第17話・あの時の生き残り

「もしや……あの時の生き残り……」

『そうだ』


 満足そうに女は頷く。


 上半身だけではあるが男を前に、裸体を曝け出している。

 しかし彼女はそれを一切気にしている素振りを見せない。


 そして俺もこんな異常な状況が気にならないくらい、彼女の言葉に意識が向いていた。


『二年前──《極光》は最悪の戦いに挑んだ。四体の悪魔が村に現れ、それを討伐しにいったのだ。

《極光》以外では誰も達成出来ない。《極光》以外では誰もが足手まといになる。そんな最悪の戦い──そこで貴様らは辛くも勝利を収めた。大きなを払ってな』


 犠牲──黒滅が暴走し、村人を皆殺しにしてしまった事件。

 あれから俺は人を殺すこと、そして全力の黒滅を怖がってしまった。


「…………」

『ふんっ、なにも言葉を返せないか』


 と女は瞳に軽蔑の感情を浮かべ、そう吐き捨てた。


『その部屋に《影の英雄団》の資料が置いてある。我らの真の目的を……な。私は貴様と戦うために、《影の英雄団》を立ち上げた。しかし……今の私では貴様と並び立つほどの力はない』

「当然です」


 言葉を失っている俺の一方、ライラは映像の女に敵意を向ける。


「誰もノア様には勝てません。それは私を含め、《極光》の他のメンバーも同様です。A級とS級の間には大きな差がある。しかしそれ以上に、黒滅とそれ以外とではさらに高い壁がそびえ立っているのですから」

『そのことを否定はせんよ。だが……それも限定というだけの話だ。唯一、貴様に黒星を付ける一歩手前までいった存在がいたな』

「……あの時の悪魔だな」


 ぼそりと俺は呟く。


 厳しい戦いだった。

 本来の俺たちでは、あの悪魔には勝てなかった。

 ゆえに俺は全力の黒滅を発動した。


 その結果が村人の皆殺し──いや、目の前の少女を除いて、村人を全員虐殺してしまった事件に繋がる。


『ゆえに私はあの時の悪魔を召喚し、貴様に対抗することにした』

「な……っ!」


 驚愕の声を漏らすライラ。


「あなたは正気ですか!? あれは人間が操れるものではありません。それにどうやって悪魔なんかを召喚……」

『それについては、その資料に書かれてある。帰ってから、じっくりと読むんだな』


 その言葉を皮切りに、女の映像がぶつ切りになる。


「ま、待ちなさい。話はまだ終わって……」


 ライラは手を伸ばすが、映像相手には無意味なことだ。

 それに気付いたのか、ライラは悔しそうな表情を浮かべた。


『私の名前はイルザ。覚えておけ。黒滅を殺す女の名だ』


 最後にそう言い残して、女──イルザの映像は今度こそ消えた。




「うわっ、派手にやったわねー。まあ私ほどじゃないけど……って」


 イルザが言っていた資料を探していたら、ようやくフィオナが俺たちに追いついた。


「どうしてそんな暗い顔してんのよ、ノア。ここにいるってことは、戦いには勝ったんでしょ?」

「ああ……」


 結局、セシルとの戦いは無傷のまま勝利した。

 しかしそれは外傷的な意味合いだ。

 その後のイルザの登場によって、俺の心には深い傷が刻まれた。


「あなたは相変わらず無神経ですね、フィオナ様」


 ライラがそう声をかけると、フィオナは初めて彼女に気付いたといった感じで。


「あら、ライラもいたのね」

「久しぶりの再会なんですよ? もっとかける言葉はないのですか?」

「ノアと再会した時に考えてた台詞はあるけど、あんたにはないわ。まあそれも、ノアの顔を見たら全部吹っ飛んじゃった」


 この場の雰囲気に似つかわしくないほどの、フィオナの明るい声。

 だが、今はそんな彼女の存在が有り難かった。


「それで……ノア。なにがあったのよ。秘密にすんのはなしよ? あんたが話さなくても、ライラに聞くんだから」

「二年前の最悪の事件──あの時の生き残りが《影の英雄団》の首謀者だ」


 俺が言うとフィオナの表情が一転。

 一気に真剣味を帯びる。


「なっ……! 二年前っていうと、あの悪魔と戦った時よね!? というか、あの時に生き残りがいたの!?」

「そうだ」

「なんてこと……どうして彼女が《影の英雄団》の首謀者に? それにどうやってそれを知って……」

「フィオナ様」


 フィオナの肩をポンと軽く叩くライラ。


「色々と起こりすぎて、ノア様も思考の整理が付いていないのです。それなのに根掘り葉掘り聞くのは、さすがに無神経では?」

「……そうね、ごめん。あんたの言う通りだわ」


 とフィオナは慈しむような口調で言う。


 ライラとは悪口を言い合うような仲ではあるが、自分が悪いと思ったら謝れるのがフィオナの良さだ。

 もっとも、出会った当初のフィオナはそうでもなかったが。


「ノアもごめんね。喋りたくなかったら喋らないでいいわよ。あんたは背負ってるものが多すぎるから……」

「いや……」


 俺は真っ直ぐとフィオナの双眸を見つめ、こう続ける。


「街に帰ったら、ちゃんと話すよ。二年前、俺は全ての苦労を自分で背負っているつもりになって、にはろくに説明もしなかった。今思えば、それが誤りだったと思うんだ」


 ゆえに《極光》は解散し、《影の英雄団》のような闇パーティーが台頭してきた。

 もし俺が彼女の前からいなくならなければ、ああしてイルザと再び顔を合わせることはなかったかもしれない。


「身勝手なことだと思う。でも二人にも知ってて欲しいんだ。俺がみんなの前からいなくなった本当の理由を」

「身勝手? なにを言ってんのよ」


 フィオナの表情が優しさを帯びる。


「ずっと言ってるでしょ? あんたは一人で背負いすぎ。ちょっとは我儘を言いなさい」

「そうです。それとも僕たちでは力不足だと? 僕たちに話しても、どうしようもならないと思っていたのでしょうか?」

「……いや」


 フィオナとライラと話していると、二年間ずっともやもやしていた気持ちが晴れていくようだった。


「俺は二年前から、フィオナとライラ、そして鏡槍メリッサを信頼している。あの時は気が動転していたが……さすがに二年という歳月は、俺に自分の過ちを気付かせる期間となったようだ。フィオナ、ライラ……本当にごめん」


 俺はここに戻ってきた。

 最強から逃げ出し、《光の勇者たち》で冒険者ごっこをしていても、ちっとも気持ちは前向きにならなかった。


 しかし今は彼女たちがいる。


 彼女たちの存在の大きさを、あらためて実感するのであった。

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