第10話・全力の黒滅

 その《影の英雄団》のアジトは、街【カマブーズ】を出て、一時間ほど歩いた場所に存在していた。


「ここね」


 アジト──屋敷の前でフィオナは足を止める。


 元がお貴族様が住んでいたということもあって、屋敷の構えはなかなか立派なものであった。

 しかし雑草は生え放題だし、外壁も薄汚れている。これは廃墟と言っても差し支えがない。


「中に人のいる気配はするな」

「そうね。ギルドに居場所を知られているのは、分かっているだろうに……どうして逃げないのかしら?」

「こんなに短時間で場所を移せなかったんだろうな。もしくはギルドが完全に舐められているか、だ」

「ほんっと、たかが元A級の闇パーティーに舐められるなんて、ギルドも堕ちたもんね。《極光オーロラフォース》がいる頃は、そんなことなかったっていうのに」

「まあ、そう言うな。元はと言えば、俺たちが活動を止めてしまっていたことが原因の一端だしな」


 と俺は肩をすくめる。


「逃げないっていうのは、なかなか度胸のあることだけど……そうなったら当然罠とか仕掛けているでしょうね」

「だな。俺とフィオナがいれば問題ないと思うが、気が抜けん」


 実際、屋敷に入る前にもいくつかの罠が施されている。

 なにも知らずない者がこの門を潜れば、タダでは済まないだろう。


「面倒臭いわね。こういう時、天城(ライラ)がいてくれれば、なんとかなるんだけど……」


 天城の守護者。

 S級冒険者であり、《極光》のメンバー。

 彼女はパーティー内──いや、全冒険者の頂点に立つ最強の盾役タンカーである。

 彼女がここにいれば先頭に立ってくれて、罠などもろともしなかっただろう。


「あともう少し──せめて、ライラが街に到着するまで《光の勇者たち》が持ち堪えてくれればよかったんだけどな」

「ノアの実力を見抜けず、あなたを追放してしまうくらいのパーティーだもん。昨日から、そんなに期待していなかったわ」

「まあヤツらの悪口を言ってても、時間の無駄だろう。俺たちがいない間にライラが街に着いたら、対応してくれるように頼んでいるしな。こっちはこっちで、さっさと終わらせるぞ」


 俺は気合いを入れ直し、屋敷内に足を踏み入れようとする。


 しかし。


「待って」

「ぐえ」


 そんな俺の首根っこを掴み、フィオナが強引に止める。


「なにすんだ。それに呼び止めるなら、もっと優しくしてくれ」

「これくらいじゃ、なんともないでしょ?」

「……それで。まだなにか言い足りないことがあるのか?」


 フィオナの質問に答えず、俺は問い返す。


 こいつは基本的に良いヤツなんだが、他人の気持ちを理解するのが苦手すぎる。まあこれは《極光》のメンバー全般に言えることだし、俺も人のことは言えないのだが……。


 彼女は真剣な面持ちでこう口にする。




「あんた──どうして黒滅を使わないの?」




 ……っ!


「いえ……言い方を変えた方がいいかしら。どうしての黒滅を使わないの?」


 そのフィオナの声には、俺を心配する類の感情が含まれていた。


「使ってるじゃないか。お前と再会した時……そしてユニークモンスターを倒した時のことを忘れたのか?」

「誤魔化さないで。あんなもんは真の黒滅なんかじゃない。黒滅の力の片鱗よ。あんたを何年間、近くで見てきたと思ってるの?」


 ああ──。

 やっぱり、こいつの前では隠し通せないか。

 俺がわざと力をセーブし、真の黒滅を抑え込んでいるという事実を。


「…………」


 なんと言い返していいか分からず、俺は沈黙していた。


「あんた、やっぱりのことをまだ気にして……」


 しかしそんな俺の反応は、フィオナをますます心配させてしまう結果となった。


「何度も言ったじゃない。ノアは悪くない。あれは避けようのない事故だったって……」

「あれは俺が背負うべき罪だ。それに……フィオナの懸念は杞憂だ。もう二年前のことだぜ? 全力の黒滅を振るわない理由とはまた違うよ」


 わざとおちゃらけて言う。


 これが正しい対応だったのかは分からない。

 しかしこれ以上、フィオナに不必要な心配や苦労を背負わせたくなかった。


「……あんたがそう言うなら、この話はもう止める」


 俺が道化を演じているのは分かっているはずなのに。

 優しいフィオナは、それ以上追及しようとしない。


「だけど忘れないで。私がなにがあっても、あんたの味方。もし困ったことがあれば、すぐに相談して。それが……仲間ってもんでしょ?」

「そうだな。肝に銘じておくよ」


 こんなことをしても、彼女を心配させるだけなのに。

 今の俺は自分すらも騙し、そんな嫌悪感に満たされた欺瞞を吐くしか出来なかった。



 ◆ ◆



《セシル視点》


「セシル様、どうやら来たようです」


 屋敷の内部。

 魔法水晶に照らされた、屋敷の正門前の映像を見ながら、セシルは部下と話し合っていた。


「ようやく来ましたか。意外と遅かったですね」


 少女と少年の二人組を見て、セシルがそう言葉を漏らす。


「女の方は絶刀でしょう。ならば男の方がまさか……?」

「監視用に仕掛けていた魔法水晶では会話の内容までは分かりませんが、黒滅であると推測されます」

「ほお、こんな顔をしていましたとはねえ」


 黒滅の名前はセシルも知っている。しかしその素顔は仮面に覆われ、知る由もなかった。

 ゆえに長らく最強として君臨していた黒滅の顔が、こんなに可愛らしいものだと知らされても、すぐには理解が追いつかなかった。


 端的に言うなら、


「弱そうですね」


 ……ということであった。


「まあいいでしょう。凡人なら、正門前に仕掛けておいたトラップに為す術がないでしょうから」


 このまま彼らが正門を通過すれば、四方八方から矢が射出される罠を仕掛けていた。


 凡百な冒険者なら、その無数の矢を防ぐ手段はない。

 ゆえに大体の冒険者は正門を避けて、他の場所から入ろうとする。


 しかしやって来た絶刀と黒滅(?)の二人は、威風堂々とした佇まいで正門を潜ろうとした。


「バカめ」


 セシルの口から、思わずそんな声が漏れてしまった。


 罠が発動。

 あらゆる角度から矢が射出され、それはあっという間に黒滅と絶刀の二人へ降り注ぐ。


「……っ!?」


 しかしその時、セシルは信じられない光景を目にした。



 矢は一本たりとも彼らに当たらず、キレイに斬り伏せられていたのだから。



「ど、どういうことでしょうか、セシル様。迎撃した様子もなければ、そもそも剣を抜いたようにも見えなかったのですが……? 一瞬、ピカッと黒く光ったようにも見えましたが……」


 さすがに共に魔法水晶を見ていた部下も、これには動揺を隠せない。


「くっくっく……どうやら本当に黒滅のようです」


 何人たりとも、黒滅には近寄れない。

 彼に近付くものは、全て黒の閃光によって撃ち落とされるのだから。


 セシルだって、元は真っ当な冒険者だ。

 黒滅のそんな噂を聞いたことは、一度や二度じゃない。


「弱そうだと言って、すみません。どうやら私の目が曇っていたようです」


 そう言って、眉間を揉むセシル。

 その口元には光悦な笑みが浮かんでいた。


「おそらく、この屋敷内に施していた罠は全て役立たずになるものと思っていいでしょう。少し前にやってきた、あの雑魚パーティーとは格が違うようです。私が自ら出て、あの二人の実力を確かめるとしましょう」

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