第33話・黒滅の煌めきに憧れた人たち
「え……?」
予想だにしなかったことを言われ、思考が停止してしまう。
「話をしよう。ある貧しい村があった。気候と土地のせいで作物が育ちづらく、だからといって観光地や名産品と呼べるものもない。大きな街から距離的に離れているために、馬車での往来も困難。
そこで村人は考えた。それなら、武力をもって解決しようではないか……と。村人は十年以上の歳月をかけ、とうとう悪魔を召喚させることに成功したのだ」
「まさか……」
「ああ、それがこの村だ」
忌々しげに表情を歪ませ、イルザは続ける。
「その方法とはずばり、一人の少女──私を生贄にすることだ。どうやら私には、悪魔の魔力を受け入れるための素質があったらしい。私は悪魔の子と呼ばれ、村人から酷い扱いを受けていたよ。
結果的に悪魔を召喚させることには成功。しかし私に悪魔を取り込ませ、村の武力として使用するという計画は失敗に終わった。四体もの悪魔が現世に降臨し手に負えなくなった村人は、ギルドに討伐を要請。そこに《極光》が来て──ここからは貴様らでもよく知っていることだ」
「なんということだ……」
違和感はあった。
どうしてこの村に四体もの悪魔が召喚されてしまったのか。ただの偶然では話が済ませられない。
そして村の地下にあった、悪魔召喚用の魔導具。昔に一度、使われた痕跡があった。今思えば、二年前にもあれを使い、悪魔を召喚したのではないか?
イルザの話を信じれば、全て辻褄が合ってしまうのだ。
「だから黒滅によって、村人が皆殺しにされるのは私にとって喜ばしいことだたのだ。黒滅は私にとって、救いの使者だったのだ。しかし二年前の愚かな私は、その圧倒的な力を前に動揺し、あんなことを口走ってしまった」
──来ないで! 化け物! そんなおぞましい力で、みんなを殺さないで!
俺を長年、縛り付けていた言葉のことだろう。
イルザの俺を見る瞳は、恐れや恨みからくるものではなかった。
まるで長年恋焦がれていた憧れの人を前に、目を輝かせているようにも見えた。
「私は黒滅に並び立とうとした。しかし今の私では力が足りない」
「だから悪魔を自分の体に取り込んだのか……」
「そうだ。こうして貴様と戦えることを、私は光栄に思っているよ。こんな楽しい時間を過ごせたんだ。二年前、黒滅に救われた命は、ここで潰えても後悔はない」
そう言って、イルザは魔法で宙を浮く。
「黒滅は無敵だ。貴様に近付くものを、自動的に斬り付けてしまう。この黒滅を前にしては、他の《極光》のメンバーも太刀打ち出来ないだろう。だが、黒滅にも弱点はある」
そのまま彼女は高度を上げ、とうとう視認出来ないくらいまで移動してしまう。
『地上からおよそ、
脳内に直接響いてくるような、イルザの声。
おそらく、魔法を使って俺に語りかけているのだろう。
『貴様に近付くのが危険なら、黒滅の範囲外から攻撃を仕掛ければいい。そしていずれ、貴様の魔力は枯渇する。悪魔を取り込んだ私の魔力量は、貴様を凌駕している。黒滅が発動出来なくなってから、私はゆっくりと貴様を料理すればいい」
天空からどす黒い色をした衝撃波が襲いかかってくる。
それは俺という呪われた子への、断罪のようにも思えた。
「ノア様っ!」
ライラがすぐさま結界を張ってくれるが、衝撃波が当たる度に破壊されていってしまう。
フィオナとメリッサもなんとか自分の身だけなら守れるが、このままではジリ貧。
何故なら、こちからの攻撃は届かないのだから。
だが。
「……そうか。ヤツも黒滅の煌めきに人生を壊された人間だったか」
黒滅の煌めきによって、今まで幾たびもの人間の人生が壊されてきた。
ある者は、圧倒的な力の前に絶望を。
ある者は、自分では手にすることの出来ない力を前に嫉妬を。
そして……イルザのように、憧れを抱いてしまう者も。
《極光》のメンバーだって、そうだ。
俺がいなければ彼女らは、一人で冒険者として活動していただろう。元来、群れるのが嫌いな人種だ。
しかし三人とも黒滅の煌めきを見てしまったことにより、《極光》として群れ、こうして行動を共にしている。
彼女たちの場合、それは人生に良い影響を及ばしただろうが、イルザにいたっては違う。
この二年間、ずっと黒滅に縛られ続け、とうとう悪魔をその身に宿すことにすらなってしまったのだ。
「なら、俺はその呪縛を解き放ってやらなければならない」
先ほど、イルザが飛んでいく方向を見やる。魔力の残滓から、彼女の位置を逆探知する。
「なあ、イルザ。俺の声が聞こえるだろう?」
そう言って、俺は剣を鞘に直した。
「今からお前を救ってやる。
『全力……だと? ふんっ、二年前に暴走させた、あの黒滅のことか。あの時の黒滅は村全体を覆った。無論、黒滅の有効範囲が自分の周りだけとは思わないさ。その範囲はどれくらいだ? 十キロメートルか? 二十キロメートルか?』
せせら笑うようなイルザの声。
そんなことを考えたのはイルザだけではない。
皆、勘違いする。
黒滅の有効範囲は俺の周りだけ。
少しくらいは広げられるかもしれないが、それを無視するくらいの超遠距離から攻撃を放てば問題はない……と。
だが、黒滅の真の姿を見た瞬間、皆は絶望する。
何故なら──。
「世界全域だ」
黒滅から逃れられる方法は、なに一つないことを知ってしまうのだから──。
「よくここまで頑張った。でもそろそろ終わりにしよう。お前に絶望──そして希望を見せてやる」
俺は目を瞑り、精神を集中する。
そしてゆっくりと目を開け、こう唱えた。
「黒滅──」
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