第16話・《極光》は負けない

「バカな、バカな、バカな!」


 セシルがわなわなと震える。


「最速だというのにその上、最固さいこだと言うのか!? そんなの反則じゃないか。神は二物を与えたというのか!」

「そうだ。神は天才に二物を与えた」


 ここで俺は床を蹴る。


《影の英雄団》の男たちも一箇所に集まり、なによりセシルが動揺して体勢を崩した。

 今なら彼を崩すことが出来る。


「舐めるなあ!」


 だが、セシルも往生際が悪かった。

 手をかざし、再び水竜血弾すいりゅうけつだんを放とうとする。


「私の水竜は一体だけしか錬成出来ないと思っていましたか?」


 挑発的な口調で言うセシル。


 セシルの周りに四体の水竜が現れる。

 それは彼を守る、守護竜のようにも見えた。


「これだけの威力! たとえ天城であっても、防ぐことは出来ないでしょう! あなたの伝説はここで途切れるのです!」


 四体の水竜がライラに殺到する。


 しかし。


「お前の話はつまらなすぎる」


 俺はライラの前に立ち塞がり、黒滅を発動した。


 人は斬れない。

 だが、魔法で出来た水竜なら別だ。


 黒い閃光が自動的に、四体の水竜を斬り裂いた。


「え、え……?」


 セシルがなにが起こったのか把握出来ていないよう。


「その程度の力で、強さを驕るな。駄竜だりゅうごときで、《極光》に黒星を付けることは不可能」


 隙が出来た。


 俺は一気にセシルと距離を詰め、彼に手をかざす。


「そ、そんな……こんなの、出鱈目じゃないですか。私はこれでも、闇パーティーに堕ちる前は真面目に鍛錬し、冒険者としてA級まで昇り詰めた。それなのに、こんな理不尽な強さに蹂躙されるというのか──」


 こいつがどんな人生を歩んできたのかは分からない。

 人並みに努力もしてきたのだろう。


 だが、《極光》の敵として立ちはだかった場合、俺たちは自らの最強を証明するために、力を振るわなければならない。

 ゆえにこいつの人生など、知ったこっちゃなかった。


「眠れ」


 光魔法を発動──。


 黒い光がセシルを包む。光が消え去った頃には、床で横になって瞼を固く閉じているセシルの姿があったのだ。




「セ、セシル様がやれたぞ!?」

「なんということだ! セシル様がいてなお、これだけ歯が立たねえっていうのか?」

「こんなの勝てるわけがねえ。《影の英雄団》なんて知ったことか。こんな場所にはいられねえ!」


 セシルの敗北を受けて、《影の英雄団》の男たちが散り散りに逃走を始めた。


「追いかけないのですか?」

「あんな下っ端共が、《影の英雄団》の内部情報を知ってるはずがないさ。それに……」


 と俺は黒い光魔法で拘束され、未だに意識を失っているセシルに視線を移した。


「話なら、こいつから聞けばいい。不必要に弱い者虐めをする趣味もないしな」


 と肩をすくめる。


「さすがノア様。慈悲深いお方ですね。しかし人によっては『甘い』と称するかと」

「そういうお前こそ、随分甘いことをするじゃないか。さっきの結界魔法、自分の周りにさえ張っておけばよかっただろう? それなのに、あいつらも一緒に守るだなんて真似は魔力の無駄遣いだ。優しくなったな?」

「僕は元から優しいですよ」


 不満げにライラが唇を尖らせ、こう続ける。


「それに僕の出身である忍者の一族は、時には暗殺も請け負っていた集団です。人の命には、灰ほどの軽さも感じていませんよ。ただ……その男の思い通りにさせたくなかったからです。なんか、むかつきますから」

「まあ、そういうことにしといてやるよ」


 俺とは違い、ライラは必要な時には人を殺せる厳しさも持ち合わせている。だが……今回の件に限っては、彼女の言っていることが本当か嘘か分からない。


 フィオナと違って、感情表現に乏しい女の子だからな。

 ライラとは長年付き合っていたが、いまいち彼女の感情は掴めない。

 まあ、そういうところも彼女らしくて、俺は好きなんだが。


「ノア様と久しぶりに会えて、僕は嬉しいです。あとでいっぱい、いちゃいちゃしましょう」

「やめろ。そんなことをしたら、フィオナがまたうるさい」

「そういえば、あのバカ女はどこにいるんですか? まさかノア様が戦っているのに、どっかで間抜けヅラして寝てるんですか?」


 辺りをキョロキョロと見渡すライラ。

 口が悪い。

 しかしフィオナに対するライラは、いつもこんな感じだった。ライラは俺以外の人間に、なかなか心を開いたりしない。


「ああ、あいつもここに来てる。しかし今は別のところで戦っているんだ。相手はB級冒険者……とか言ってたような気がする。しかも二人だ」

「そうですか。なら、もう少しでフィオナとも久しぶりに会えそうですね」


 ライラは淡々とそう口にする。


 フィオナのことを『バカ』とか『間抜け』とは言っているが、彼女の勝利を一切疑っていない。

 こいつはこいつなりに、フィオナの実力を評価しているのだ。


「だな。とはいえ、さっさと合流しちまうか。どうせ今頃、手加減を誤って部屋ごと破壊しているだろうから……」


 と言葉を続けようとした時であった。



『しばし、足を止めてもらおうか』



 突如、声が聞こえた。


 さらに数瞬後、カチッと音がしたかと思うと、床に倒れていたセシルの体が──内側から


 爆風が俺のところまで届こうかとした時、


「ノア様、黒滅を使うまでもありませんよ」


 ライラがすかさず、結界魔法を張ってくれた。


 そのおかげで爆発の余波はここまで届かず、俺たちは無傷のままだった。


「……無駄なことを喋らせないよう、役立たずは始末したってことか?」

『半分は正解だ』


 と声と同時、俺たちの前に一人の女性が現れた。


 しかし書庫でのセシルと同様、姿が揺らめている。魔法によって遠隔から、映像をここに投影しているに過ぎない。こいつの居場所はまた別のところにある。


『久しぶりだな、黒滅』

「なにを言っている?」


 目の前の女(の映像)に、不審感が募っていく。


 赤髪の女であった。

 歳は俺たちと同じくらいに見える。

 不機嫌そうに表情を強ばらせているが、顔の造り自体は整っていた。


 こんな特徴的な女、一度でも会っていればさすがに覚えている。

 しかしいくら記憶を遡っても、彼女に関する情報が出てこないのであった。


「半分は正解……? どういうことですか」


 ライラが俺を守るように一歩踏み出し、女に問いかける。


『そのままの意味だ。セシルが役立たずであることは正解。だから始末した。しかし我々のやろうとしていることを隠すつもりは毛頭ない』

「仲間に散々な言いようだな。それにこいつは《影の英雄団》のナンバー2と言っていたぞ? それは嘘だったのか?」

『本当のことだ。確かにそいつは、組織内で二番目の実力を誇っている。しかしそれを鼻にかける言動も目立った。私としては、ただただ不快だったよ』


 と顔を歪める女。


 それにはセシルを気遣うような感情が、一切含まれていなかった。


「……で、お前は何者だ。このタイミングで出てくるってことは、《影の英雄団》のトップといったところか?」

『察しがよくて助かる。だが、記憶力の方はそうでもないようだ』

「どういうことだ? 俺はお前と初めて会うはずだが……」


 俺の言葉を聞いて、女の顔が憤怒の色に染まる。


 これはただの映像のはずなのに。

 彼女の激しい感情の揺らめきが、ここまで届くかのようであった。


『初めて……? これを見てなお、まだ思い出せないというのか!』


 と女はいきなり、前開きのシャツのボタンを引きちぎる。


 それによって下着もなにも付けていない、彼女の上半身が露わとなった。


「ノ、ノア様!? 見ちゃいけません! ノア様にえっちなことは、まだ早いです!」


 ライラが疾風のごとき速さで、両手で俺の目を覆う。


 こいつは俺の保護者か……。

 しかし彼女の小さな手では、完全に俺の視界を遮ることは出来なかった。



 彼女の二つの膨らみの間には、傷跡が刻まれていた。

 傷跡には微量な魔力が残っている。

 それは俺の記憶を呼び覚ます、罪なる刻印。



『来ないで! 化け物! そんなおぞましい力で、みんなを殺さないで!』



 あの時から俺の心を蝕んでいる呪いの言葉が、はっきりと聞こえてくるようであった。


「お、お前は……」

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