ、敗北を喫していた相手だ。

 厳しい戦いになることを予想されるが、俺は逃げるわけにもいかない。

 最強が敵を前に、逃げることなど許されないのだから。


「お主さんたち、三人だけじゃ骨も折れるじゃろう。他の冒険者を集めようか?」

「いらないです。足手纏いが多くなるだけですから。悪魔相手には、たとえA級冒険者であっても歯が立たない」


 とライラがギルド長の提案を断る。


 実際、二年前の戦いにおいても、同じ理由で《極光》の四人で向かったわけだからな。

 あの時と違うのは、ここに鏡槍(メリッサ)がいないことだが……。


「じゃあ、早速行くわよ! ゆっくりしている時間はないわ」


 フィオナがそう気合いを滾(たぎ)らせ、ギルドを後にしようとすると、


「待ってくれ。お主さんたちにはもう一つ、伝えておかなければならぬ」


 とギルド長が彼女を呼び止めた。


「伝えておくこと? それは良い報せかしら、悪い報せかしら」

「文句なしに悪い報せじゃろうな。なにせ、悪魔にも勝るとも劣らない敵が増えたのじゃから」


 悪魔にも勝るとも劣らない?

 そんなヤツが、この世界にどこにいるんだ。


 悪魔と並び立てるのは、俺たち《極光》のメンバーだけのはず──。



「《影の英雄団》の中には、あの鏡槍もいる」



 ……は?


「鏡槍……メリッサだよな。どうしてあいつが《影の英雄団》にいるんだ?」

「それは儂の方こそ知りたい。しかし資料の中に、そのようなことが記されていたのは事実じゃ」


 俺たち以上に混乱しているのか、ギルド長の声は動揺で震えているように聞こえた。


「……なあ、フィオナとライラ。どう思う?」

「うーん、あの子ったら猫みたいに気まぐれだもんね。そういうことがあっても、なんか納得しちゃうわ」

「ですが、違和感があります。それは……」


 お互いに視線を合わせ、考えを照らし合わせる。

 やはり残り二人の考えも、俺と同じようであった。


「つまり、かつての仲間であった鏡槍と剣を交わす可能性があるということじゃな。お主さんたちにとっては、辛いことかもしれぬが……」

「あー……それは大丈夫だと思う。少なくとも、悪い報せじゃなかった」

「……?」


 ギルド長が首を傾げるが、こればっかりは説明するわけにもいかない。

 彼女はその力の、あまり知られてはならないのだ。

 ゆえに俺はそう言葉を濁した。


「どちらにせよ、仮にメリッサが立ちはだかったとしても、彼女と戦うことに抵抗はない。二人もそうだろ?」

「ええ、ノアの言う通りだわ」

「メリッサは自分勝手すぎます。ちょっとはお説教してあげる方が、彼女のためになるでしょう」


 俺たちの言葉に、ギルド長はますます不思議そうな顔になった。

 だが、これ以上問い詰めても仕方がないと判断したのか。


「じゃ、じゃったら、黒滅──絶刀──天城。ギルドとして正式に依頼を言い渡す。《影の英雄団》の本部がある村に行き、悪魔召喚を食い止めるのじゃ!」


 その力強い言葉に、俺たち三人は一様に首を縦に振ったのであった。

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