第20話・過去の出来事

 ──二年前。


 厳しい戦いだった。


《極光》全員で挑んだとしても、四人の悪魔を殺しきるには、あの時の俺たちでは力が足りなかった。

 

『俺たちはこんなところで終わるのか?』


 悪魔に殺される間際、俺の頭の中にはそんな言葉が浮かんできた。


 自分たちが最強だという自覚はあった。

 誰も俺たちには勝てないという自信もあった。


 俺たちは自分の強さを誇りに感じていた。

 それは悪魔相手でも変わらなかった。


 しかし今思えば、あれは驕っていただんと思う。


 ゆえに絶対絶命の窮地に陥った時、俺は一瞬動揺してしまった。

 その心の隙間を、に狙われたんだと思う。


『あああああああ!』


 リミッターが外れ、黒滅が暴走。

 意識を取り戻した時には、村人全員が黒滅の錆となってしまった──ように見えた。



『ノア……』


『自分一人で背負わないでください』


『あなたがいなければ、どちらにせよここの村人は悪魔に殺されてたわあ』



 大量に転がっている村人の死体を前に放心している俺を、フィオナ・ライラ・メリッサの三人は慰めてくれた。

 だが、あの時の俺はそんな三人の優しさが辛かった。


 俺は三人と離れ、あてもなく村を歩き回っていた。


 そんな時──見つけたんだ。

 赤髪の少女が胸から血を流して、地面に倒れていたのを。


『だ、大丈夫か!?』


 息があるのはすぐに分かった。

 このままにしては、この少女も直に死んでしまうことを理解した。

 俺はすぐさま駆け寄り、光魔法で彼女を治癒した。


『よかった……生きてて』


 おそらく、彼女も俺の黒滅に巻き込まれた被害者の一人だろう。

 それを裏付けるかのように、少女の胸には酷い斬り傷が刻まれていた。

 光魔法で体を癒しても、この傷跡だけは治せなかったのだ。


 生き残りがいた。

 村人は全員死んでいなかったのだ。


 そうだとしても、罪は消えないというのに……俺は目の前の少女に救いを求めた。


 やがて少女の瞼が開く。



『あなたは悪くない。ありがとう、黒滅』



 そう一言だけ言ってくれれば、俺は救われた。


 だが、それは俺のあまりに愚かな妄想であった。


 少女は俺の手を払い除け、




『来ないで! 化け物! そんなおぞましい力で、みんなを殺さないで!』




 と言い放った。

 その表情は恐怖に染まっていた。


 さらに彼女は立ち上がり、そのまま逃げ去っていく。元々身体能力が高い子なのか、あっという間に姿が見えなくなった。


『ノア……? 探したわよ。急にいなくならないで』


 茫然自失としていると、フィオナが俺を見つけ、声をかけてきた。


 少女が逃げ去ってから、どれだけの時間が経ったのかは分からない。

 しかし少女を追いかける元気はなかった。


『…………』

『どうしたのよ。さっきより落ち込んでいるように見えるわ。大丈夫……?』

『ああ、大丈夫だ。気を遣わせてしまって、すまないな』


 俺は気丈に笑った。

 フィオナはそんな俺を見て、寂しそうな表情を作った。


 どうして彼女があんな顔をしたのか……今の俺なら分かる。

 きっとあの時の俺は驚くほど、ぎこない笑みだったのだろう。


 偽りの笑顔。


 それをフィオナに見透かされてしまったからこそ、あの時の彼女はあんなに寂しそうな顔をしたのだ。



 ◆ ◆



「そして俺はお前らの前から姿を消した」


 ここまで俺が喋っている間、フィオナとライラは一言も口を挟まず、話に耳を傾けてくれた。


「俺の力は誰かを救うためのものじゃなかった……と色々な感情が渦巻いていたんだと思う。それを俺は全て放り投げたんだ。無責任なこと、この上ないと思う。だから……」


 と俺は地面に両手両膝を突き、頭を下げる。


「すまなかった……! 身勝手な真似をしてしまって。気に入らなかったら、何発でも殴ってくれ」


 殴られても俺の罪が消えるわけではない。

 しかしどうしても、これは言いたかった。


 場には沈黙。

 フィオナとライラは黙って、土下座している俺を見下していた。


「……ノア、顔を上げて」


 フィオナが言う。


 俺は覚悟を決めて、フィオナとライラの顔を真っ直ぐ見る。


「そうですね。勝手にいなくなったんだから、ノア様には一発くらわせなければなりません」

「奇遇ね。私も同じことを考えていたわ」


 そう言って、二人は拳を握る。


 ああ……やっぱり二人は俺に怒っていたんだ。

 反射的に体に力が入る。


 だが、次の瞬間──俺の体を包んでいたものは、殴られた衝撃とは違うものであった。



「ノア……っ! あんた、頑張ったわね」

「ノア様がそれだけ辛い目に遭われていたというのに……僕たちはなにも出来ず、すみませんでした」



 フィオナとライラは二人して、俺の体を抱きしめたのだ。


「フィ、フィオナ!? それもライラも……!」


 優しい二人はもしかしたら、俺を殴らないかもしれない。

 それは予想していたが、まさか抱擁されるものとは思っていなかった。


「二人とも……怒っていないのか?」

「怒る? どうして私がノアに怒らないといけないのよ」

「それよりも、自分自身への不甲斐なさでいっぱいです。僕がもっとしっかりしていれば、ノア様の悩みを受け止められましたのに……」


 二人は俺を抱きしめなら、嗚咽を上げている。どうやら涙を流しているようである。


 こうして抱擁されていると、二人の柔らかい感触がとても心地よかった。

 果物のような甘い香りが鼻梁をくすぐり、いつまでもこうして二人に甘えたかった。


 だが。


「……ありがとう」


 決心して、俺は二人から体を離す。


「だが、これで俺は贖罪が済んだとは思っていない。二人……いや、ここにいないメリッサにも大きな借りがあるからな」

「そんなこと気にしなくて……」

「そう思わないと、お前らへの申し訳なさで壊れてしまいそうになるんだ。これは俺の自己満足として、許してくれ」


 と俺は肩をすくめる。


「ライラと合流したら、次はメリッサを探しにいくつもりだった。しかし……予定を変更したい」

「もちろんです。あの村の生き残り……イルザに会いにいくんですよね」


 ライラの言葉に、俺は首を縦に振る。


「だけど、そのイルザって人は本当に、あの時の生き残りなのかしら。彼女の嘘って可能性は?」

「それはないな。そもそもあの村に生き残りがいたことを知っているのは、俺──そしてイルザ自身だ」


 戦いが終わった後、俺はなにも告げずに、《極光》から姿を消してしまった。

 ゆえに公式の記録としては、あの時の村人は戦いに巻き込まれて全滅ということになっている。


「そしてなにより、イルザの胸の傷跡。あれは間違いなく、俺が付けた傷跡だ。彼女のことは片時たりとも、忘れたことはなかったからな」


 体も成長し、雰囲気も随分様変わりしていたので、気付くのが遅れてしまったが……イルザは間違いなく、あの村の生き残り。


 俺にはそう断言出来る。


「きっとイルザは村人を皆殺しにしまった俺を憎んでいるんだろう。だから《影の英雄団》を立ち上げて、俺の前に立ち塞がった」

「復讐……ってことかしら。ほーんと、身勝手な話よね。復讐もなにも、ノアがいなかったら、どちらにせよ全員殺されていたのに」

「ですが、彼女も家族や友達が死んだのです。その責任の所在をノア様に認めたくなるのも、仕方がないかもしれません」

「そう……ね。まあ私たちがもっと強かったらあんなことにならなかったんだし、イルザを責めにくいのは否めないけど」


 罰が悪そうな表情を作るフィオナ。


 そう……俺がもっと強ければ、イルザに復讐なんていう悲しい真似をさせなくて済んだ。


 だから。


「《極光》が再び歩き出すために、俺はイルザと会わなければならない。そして二年前の精算をするんだ。しかし……俺一人の力では、それは果たせないかもしれない──二人とも、俺に力を貸してくれるか?」

「当たり前よ」

「ノア様の導かれるままに」


 フィオナとライラはそう言って、力強く頷くのであった。

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