第11話・重要資料発見。敵もついでに

「……誰も出てこないわね」


《影の英雄団》のアジト【貴族の屋敷】を歩きながら、フィオナが不満げにそう呟いた。


「ああ。人の気配は確かにするんだがな」

「そうね」


 屋敷内にも罠が色々と仕掛けられていたが、全て黒滅にて斬らせてもらった。

 これくらいなら、ライラがいなくてもどうってことはない。


 これはどういうことだろうか?

 人の気配というのは、俺とフィオナの勘違いで、《影の英雄団》の連中は全員逃げ出してしまった?


 いや──。


「私とノアに恐れをなしたのかしら」


 フィオナがどこか誇らしげに言う。


「相手からしたら、《極光オーロラフォース》が復活しているだなんて知らないだろう。それに……仮にもA級パーティーの《光の勇者たち》を退けたんだ。今は敵なし……という具合に自信を肥大させているだろう」

「でも、ヤツらがスパイを紛れ込ませて、私たちの情報を既に得ている可能性もあるじゃない?」

「……まあ、それもそうだな」


 その可能性については、俺も考えた。


 いくら今は使われていない貴族の屋敷とはいえ、ここは街からもそんなに離れていない。

 それなのに、こんな目立つアジトをギルドが今まで見つけられなかったのは、どうしてか?


 その理由はギルドに内通者がいて、こちらの情報が全て筒抜けだったと考えれば腑に落ちる。

 そうなってくると、俺が冒険者ライセンスを再発行した際のどんちゃん騒ぎも、ヤツらの耳に入っているだろう。

 負けるものとは思えないが、油断は大敵だ。


 ……というようなことを考えながらアジト内を散策していると、俺たちはある一室に足を踏み入れた。


「ここは書庫か?」


 本棚が並べられ、そこにはずっしりと本が入っている。


 ここにはなにかある。


 そんな予感を抱きつつも俺たちは奥に進んでいくと、やがて扉が現れた。

 さらに扉の前には……。


「……! 見て、ノア。この書類、『重要資料』って書かれてるけど……」


 テーブルがあり、そこには書類の束が置かれていた。

 あまりにも不自然な配置だ。


 しかしフィオナは全く警戒せずに、書類を手に取り、俺に顔を向けた。


「そう、ぽいぽい手に取るな。お前は落ちているものをなんでも拾い上げる子どもか」

「罠とかもなさそうじゃない。仮にあったとしても、そんなの私が斬り伏せちゃうしー」


 とフィオナが唇を尖らせる。


 不思議なもので、こういう動作も絶世の美少女である彼女がすると、可愛らしく見えるから不思議なものだ。


 俺がそんなことを思っていることも露知らず、フィオナがパラパラと書類を捲る。


「こ、これは!?」

「なんと書かれているんだ?」


 俺はそう問う。


 フィオナがこうして切羽詰まった表情をするのは珍しい。

 一体、なにが書かれていたというんだ……?


「……悪魔召喚」

「……!」


 その単語を聞き、さすがの俺も体が硬直する。


「流し読みしてるだけだから、ちゃんとは読めてないけど、これにはそう書かれているわ」

「嫌な言葉を聞いてしまったな。のことを思い出す」

「ええ」


 フィオナも苦い表情を作る。


 分岐点ともなった二年前の出来事──俺がパーティーを脱退し、《極光》が事実上解散となってしまった事件だ。

 どこか呑気だった俺たちの間に緊張が走る。


「どうして、《影の英雄団》は悪魔召喚なんかに興味があるのかしら。それに……」

「まあ待て」


 と俺はフィオナの言葉を制止する。


「そのことは、ヤツらにいいだけだろう。おい、出てこい。いるのは気付いてんだ」


 殺気を飛ばしても当初、ヤツらは動かなかった。

 しかしやがて観念したのか。



『くくく、やはり気付いていましたか』



 俺たちの前に一人の男が現れる。


 しかし色素が薄い。姿も不鮮明で、ゆらゆらと揺らめいているように見える。

 これは魔法で映像を映し出しているだけの虚像だ。この映像の人物は、また別のところにいるってところか。


「当たり前だ。こんなバレバレのところに、重要資料を置くヤツがどこにいるか」


 と俺は溜め息を吐く。


『さすがは黒滅と絶刀です。罠もいくつか仕掛けていたのに、よくぞここまで無傷で辿り着きましたね』

「そう言うってことは、やっぱりギルドの情報は筒抜けだったようね。私たちが《極光》だってことを分かっているみたいだし」


 フィオナの言葉に、映像の男はなにも答えなかった。


「お前は誰だ? まさかここが《影の英雄団》のアジトも知らずに迷い込んで、俺たちにお茶目な悪戯を仕掛けた愉快犯というわけじゃないな?」

『もちろんです。私は《影の英雄団》のナンバー2──セシルと申します。以後、お見知り置きを』

「私、自分より弱い男の名前を覚えられないの。ごめんね」

『残念です』


 と男は笑う。


 フィオナはそう言っているが、事実である。こいつは人の顔と名前を覚えるのが大の苦手だ。こういう容姿をしているものだから、今まで数々の男性に声をかけられていたが、十分もすれば「え? そんなヤツ、いたっけ?」と真顔で言ったりする。


「お前と話をする時間がもったいない。お前はなにを考えている? どうして俺たちをここに誘き寄せた。どうして《極光》が来ると分かっていても、逃げなかった。それに悪魔召喚とは……」

『まあ、そう殺気立たないでください』


 男──セシルが手を前に突き出す。


『順番に答えていきましょう。私はあなたたち《極光》の実力を確かめてみたかった』

「随分と余裕なんだな」

『《極光》といえば、全冒険者の憧れでもあった最強の冒険者パーティーでしたからね。私も元は冒険者だった一人。《極光》の力を目の当たりにしたかった。そして悪魔召喚についてですが』


 セシルがパチンと指を鳴らす。



『興味があるなら、私が直々にあなたたちにお話ししましょう。まずはその男たちを退けて、私のところまで辿り着いてください』



 それが合図だった。


 本棚の影から二人の男が現れる。

 無論、そこに人が潜んでいたことは初めから知っていたので、俺もフィオナもそれについては驚かない。


 だが。


「うわあ、趣味の悪い男……」


 フィオナが不快感で顔を歪ませた。


 その二人組の男は、それぞれ赤と青の服に身を包んでいた。一人は複数のボールを持ってお手玉をしているし、もう一人はバトンをクルクルと回している。

 まるでサーカスにいるピエロのような風貌だ。


『その二人にすら勝てなければ、話になりません。言っておきますが、その二人は元B級冒険者。油断していれば、さすがの《極光》とて足元をすくわれますよ?』


 とセシルが説明する。


 なるほど、まずはこの二人相手に腕試しをしてみろということか。


 二対二。

 側から見れば、対等な戦いだ。


 しかしこいつらは俺たちを舐めすぎている。


「……たった二人で私たちを止められるとでも思っているのかしら?」


 フィオナも俺と同じ感想を抱いているのか、体から怒気を奔流させた。


「ノア、先に行きなさい。こんな二人、私だけで十分だわ」

「いいのか?」

「当然。あんたもこんなところで、時間の無駄遣いはしたくないでしょ? こんなヤツらに黒滅を使う価値なんてないわ」


 自分のことのように、自信満々にそう言い放つフィオナ。


「分かった。じゃあ、ここは任せたぞ。俺はあのセシルだとかいう男を探し出す」


 ここでフィオナを心配して「俺も戦う」と言うのは、それこそ彼女に失礼だ。



『私だけでも大丈夫』



《極光》の彼女たちがそう言ったなら、俺はそれを不安がったりしない。

 彼女たちに対する絶対の信頼。

 そうして《極光》というパーティーは、最強の座に駆け上がったのだから。


「はあ!? おらたちが眼中にないっていうのかよ?」

「そんな簡単に通らせねえよ!」


 彼らを無視して扉の先に進もうとすると、ピエロのような二人が俺に襲いかかってくる素振りを見せた。


「ダメじゃない」


 だが、彼らの足元に魔法で錬成した剣が着弾。

 赤と青の男が振り返ると、そこにはフィオナが好戦的な笑みを浮かべていた。


「あんたらの相手は、この私。私も腹が立ってんのよ。絶刀としてほとんど活動してこなかったとはいえ、元B級に私……そしてノアが舐められてんだからね。さっさと鬱憤を晴らさせてちょうだい」

「……っ! 舐めてんのはそっちだ!」

「そうだ! 元B級というのは、冒険者時代の話。今はA級に匹敵するんだからな。S級とはいえブランクもあるし、A級二人を相手にするのは骨が折れるだろう?」


 フィオナの挑発に二人は気を取られたのか、俺を簡単に通らせてくれる。

 それに対して、未だ映像が映し出されているセシルはニコニコと不気味に笑うのみ。こうなることも、ある程度織り込み済みだったのだろうか。


 なんにせよ、このむかつく男に直接話を聞けば事足りる。

 俺はここをフィオナに任せて、書庫を後にした。



「あんたたち、この世界にA級はいっぱいいるのに、どうしてS級が四人しかいないのか知ってる? 誰もS級わたしたちの足元にも及ばなかったからよ」

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