第21話・俺は一人じゃない

【フィオナ視点】



「ねえ、ライラ。ノアのことだけど……どう思う?」


 宿屋の一室。


 ノアと別れてから、フィオナの部屋で彼女はライラと話し合っていた。


「どう……と申されますと?」

「さっきの話のことよ。ノア、あんなことがあっただなんて……大丈夫かしら?」


 フィオナの表情は心配の色で染まっている。


 二年前。

 ノアが彼女たちの前から忽然と姿を消してしまった時、《極光》のメンバーは慌てふためいたものだ。


 彼女たちにとって、ノアという存在は光。

 が強い人間が揃っていたが、ノアという光がいることによって、《極光》は一つに纏ってきた。

 そんな彼がいなくなり、フィオナたちは光を失ってしまったのだ。


 ノアの行く先が《極光》の道となった。

 ノアが《極光》を導いていた。


 それなのに、《極光》にノアがいなくなるということは、それ即ち生き甲斐を失ったことと同義である。

 この二年、とても空虚な時間だった。


(でも……ノアと再会して、私──いや、の時間は再び動き出した)


 しかしそれはフィオナだけが思っていたことかもしれない。

 ノアだけが二年前のあの時に取り残されており、未だにその時計の針は止まったままなのだろう。


「……ノア様は強いお方です」


 ライラも不安そうに表情を曇らせていた。


「だけど……僕はこう思うんです。またノア様が僕たちの前から、突然姿を消してしまうんじゃないか……って」

「うん、私もあんたと同じことを思ってたわ」


 先ほど、二年前のことを語ったノアの顔を思い出すと、その不安はなくなるどころか増していく一方である。


(二年前のあの日にも、ノアは同じ顔をしてた。だからもしかしたら、私たちを放って──)


 一人で決着を着けにいこうとするのではないだろうか。

 フィオナはそう感じるのだ。


「僕たちに出来ることは、なにかないでしょうか?」


 とライラが口を動かす。


「それが出来てれば、ノアが私たちの前から姿を消さなかったでしょうね」

「じゃ、じゃあ! またノア様が僕たちの前から去ってしまうのを、黙って見過ごせと!?」

「そんなことは言ってないわ。ただ……」


 そう言って、彼女は椅子から腰を上げる。

 ライラは不思議そうに首を傾げていたが、フィオナはそれを意に介さず、クローゼットからある衣装を取り出した。


「なっ……! それは!」

「二年前からずっと考えてたことなのよ。だから着々と準備を進めてた。私とライラ……そしてメリッサの三人の分があるわ。メリッサはしょうがないとして……ライラも協力してくれるわよね?」


 フィオナがそうウィンクをする。


 それに対して、ライラは一瞬迷った素振りを見せたが、すぐに決心がついたのか首を縦に振った。



 ◆ ◆



「イルザ……か」


 彼女たちがいなくなった後。

 俺はベッドで横になり、窓から見える赤い満月を見ながら、二年前のことを思い出していた。


『来ないで! 化け物! そんなおぞましい力で、みんなを殺さないで!』


 それは未だに俺を縛っている言葉。

《極光》と再会しても、過去の精算が出来ていなければ、俺の時間は止まったままなんだろう。


「イルザともう一度会えば、どんなことを言われるだろうか?」


 覚悟は出来ているつもりだった。

 だが、イルザの成長した姿を見ると、その自信がどうしても揺らいでしまうのであった。


「フィオナとライラには、また迷惑をかけるかもしれない。それならいっそのこと、俺一人で……」


 と言葉を続けようとした時であった。



 トントン。



 ドアのノックの音。


「……? 誰だ?」


 そう返事をすると、ドアの向こうから「フィオナよ」「ライラです」と言葉が続いた。


 フィオナとライラ?

 こんな真夜中に一体なんの用だ……?


 疑問を覚えたが、ここで突っ返すわけにもいかない。


「ドアは開いている。入ってくれ」


 よくよく考えれば、こんな時間に女の子二人を部屋に招き入れるなど、なかなか刺激的なことをしているように思ったが……あっちから来てしまったものは仕方がない。


 少し時間を置いた後、ドアが開くと、



「ノ、ノアっ! あ、あんたを慰めにきたわ」

「にゃーん。今日の僕はあなたの猫ですにゃん」



 そこにはとんでもない光景が広がっていた。


「……っ!?」


 あまりにも衝撃的すぎて、言葉を失ってしまう。


 それもそのはず。

 扉を開けた二人の服装は、とても露出が多いものだったからだ!


 フィオナはメイド服。


 だが、本来のメイド服ではなさそうだ。こんなに肌の露出が多いメイドがいてたまるものか。

 彼女は恥ずかしそうに身をくねらせ、頬を朱色に染めていた。


 さらにライラもいつもの服ではない。


 彼女は……猫だろうか? 

 猫耳のカチューシャを頭に付けていて、両手には大きな手袋。

 フィオナに比べたら慎ましい胸ではあるが、きゅっとくびれた腰は女性らしさを感じさせた。


「と、とにかく部屋に入れ!  こんなとこ、誰かに見られたらされてしまうだろうが!」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 フィオナにしては珍しい嬌声を上げて、彼女は扉を勢いよく閉めた。


「……で、どうして二人がそんな格好に?」

「うー、だってこうでもしないと、ノアがまたどっかに行っちゃいそうだったもん」

「はあ?」


 俺の問いかけに、今度はライラが口を動かした。


「僕たち考えたんです。ノア様は優しい。だから僕たちに迷惑がかかるかもって、一人でイルザのところに行っちゃうんじゃないかって」

「それを私たちが止める権利はないかもしれない。どう止めても、ノアは勝手に行っちゃうかもしれない」

「だったら……! ノア様が僕たちから離れたくない! と思ってくれれば、大丈夫だと!」

「ど、どうかしら? 自分で言うのもなんだけど……今の私たち、可愛くない? ノアの好みじゃなかった?」


 フィオナとライラは真剣な眼差しで、俺にぐいっと顔を近付けてくる。

 二人の柔らかそうな唇から、視線を外せなくなっていた。



 ああ、そうだ──俺は一人じゃない。



 俺はなに、自分一人で抱え込んだ気になっていたんだ。

 悲劇の主人公気取りか?

 バカバカしい。そんな女々しい男にいつから俺はなったんだ?


 違うだろう。

 俺にはこんなに素晴らしい仲間がいる。

 二年前、俺はそんなバカなことにも気付かずに、二人の前から去ってしまった。


 だから今度こそは。


「……大丈夫」


 そう言って、俺は二人の頭を撫でる。


「心配かけて、ごめんな。だが、二人のおかげで感情の整理が付いたよ」

「ほ、ほんと? だったら、またいなくなったりしない?」

「ああ、約束する。何故なら、俺たちは最強の冒険者パーティー《極光》だからな。俺一人じゃ、パーティーだなんて名乗れないだろう?」


 と俺が微笑むと、二人の顔がパッと明るくなった。


 そう、俺一人じゃ最強を名乗れない。

 名乗るつもりもない。


 今度こそは現実から目を背けない。

 俺は彼女たちと一緒に、過去の因縁にケリを付けるんだ。


「あ、それから……」


 俺は頬を掻きながら、二人に自分の気持ちを伝える。


「そんな服を着なくても、フィオナとライラは可愛いと思う。こんなに可愛い女の子と一緒にいれるんだ。お前らがたとえ今のような強さを持ち合わせていなくても、離れたいとは思わないだろう」

「ですが、ノア様は二年前、僕たちから離れていきました」

「あの時だって、お前らとは別れたくなかったさ。それを踏まえて言わせてもらう──今の二人はに可愛い」


 言い終わると、二人は口元を手で押さえて、双眸に涙を浮かばせたのであった。

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