第15話・天城の守護者

「ライラ……! 天城の守護者……っ!」


 彼女──ライラの登場に、セシルは驚愕の声を発する。


「やっぱりライラは有名人だな」

「ノア様ほどではありません」


 一方、俺とライラはそんな軽口を叩いていた。


《影の英雄団》の間で動揺が広がっていく。

 ヤツらにしても、ライラの登場は想定外だったということか。


「くっ……! 怯む必要はありません!」


 しかしそんな中でも、セシルは部下たちに的確な指示を出す。


「あんな小柄な少女。取るに足りません。少々お相手さんの人数が増えたところで、やることは変わらない。手数と人員の多さで、あの二人を押し込むのです!」


 セシルの指示によって、皆の表情が変わる。

 数ではあっちが優っているからな。ライラの登場ごときで、戦況は大きく変わらないと判断したのだろう。


 だが。


「それは判断ミスだな」


 と俺は呟く。


 俺の声は聞こえていないのか、再びセシルと他の団員たちも一気に俺たちに襲いかかってきた。


「ライラ」

「分かっています」


 名前を呼んだだけだというのに、ライラは全てを把握したかのように、体勢を低くする。



 次の瞬間、彼女の姿が



「え?」


 セシルが間抜けな声を漏らす。

 ライラの敵の集団のど真ん中に現れ、十字架の形をした小さい短刀のようなものを相手に浴びせる。


「な、なんだ、この武器は!?」

「見たことねえぞ!?」

「それに速すぎる! 動きが捉えられねえ!」


 室内を縦横無尽に動き回り、その短刀で攻撃を加えていくライラに早くも《影の英雄団》のフォーメーションが崩れ始めた。


「まあ、普通なら戸惑うだろうな」


 ライラが今、使っている武器は『手裏剣』と呼ばれるものだ。


 彼女の出身は東洋の国。

 あそこは島国で独自の文化を築いているため、必然的に他国では見たことのない戦い方が流行っている。


 その中でもライラは『忍者』と呼ばれる一族の中のだ。


 目にも止まらぬ速さで動き回るライラには、天地は関係ない。

 壁や天井を走り、相手を撹乱する。

 

 魔法もろくに使っていないのにどうしてこんな真似が出来るのかと、最初は不思議だったが……どうやら忍者の中で伝わる秘法『忍術』と呼ばれる技を使っているらしい。


 そして手裏剣に代表される特殊な武器を用いて、相手に攻撃を放つ。

 見たことのない戦法、武器。


 なにより──その速さ。


 いつしか敵はライラの動きに翻弄……そして魅了され、彼女から意識を逸らすことが出来ないでいるのだ。


 相手からのヘイトを一心に受け、味方が戦いやすいように立ち回る。

 これこそ、ライラが世界最速の回避盾役タンカーと呼ばれる所以であり、彼女がいてくれたからこそ俺たち《極光オーロラフォース》は自由に戦うことが出来ていた。


「冷静さを失わないでください! 落ち着いて相手の動きを捉えるのです! さすれば天城の守護者とはいえ、私たちの敵ではない……」


 セシルが声を張り上げ指示を出すが、既に部下たちの耳には届いていないようだった。

 ライラを前にした者は、全員こうなってしまう。


 それにこいつらごときが落ち着いたところで、ライラの動きを捉えられるはずがない。

 だてに彼女も最強パーティー《極光》の一員ではないのだ。


「くっ……!」


 セシルの表情が悔しそうに歪んだ。



 ◆ ◆



 セシルは彼女にたった一発も攻撃を命中させることが出来ないでいた。


(さすがは天城の守護者。世界最速の盾役タンカーという称号は誇張でもなんでもなかったようですね)


 ライラの情報は事前に知っていたはずだった。

 しかし彼女を前にして、自分も冷静さを失ってしまったということか──とセシルは分析する。


(どうすれば……)


 戦況を眺めながら、再度セシルは落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。


 セシルが《影の英雄団》ナンバー2にまで成り上がったのは、なにも彼の使う水魔法が優れていただけではない。


 戦況を分析し、相手の弱点ウィークポイントを探す洞察力。

《影の英雄団》の中でも、きっての頭脳派。


 その経験と驕りが、セシルを冷静にさせた。


(今のところ、黒滅は目立った動きを見せていない)


 どうやら天城ライラに戦闘を任せているようだ。

 だが、こちらが少しでも隙を見せれば、途端に動き出すだろう。

 ならば今の黒滅ノアは、好機を見逃さないように集中しているだけに過ぎない。


(本来なら、ここで黒滅に総攻撃を仕掛ければいいだけのことですが、天城がそれを邪魔する)


 ライラの速さに皆は追いつけていない。


(しかし……回避盾役タンカーというものは、速さで相手を撹乱する役割。一度だけでも攻撃を命中させてしまえば、意外と脆い)


 たった一撃。

 それさえ当ててしまえば、ライラは崩れ去る。


(そうだ、たった一撃だ。どのような手段を使っても一撃さえ当てることが出来たら、また戦況を私たち有利に戻すことが出来る)


 セシルはある考えを閃き、ニヤリと口角を吊り上げる。


「天城を囲みなさい!」


 すぐさま指示を出すと、部下たちはライラを追いかけるのを中止し、彼の指示通りに動いた。

 それをライラが怪訝そうに見る。


「どうしましたか? こんなに一箇所に集められたら、格好の的になりますが」

「はい、その通りです。彼らは犠牲です」


 ──水竜血弾すいりゅうけつだん


 先ほど、ノアを殺すべく放った魔法を再び発動する。


 彼の狙いにライラも気付いたのか、ここで初めて彼女の声に動揺が入り混じる。


「なっ……! まさか私をやるつもりですか!?」

「天城の守護者をれるんですから、彼らも本望でしょう」


 一切の躊躇なく。


 セシルは水竜血弾をライラ──そして彼女を囲った味方に放った。

 必殺の水竜が彼女たち目掛けて、一直線に伸びていく。


(さて、避けれますか? 敵とはいえ、人間の命を見捨てることがあなたに出来るのか)


 ノアを見て気付いた。

《極光》は甘ちゃんの集団だ。人が死ぬことを極端に怖がっている。

 ゆえに敵とはいえ、人の命が散ってしまいそうになる時はそこに一瞬の迷いが生まれる。


(その迷いこそが致命傷……!)


 ライラに一撃浴びせられるチャンスなのだ!


(部下は他にも控えています。天城を殺った後、そいつらでゆっくりと黒滅を嬲り殺せばいい)


 セシルは自らの勝利を確信して、微笑んだ。


 しかし。



「え……?」



 水竜血弾は無事に命中──したように見えた。

 だが、セシルの目に映ったのは無傷のライラ──そして彼女を囲う味方の姿であった。



 ◆ ◆



「天城の中には誰も侵入させません──ノア様以外はね」


 涼しげな表情で、ライラがそう言い放つ。



 彼女を中途半端に知っている者が、よく勘違いすることがある。



 天城は世界最速の盾役タンカー

 相手を速さで翻弄する一方、驚くほどに脆い。


 ゆえにたった一撃。


 一撃さえライラに命中させることが出来れば、彼女に勝てる──と。


 しかしそんな分かりやすい弱点があるのに、最強の盾役タンカーになれるわけがない。


 天空に聳え立つ城には、何人たりとも辿り着くことが出来ない。

 そして仮に空を飛び天城に挑んだとしても、その強固な守りに阻まれる。


 今、彼女は自分の周りに結界魔法を張った。

 セシルの魔法ごときでは、彼女の結界を突破することは出来ない。



 彼女は世界最速の盾役タンカーでありながら、世界最固さいこ盾役タンカーなのだ。



 敵もろとも守ったのは、命の守護者としての本能だろうか。


 味方もろとも殺そうとしたセシルに、ライラは静かな怒りをたぎらせているようだった。

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