第12話・VSセシル

 あのピエロみたいな元冒険者を皮切りに、とうとう《影の英雄団》のヤツらが続々と出てくると思っていた。

 しかし相変わらず、人の気配はするものの俺に襲いかかってくる様子はなかった。


「妙だな」


 走りながら、俺はそう呟く。


 さっきだってそうだ。フィオナに任せて俺が先を急ごうとも、セシルは余裕の態度を崩さなかった。

 そして今、まるで導かれるかのように俺は廊下を走っている。


 これがヤツらの罠だと薄々勘づきながらも、やがて俺は大きな扉の前で辿り着く。

 中から複数の人の気配がする。どうやらここが当たりらしい。


「入るか」


 そう言って、俺は扉を押し開けた。


 すると。


「ふふふ、ようやく来ましたね。遅かったじゃないですか」


 そこに先ほど映像に映し出されていた男──セシルがいた。


「一体なんのつもりだ。それにこの部屋は?」


 トレーニング室といったところか。

 部屋一面にはプールの水が張られている。

 その水の上にセシルは立っていた。水に関係する魔法が得意なのか? わざわざこんな大仰な演出をして、俺が驚くとでも思っているのだろうか。


「言ったでしょう? 私はあなたたちの実力を確かめたい……と」


 とセシルが音楽団の指揮者のように、右手を挙げる。


「絶刀もそうですが、私がより気になっているのは黒滅──あなたです」

「男にモテても、嬉しくないがな」

「あなたは長らく、最強として冒険者の頂点に君臨していた」


 俺の声が聞こえていないのか。

 それとも話を聞く気がそもそもないのか。

 セシルは気持ちよさそうに、こう続ける。


「全員が最強の《極光オーロラフォース》の中でも、さらに最強と謳われた冒険者。他の絶刀、天城、鏡槍の三人も黒滅が最強だと認めていたと言う。気になるんですよ。他の二人は知りませんが、絶刀は簡単に他人の強さを認めるタイプではなさそうでしたから」

「人を見る目は確かなようだな。その通りだ。フィオナは他人の強さを認めない」


 それは他の二人も同様である。


 自らの強さに誇りを持っていた。

 そんな三人に最強として認められていたからこそ、俺はあいつらの期待を裏切らないように、今まで駆け抜けることも出来たかしれない。


 ……もっとも、それも二年前のあの事件までだったが。


「それだけの強さ! 私がこの目で確かめる必要がある! ゆえに、絶刀と分断させて、あなたをここまで誘き寄せた! さあ、戦いましょう! そして……」

「悪いが」


 そう言って、俺は剣を抜き。

 そして水の上を、一瞬でヤツと距離を詰めた。


「つまらない話は嫌いなんだ。興味があるのは、悪魔召喚についてだ。さっさと勝負を着けて、話を聞かせてもらうぞ」


 一閃──。


 黒色の光によって覆われた剣を、彼の胸元を横断するように振るう。


 しかし。


「黒滅はせっかちのようですね」


 その瞬間、セシルの前に水の壁が現れた。

 黒滅は水の壁によって阻まれ、ヤツには届くことがなかった。


「ちっ」


 舌打ちをする。


 しかし、こんなもので動揺はしない。

 こんな小物に使いたくなかったが……仕方がない。黒滅発動。

 俺の周囲にいる者を、黒色の美しい閃光が自動的に捕らえる。


「映像でも拝見させてもらいましたが、これが本物の黒滅。だが、それではまだ私に届かない」


 俺たちを囲むように水の柱が立ち、そこから無数の鳥のようなものが錬成された。

 全て水魔法で作った、偽りの鳥であろう。

 黒滅はセシルには届かず、代わりに水で形成された偽りの鳥を全て叩き落とした。


「ふんっ、手数で押し切るつもりか」


 そしていくら斬っても、次から次へと偽りの鳥が錬成されていく。これではさすがに黒滅でも、キリがない。


 さらに悪いことは重なる。



「あれが黒滅か!」

「今のうちにやっちまえ! 黒滅にビビんじゃねえぞ!」



 部屋の至る所から、《影の英雄団》の団員らしき人物が現れ、一斉に殺到してきた。

 入る前から複数の人の気配があるように感じていたが、どうやらそれは間違いなかったらしい。


「さすがの黒滅でも、この私の魔法……そしてこれだけの人数を相手にするのは不可能でしょう?」


 セシルは魔法で作られた水の柱の上に立ち、俺を見下す。


 わざわざこの部屋に誘き寄せたのも、自分の有利なフィールドに持ち込むためか。

 水魔法が得意(であろう)な彼にとって、水が張られたプールがある部屋は絶好の場所だ。


「あまり俺を舐めるな」


 そう言いながら、俺はセシルの魔法……そして他の団員たちの攻撃をいなしていく。



「ど、どういうことだ!? これだけの人数を相手に、どうして攻めきれない?」

「問題ねえ! 相手は一人。防御で精一杯で攻撃出来てねえ!」

「このまま長期戦に持ち込めば、相手が勝手に体力を切らしてくれる」



 そんな的外れ……とも言い難いことを、団員たちは声を飛ばし合っている。


「そうですね。ここまでやれるとは思っていませんでした。それは謝りましょう」


 とセシルは言っているが、まだ自分の勝利を確信しているかのよう。


 とはいえ、今まで俺がくぐり抜けてきた修羅場に比べたら、この程度の攻撃は大したことがない。殺されることはないだろう。


 だが、攻め手に欠けるのも事実だった。


 せめて。


「ライラがいてくれれば、この均衡を崩せるんだが……」


 あと一日──《光の勇者たち》が時間を稼いでくれれば、ライラと合流してからここまで来れたし、こんなことにならなかったのだがな。


 相手の攻撃を防ぎながら、俺は彼女の存在を渇望するのであった。



 ◆ ◆



 街【カマブーズ】のギルド。



「すみません」



 受付に一人の少女がやってきた。


「はい、なんでしょうか?」


 受付嬢の一人が、彼女に対応する。


 その少女は冒険者ギルドに似つかわしくないほど、小柄で可憐な少女であった。

 奇怪な服を身につけている。全身黒装束の見たことのない服だ。そのせいで、水色のショートカットの髪がやけに目立つ。


「ノア様がここにいると聞いていたのですが、姿が見当たりません。ノア様はどこにいるんですか?」

「え、えーっと……」


 どうしてこの少女はノアを探しているんだろう? 

 それにノアは現在、大事な任務中である。簡単に居場所を教えていいものなのか。


 逡巡していると、彼女に肩にカワウソが乗った。

 ギルド長だ。


「おおっ! ようやく到着したか。黒滅から話を聞いておる。二人なら悪いが、ここから少し離れたところに仕事をこなしにいっている。早く会いたければ、そちらに向かうといい」

「仕事……? 僕を差し置いて、ですか。まあいいでしょう。どこですか?」

「うむ、場所は……」


 ギルド長が少女に説明する。


 それを聞いて、


「分かりました。では、行ってきます」


 と少女は無表情のまま頷いた。


「ま、待ってください。ノアさんとフィオナさんがいる場所は、とても危険な場所。あなたのように可愛らしい女の子では……って、あれ?」


 受付嬢が止めようとするが、その少女はいつの間にか目の前からいなくなっていた。


「ふう、やはり速いな。本来なら一時間はかかる場所にヤツらのアジトはあるが……彼女なら、あっという間に黒滅たちの元に辿り着けるじゃろう」


 とギルド長が感服した様子。


「ギルド長、教えてくださいよ。あなたは既に知っていそうでしたが、彼女は何者なんですか?」

「おお、そなたにはまだ説明していなかったな」


 ぺしぺしと自分の額を叩くチャーミングな動きをしながら、ギルド長はこう答えた。



「彼女は世界最速の盾役タンカー。黒滅以外では何人たりとも、彼女に触れることすら至難の業。そんな彼女はこう呼ばれている。天城てんじょうの守護者──とな」

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