第22話・これが彼らの本来の力

【アーク視点】



 一方の《光の勇者たち》。

 彼らはダンジョンに潜っていた。



「うわあああああ!」



 骸骨型の魔物を前に、《光の勇者たち》──アークたちは苦戦を強いられていた。


 魔物の名はアンデッドホーン。

 C級に位置付けされる魔物である。


 本来なら、A級冒険者パーティーである《光の勇者たち》が遅れを取るはずがないのだが……。



「おい、さっさと魔法をぶっ放せよ!」

「無茶言わないでよ! そんなに早く、魔法なんて使えるわけないじゃない!」

「はあ? なに言ってんだ。いつもはもっと早いタイミングで発動してじゃねえか。しかも今日は威力も大したことねえし!」



 男武闘家と女魔法使いが喧嘩をしている。

 そんなことをしている場合でもないのだが、死の危険が目の前にまで迫ってきていて、二人も焦っているのだ。


「ち、治癒魔法をかけてくれ。このままだと出血多量で死ぬ……」

「も、もう魔力切れです。おかしいですね。い、いつもはこの程度で魔力が切れたりしないのですが……」


 男治癒士も同じく、動揺を隠し切れないようであった。


(ど、どういうことだ……? いつもは出来てたことなのに、今日は何故出来ない!?)


 アーク自身も剣を振るうが、アンデッドホーンを打ち崩すことが出来ない。

 どれだけ剣を振っても、アンデッドホーンは変わらず、彼らを殺そうとするのだ。


 ここでアークは決断する。


「に、逃げるぞ! こんな地獄みたいな場所にいられるかっ!」

「なっ……!? アーク、正気か? この依頼を失敗したら、ランク降格も見えてくるぜ? お前だって、ここに来る前は『死ぬ気で依頼を達成しよう』って、言ってたじゃねえか」

「構うもんか! 命あっての物種だ!」


 そう吐き捨て、アークはいの一番に退散する。


 他のパーティーメンバーも少し不満を抱えていそうなものの、リーダーが逃走したのだ。

 これ以上、この場に留まるわけにもいかず、彼を追いかけた──。




 その後、ギルドに今回の顛末を説明した。


 調子が悪かった。

 先日、《影の英雄団》と交戦した際の傷が癒えていなかった。


 ペラペラとアークは言い訳を言い連ねるが、受付嬢の視線は冷ややかなものであった。


 それでもなんとかランク降格は回避し、肩を落としてアークたちはギルドを後にした。


「は、ははっ! やっぱ前の《影の英雄団》との戦いから間を空けず、依頼に挑んでしまったのが失敗だったね! 酷い目に遭った!」


 アークはわざと明るい口調でパーティーメンバーを慰めるが、雰囲気はどんよりと沈んだままである。


「……いくら《影の英雄団》との傷が完全には癒えていないとはいえ、これはおかしいです。本来、僕たちが受けた依頼はC級の半端パーティーがするものだったのですから」

「そうだぜ。いつもの俺たちだったら、遊び半分で達成していたような内容だ。だから、あの依頼を受けたんだろう?」

「やっぱりおかしいわよ。数日前から、魔法をちょっと使うだけで倦怠感があるし……」


 不可解そうな三人の表情。


 先日の戦いではアークたちも手酷い傷を負った。

 ギルドもこのままではまずいと感じたのか、高額な魔導具や治療薬を使ってアークたちを治癒した。

 そのため、《影の英雄団》にこっ酷くやられたというのに、アークたちは戦えるまでに回復していた。


(だからこそ、汚名返上のために焦って、今回の依頼を受けた。だが、汚名返上どころか、ますますギルドに対する僕たちの評価が下がる結果となってしまった……)


 本来なら、これだけ立て続けの依頼を失敗してしまっては、ランク降格となってしまう。

 しかし《影の英雄団》との戦闘からまだ期間もさほど開いていないことを考慮され、なんとかその最悪の事態は避けられたのだ。


「と、とにかく今日はパーッとやろう! お酒を飲んで気持ちを切り替えたら、きっと上手くいくはずさ!」


 いつもだったらアークがこう言うと、パーティー内の雰囲気も良くなるはずだった。

 だが、プライドをズタズタにされ、お互いの実力に疑問を持ち始めている彼らの表情は浮かないままであった。




 街の酒屋に行き、アークたちは『反省飲み会』を開いた。

 お酒というのはすごいもので、今まで沈んでいていた彼らが、徐々に活力を取り戻し始めた。


 しかしそれはすぐに様変わりする。



「おい、知ってるか……《極光オーロラフォース》の話」

「ああ。黒滅が復活して、絶刀と天城も合流したらしいじゃねえか」

「しかも誰も勝てなかった《影の英雄団》に圧勝したんだぜ?」

「ほんと、すごいよな。それに比べ《光の勇者たち》は不甲斐ない……簡単な依頼も失敗したらしいぜ?」

「やっぱり最強は《極光》一択だ」



 他の客が酒を呷りながら、そんなことを話ししている声が耳に入った。


(もうそんな情報が回っているのか……)


 アークはそう思うが、それより大きい激情が体の中を駆け巡っていた。


「なにを不敬なことを言っている!」


 その場でアークが立ち上がり、彼らに詰め寄る。

 ここで初めてアークが店内にいることに気付いたようで、彼らを目を見開いた。


「最強は《極光》だと!? 今まで、ここら一帯の地域を守ってきたのは誰だと思っているんだ! 《光の勇者たち》の活躍を忘れたのか?」

「へっ! そもそもお前らのことは気に入らなかったんだ。ざまぁみろだ!」

「な、なんだとっ!?」


 他のパーティーメンバーも怒気を放つ。


 しかし店内にいる客は、アークたちだけではない。楽しい酒場の雰囲気をアークはぶち壊したのだ。

 当然、彼らに向けられる視線は厳しいものだった。


「くそっ、くそっ、くそっ! 《光の勇者たち》が舐められるのはいかん。仕方がない。実力で分からせてやる──」

「ア、アーク! それはさすがにまずいわよ! こんな一般市民相手に暴力を振るっちゃ……」

「構うもんか!」


 アークが罵倒してきた彼らに殴りかかろうとするが、それを他のパーティーメンバーが必死に止める。


 いつものアークなら、同じことを言われても我慢出来ていただろう。

 だが、アルコールのせいで気が強くなっているのと、今日の依頼失敗によってむしゃくしゃしていた心に、彼らの言葉が突き刺さってしまったのだ。


(僕たちが最強なんだ! 《極光》なんて、目じゃない……はずだったんだ。それなのに……)


 どうして、みんなはそんな出鱈目なことを思うんだろう?


 アークだけは、心の底からそう思っていた。



 ◆ ◆



 翌日。

 フィオナとライラとあらためて心を通わせたところで、俺たちは冒険者ギルドに向かった。

 昨日、《影の英雄団》で入手した重要資料をギルドに渡しているのだ。内容の精査も終わっている頃だろう。


 ギルドに着くと、カワウソのギルド長が対応してくれた。


「おお、黒滅。昨日はよく眠れたか?」

「おかげさまで……な」

「うむうむ。それはよかった。儂なら、そんな美少女二人と一夜を過ごすことになったら、眠れないと思うがな……」


 ん? ん?


 なんだろう。

 盛大な勘違いをされている気がする。


「そうなのよ〜。ノアったら、なかなか寝かせてくれなくって。寝ついたのは朝方になってから」

「ノア様は照れ屋さんです。昨日のことを忘れたのですか? 僕はノア様にメロメロになっちゃいました」


 フィオナが両頬に手をやり体をくねくねとさせて、ライラは俺の顔を見てぽっと頬を赤くした。

 そんな俺たちを見て、周りは「爛れた関係……」「性豪……」「黒滅の黒滅が黒滅だった」「黒滅は夜も黒滅だな」と噂している。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ギルド長が想像しているようなことにはなっていない! 部屋も別々だった! だからみんな、俺をそんな目で見るな!」


 ギルドに響き渡る声量で訴える。


 いや、確かに昨日はそんな雰囲気になったけどな!? だが、ああいった弱い心を見せて、彼女たちを抱くのはあまりにも卑怯な気がする。二人のことも傷つけたくないし!

 だからフィオナとライラを無理やり自分の部屋に帰らせて、俺は一人で寝た。

 やましいことなど、何一つしていない!


「……うむ。良い顔をしておるな。昨日、ギルドに戻ってきた時は酷い顔をしてたもんじゃが……安心したぞ。さすが黒滅じゃ」


 ギルド長が急に真剣な声音になって、そう口にする。


「ああ、心配かけたな。だが、もう迷いは振り切った。どんなことを聞いても、今は受け入れる準備が出来ている」

「それはよかった。今から話すことは、お主さんたち──特に黒滅にとって、辛いものになるかもしれないからな」


 イルザに関することだ。当然、聞かされる内容も全て俺の古傷を抉るようなものになると思うが……ギルド長の言い方からすると、そういう意味でもないらしい。


 疑問を感じている俺に、ギルド長はこう告げた。



「結論から言おう。《影の英雄団》のリーダー、イルザは二年前──四体の悪魔が召喚された村で、再び災厄を蘇らせようとしている」

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