第13話・準備体操にもならなかったわね(フィオナ視点)

 ノアと一旦別れた後。

 フィオナは赤青二色のピエロのような男二人と、対峙していた。


「あんたたち、名前はなんと言うのよ」


 彼女の質問に、二人は笑みを浮かべてこう名乗る。


「くくく、お前を倒す男の名を知りたいということか」

「我はブルー」

「そして……私はレッドだ」

「へ、へえ」


 その安直すぎるネーミングに、さすがのフィオナも口元をひくつかせる。


 とはいえ、本当の名前を名乗っているという保証はない。コードネームのようなものだろうか。どちらにせよ、そこを深く追及する気にもなれなかった。


「ま、まあいいわ。あっ、それから、私を倒すうんぬんっていうのは、なにを勘違いしているのかしら?」

「どういうことだ?」

「《極光》復活して、初めての正式な依頼だからね。私にけっちょんけっちょんに倒される男の名前を、せっかくだから聞いておきたかっただけ」


 フィオナがそう言うと、レッドとブルーの二人は不快感を顔に滲ませた。


「絶刀はおごりがあるようだ」

「その油断、後悔するぞ」


 先に仕掛けたのは相手だった。

 レッドとブルーは一見、サーカスの道具のようなものを駆使しながら、フィオナに攻撃を仕掛けてきたのだ。


 だが、それで圧されるフィオナではない。

 彼らの攻撃を華麗な身のこなしで躱していった。


「なかなかの速さではないか」

「まあすぐに決着が着いてはつまらない。楽しませてもらうぞ」


 レッドとブルーは自らの力が絶刀(フィオナ)にも通じると思ったのか、表情はどこか楽しげだ。


「速い……ねえ」


 フィオナは相手の攻撃を回避しながら、嘆息する。


「私程度の動きで速いって言ってちゃ、話にならないわ。速さだけに限ったら、私の上がいるんだから」

「……? それは誰だ?」

「……で、ここには他に重要な資料が置かれているのかしら?」


 レッドとブルーの問いかけに、フィオナは答えない。

 この二人とそんな話をしても、なんの実りもないと思ったからだ。


 そのことに対して二人はさほど気にしていなかったのか、フィオナからの問いにこう答えを紡ぐ。


「安心しろ。そんなものはここにない」

「そもそもここに置かれていた資料も、お前らを誘き寄せる撒き餌のようなものだ」

「そんなことを気にしている余裕はあるのか?」


 バカにしたような二人の口調。

 それを聞いて、フィオナは内心ほっと安堵の息を吐いた。


(よかった……)


 これなら──とフィオナは笑みを浮かべる。


「なにを笑っている?」

「我らの攻撃の嵐の前に、反撃する手立てもないのだろう?」

「言ったはずだ。油断はするな……と」


 文字通りの二人のピエロのような言動に、フィオナは思わず笑いを零してしまう。


「ははっ──あんたたち、本当に勘違いしているみたいね。やっぱり弱い人同士でつるんでたら、相手の強さを測ることも出来なくなるのかしら?」

「な、なんだと!?」

「私は反撃する手立てがなかったわけじゃない」


 フィオナは足を止めて、体勢を低くする。

 それを好機と見たのか、レッドとブルーがすかさず攻撃を浴びせる。フィオナは攻撃を躱そうとしない。


 しかし二人の攻撃が彼女に当たることは、二度となかった。

 何故なら。


「絶刀──」


 フィオナが剣を抜いたからだ。


 彼女の前に魔法で錬成した三本の剣が現れる。

 それらは一人でに動き、飛んでくるボールやバトンを全て斬り伏せた。


「ほほお、これが噂に聞く絶刀か」

「しかし思っていたより、大したことはない」


 だが、レッドとブルーは相変わらず余裕を崩さなかった。


「気にしてたのよ」

「なにがだ?」

「この部屋ごと崩壊させてしまうことよ。もし他に重要な資料が残ってたら、それごと消滅しちゃうからね」


 そう──油断していたのではなく、ましてやフィオナは反撃する手段がなかったわけではない。

 ここで暴れることによって、《影の英雄団》の情報が得られなくなってしまうことを危惧していたのだ。


(まあ……驕りはあるかもしれないわね。だけど)


 それを正す気にもなれない。

 何故なら、その驕りこそが彼女を最強の魔導士たらしめている所以にもなるからだ。


「それに大したことないって、これが私の本気だと思っていたのかしら?」

「「!?」」


 次にフィオナがやった行動に、レッドとブルーの二人は目を見開く。


 彼女の周囲に新たに現れた魔法剣。

 その本数は本。


「さあて、あんたらは私の攻撃にどこまで耐えられるかしら?」


 優雅に微笑み、フィオナが剣を振るう──動作を見せた。


 次の瞬間、六十六本の剣の嵐が吹き荒れる。


 周囲にある本棚を両断し、部屋の壁に無数の傷を付けていく。

 絶刀は敵だけではなく、周囲の風景も破壊していった。


「こ、これが絶刀の力だというのか!?」

「わ、我らがここに至るまでの道は無意味だったということか!?」


 レッドとブルーの二人も、フィオナの攻撃の前に為す術がない。



 絶刀の嵐が吹き終わった後、レッドとブルーは白目になって、床に倒れていた。



「安心して。殺しちゃいないわ。あんたらみたいな雑魚の命を狩ってっちゃ、絶刀が錆びるからね」


 そう言って、フィオナは魔力の放出を止める。すると六十六本の剣が消滅した。


「こんなのじゃ、準備体操にもならなかったわ」


 少しは楽しめる戦いが出来ると思った。

 だが、二人のあまりの弱さにフィオナは呆れ返るのであった。


「もっとも……足止めには十分なったようだけどね」


 とフィオナは周囲を見渡す。


 部屋はなかなかの惨状であった。

 室内にあったものは全て斬られ、所々壁も崩落している。


 そしてその中には、ノアが去っていった方向にある──扉もあった。

 瓦礫で埋もれ、このままでは扉の先に向かうことも出来ない。


「扉がなくても壁を、道を作ればいいだけのことなんだけど……これ以上やって、屋敷が完全に崩壊しちゃったら元も子もないし……」


 そうなっては、ノアに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 彼に嫌われることだけは嫌だった。


 絶刀──そのあまりの強さは、術者であるフィオナですら完全に制御することは不可能。

 器用に手加減して、屋敷を崩落させずに道を作ることは困難なのであった。


「早くノアと合流したいんだけど……仕方ないわ。他に道を探しましょ。久しぶりの対人戦だったから、こんな雑魚相手につい張り切っちゃったわ」


 そろそろ手加減出来るようにならなければ。


 そう思い、フィオナは溜息を吐くのであった。

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