第14話・ライラ見参

「くっ!」


《影の英雄団》の猛攻を前に、俺は攻めあぐねいていた。



「黒滅って言っても、大したことないんだな!」

「こんなので最強を名乗ってたのか? 笑わせる!」



 俺がなかなか突破口を見出せないのを良いことに、男たちは好き勝手に言ってくれる。


「油断してはいけませんよ」


 しかし自称《影の英雄団》のナンバー2のセシルは口元に笑みを浮かべながらも、隙を見せない。

 戦闘中に笑うヤツの顔と声が、俺の神経を逆撫でした。


「これだけの攻撃を前に、未だにも被弾を許していない。しかも私の魔法を全て斬り伏せている」


 なるほど。

 ナンバー2というのは伊達じゃないらしい。こいつだけは戦局を冷静に見ることが出来るらしい。


「そもそも黒滅を前に、いくら数など多くても本来は無意味のはずです。何故なら、あなたが纏う──黒の閃光が攻撃を全て一閃するのですから」

「……気付いていたか」


 と俺は目の前に迫ってきていた水弾を、剣で斬りながらヤツの言葉に答えた。


「そこまで分かっていたというのに、どうして手数と人員の多さで攻めようとした?」

「決まっています。本来のあなたを相手にするわけではないからです」


 回りくどい言い方をしてから、セシルはさらに続ける。


「黒滅──使えないんですよね?」


「…………」


 沈黙して、今度はヤツの問いに答えない。


 俺の反応を、セシルは肯定だと受け取ったのか。


「やはり……ですか。私の推測は当たっていたようですね」

「なにを言うんだ。その口ぶりだと、屋敷に入る前のことも見ていただろう? 黒滅が使えないわけじゃない」

「いいえ、使えません。あなたは相手に黒滅を使うことを恐れている」


 それも気付かれていたか。


 こうしている間にも、四方八方から攻撃が浴びせられる。

 やられることはないと思うが、さすがにこれだけ敵の数が多いとなると、俺とて骨が折れる。


「マスターの指示でね。あなたのことは調べさせてもらいました。どうして、あなたが《極光》を脱退したのか……についても」

「…………」

「あなたの黒滅は一度、人を殺した」


 こいつは構わず、俺のトラウマを抉ってくる。


「ある村に悪魔が召喚された。しかも一体だけではなく、四体も……です。一体だけでも国が傾くと言われる悪魔相手です。さすがの最強パーティー《極光》であっても、苦戦を強いられた」


 それは事実だ。

 総力戦で俺たちは本気で悪魔に挑んだ。

 しかし悪魔には勝てず、敗戦濃厚の空気が戦場に流れた。


「そこであなたは黒滅を使った。それによって悪魔は全滅。これで村……いえ、世界は救われた。本来なら文句なしのハッピーエンド。

 しかしこの時、黒滅が暴走してしまった。その結果、悪魔もろともその村人全員を皆殺しにしてしまったのです! それからあなたは人相手に黒滅を振るうことを、極端に怖がってしまった」


 これだけ気持ちよさそうに語るくらいだ。


 否定したかったが……それは出来ない。

 何故なら、こいつの語る話は全て真実のものだったからだ。



『来ないで! 化け物! そんなおぞましい力で、みんなを殺さないで!』



 あの少女に言われた言葉は、呪いとなって俺の心を未だに蝕んでいる。


 誰もが黒滅は最強だと言った。

 黒滅に弱点はないと語った。


 しかし──実際は違う。


 黒滅は俺の周りにいる者を、自動的に全て斬り裂く。

 それは裏を返せば、黒滅が暴走すれば敵味方関係なく滅するということだった。


《極光》の仲間たちなら、それでも対応出来る。


 しかしなんら力も持たない……そう、あの村人たちだったら?

 全て黒滅の餌食となってしまった。


「残念ですよ」


 さらにセシルは、俺の精神にダメージを与えるべく言葉を紡ぐ。


「かつてのあなたは、決してヒーローではなかった。冒険者とは名ばかりの、ただのであった。しかし人を殺すのを怖がってからのあなたは、まるで牙を抜かれた子犬のようです」

「……否定はしない」


 と俺は声を低くして答える。


「あれは俺の罪だ。今更、逃げるつもりもない。お前らを殺したくない……なんて甘いことも言わない」


 だが、俺は無意識に人を殺すことを避けている。

 こうしている間にも、黒滅が血を欲しがって震えていることに恐怖しているのだから。

 これがたかが元A級パーティーに、俺が苦戦を強いられている理由であった。


「出来れば、全盛期のあなたと戦いたかった」


 セシルがそう言うと、《影の英雄団》の他の男たちは一斉に動きを止める。

 強大な魔力の集まりに気付いたからだ。


 セシルを中心に魔力が吹き荒れ、俺を一呑み出来そうな巨大な水竜が現れた。



水竜血弾すいりゅうけつだん



 とセシルがその技の名前を唱える。


「伝説はここで終わりです。全力で戦えないまま、あなたはここで死ぬのです!!」


 水竜が雄叫びを上げながら、俺に向かってくる。

 迎撃するため俺は剣を構えるが、両サイドから《影の英雄団》の男どもが走ってくる。

 こいつら……ここまで接近すると、水竜に巻き込まれるぞ。大した自殺願望だ。

 しかしそのせいで黒滅が使えず、次に来るであろう衝撃に耐えるため俺を目を瞑り──。




「ノア様、助けにきました」




 懐かしい声がした。


 瞼を開けた時には、既に俺は水竜から離れた地点にいる。


「え……?」


 とセシルの声。


 突然の第三者の登場に、セシルたちはなにが起こったのか分かっていない様子。

 そのが俺の首根っこを掴み、強引にあの死地から離脱したのだ。


「……助かった。しかしお前にしては遅かったな」

「そう言うということは、僕がここに来ることは分かっていたと?」

「半々だな」


 しかし今日、が街【カマブーズ】に来ることは知っていたし、それなら俺たちの話を聞いて駆けつけてくる可能性は感じていた。


 俺はもう人を殺せない。

 しかしこんなヤツら相手、逃げることは容易だった。


 それでも俺が逃げずに、わざと戦いを長引かせていた理由。

 彼女が来てくれると期待していたからだ。



「久しぶりだな──ライラ」



 俺はかつての仲間──天城の守護者に対して、再会の挨拶を口にするのであった。

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