第8話・全く歯が立たない(アーク視点)

 一方その頃、《光の勇者たち》は……。



「ぜえっ、ぜえっ……どういうことだ。体が重い」



《影の英雄団》のアジトに来ており、リーダーのアークは肩で息をしていた。

 他のパーティーメンバーも同様で皆、疲労困憊の様子である。女魔法使いにいたっては魔力の使いすぎのせいか、顔色が青白くなっていた。


「そ、そうね……なんか変だわ。ちょっと魔法を使っただけで、こんなに疲れるなんて……初めての経験」

「し、しかし、これで敵は全てやっちまっただろ。け、結果オーライだ」


 女魔法使いの言葉に、男武闘家がそう言葉を返す。



 今、彼らの周りには十数人の人間が倒れている。



《影の英雄団》のパーティーメンバーである。

 なかなか手強い相手ではあったが、死闘の結果、アークたちが辛くも勝利をおさめていた。


(だが、これくらいの相手……僕たちならすぐに倒せたはずなのに。どうしてこうなった?)


 とアークは先ほどの戦闘を思い出す。


 まるで水の中で戦っているような、不思議な感覚だった。

 自分の持っている剣が重く、一振りするだけで難儀した。相手の動きが見えづらく、何度も攻撃をくらってしまった。


 他のパーティーメンバーも同じような違和感を抱いていたらしい。


『お、おい! 早く魔法を使いやがれ!』

『無茶言わないでよ! そんなに連発することが……って、今までなら出来てたはずなんだけど、何故か今日は出来ないのよ!』

『こんなに早く魔力切れになる……? おかしい。私の計算では、あと百発は撃てるはずですが……』


 パーティーの間で混乱が広がり、悲鳴のような声が響いたのが、アークの耳にやけにこびりついている。


 動揺しているのはアークも同じであった。


『ぼ、僕を援護してくれ! どうしてそこでぼーっと眺めている!?』

『はあ? 誰がぼーっと眺めている……だ! アークこそ、いつもの華麗な剣捌きはどうした!? 今のお前はまるで子どもの遊びみたいだぜ?』


 戦闘中にも関わらず喧嘩をしてしまい、そのせいでさらにチームワークが乱れてしまう。


 そのせいで戦いには勝利したものの、今のアークたちはボロボロ。

 男治癒士も魔力を使い切ってしまったせいか、ろくに治癒魔法を使うことも出来ない。


「とはいえ……戦いには勝ったんだ。今まで、どの冒険者も勝てなかった《影の英雄団》相手にな!」


 アークのその言葉に、《光の勇者たち》の表情が明るくなる。


(この依頼はA級以上にしか受注出来ないものだった。ギルドとしては、これ以上、《影の英雄団》に恥をかかせられるわけにはいかなかったんだろう。結果的に最強──の一角である僕たちに依頼が回ってきた)


 これは誉れなことである。

 それほど、ギルドから僕たちが信頼されていることなのだから──と。


 計算違いなことはあったが、戦いに勝利したことには変わりない。

 今日はたまたま調子が悪かっただけ。


 なんなら、これだけ調子が悪くても《影の英雄団》相手に勝てたのは、良いことなのでは?

 アークはそう前向きに考えることにした。



 ……無論、アークたちはただ調子が悪かっただけではない。

 これが彼らの本来の実力なのだ。


 今まで戦闘中は、ノアの光魔法によって強化されていただけ。

 そのことに気付かないアークたちは、これを『調子』や『運』や『仲間』のせいにしていた。



「は、早いとこ、アジトを物色してから帰ろう。手ぶらで帰っても、意味がないからな」


《影の英雄団》は魔物の売買に手を染めている、悪質な闇パーティーだ。

 しかしそのの目的は分かっていない。

 金が目的だとしても、それにしては魔物を買い取る際の金額は膨大。逆に売却値段は雀の涙ほどの値段だった。

 これでは赤字のはずだった。


 ゆえに……ギルドは考えた。

《影の英雄団》はなんらかの目的で魔物を集め、そして余剰分を放出しているだけではないのか?


 しかしその目的がはっきりとしていないため、ギルドとしても手をこまねいていた。


「そうですね。こんなに強いヤツらが配備されていたくらいです。彼らの情報が書かれた重要な資料が、アジト内にあるはずなのですから」

「それを回収して、無事に依頼達成ってことね」

「早くしようぜ。今日はさっさと帰って、夜の街に繰り出してえ」


 パーティーメンバーも口々に言う。

 この場からさっさといなくなりたいような口振りである。


「よ、よし……疲れているだろうが、もう少しだ。その資料さえ回収してしまえば、僕たちは華々しく出迎えられ……」


 その時であった。



「A級パーティーの《光の勇者たち》といえども、この程度ですが?」



 頭上から声。

《光の勇者たち》が見上げると、吹き抜けになっている二階から一人の男が顔を出した。


「だ、誰だ!?」


 アークが剣を構え、急に現れた男に敵意を飛ばす。


 男は顔に軽薄な笑顔を張り付け、アークたちとは対照的に非常に落ち着いた様であった。


「私は《影の英雄団》幹部セシル。一部始終を見させてもらっていましたよ」

「か、幹部……だと?」


 男治癒士の表情が動揺の色で染まる。


「どういうことだ。じゃあ、ここに倒れている連中は……」

「ああ、そいつらは《影の英雄団》に入りたての。下っ端の中でも、さらに下っ端ですね。いつもはギルド内で雑用をしてもらっています」

「し、新人!?」


 アークは驚愕で目を見開く。


 なんということだ。この男の言うことが本当なら、僕たちは新人相手に手こずっていたのか? それも彼の口振りから察するに、普段は戦力としてカウントされていないような連中だ……と。


 アークたちの反応がお気に召すものだったのか、男はさらに上機嫌になって口を動かす。


「A級冒険者が攻め込んでくるって聞いてたから、どんなもんかと思っていたんですけどね。ですが、残念です。現在のA級はここまで質が落ちていたんですか? 正直、もう少しやってくれると思っていました」

「う、嘘だ! 新人だなんてハッタリだろ? そうとは思えないくらいの強さだったぞ!」

「強い? 違いますよ。あなたたちが弱いだけです」


 そう言って、男は二階から飛び降り、アークたちの前に着地する。


「見せてあげましょう。本当のA級っていうのをね」


 男がパチンと指を鳴らしたのが合図であった。


「う、うわあああああああ!」


 アークたちの周りに魔法が吹き荒れる。


「失敬。ギルドからは脱退しているので、正しくは元A級パーティーなのでしたね」


 男はどこまでも楽しげである。


 アークたちも抵抗しようとするが、連戦ということもありまともに戦うことが出来ない。


 いや……仮に万全の状態であっても、目の前の男に勝つことが出来ていたか?

 そう考えると、ますます絶望感が増してきて、アークは早くも白旗を上げた。


「に、逃げるぞ!」

「アーク、正気か!? このままじゃ、依頼が失敗ってことになるぜ?」

「構うもんか! 命あっての物種だ!」


 相手には勝てないと悟ったアークは、即座に逃走へと行動を移す。


(こ、こんなのはおかしい。せめていつもの調子だったら!)


 屈辱に塗れた敗走。

 しかしアークの心の内にあったのは、自分の実力不足を棚上げにして、他の事象に責任を求める惨めな考えであった。



 ◆ ◆



《セシル視点》


「……セシル様。あの者たちを逃してしまってよかったんですか?」


 アークたちがその場からいなくなった後。

 男──セシルの傍らに部下が駆け寄ってきて、彼にそう声をかける。


「ふふふ、問題ありませんよ。ド新人に苦戦し、しか力を出していない私に手も足も出ない。あんな雑魚パーティー、何度かかってきても負けません」


 いわば、《光の勇者たち》は虫同然であった。

 虫を生かすも殺すも、そこには大した理由はない。

 セシルのちょっとした気まぐれであった。


「それからセシル様、ギルドに紛れ込ませていた潜伏員から気になる情報が届きました」

「気になる情報? それはなんですか?」

「黒滅が復活したという噂です」


 部下のその言葉に、セシルは思わず「ほお」と声を漏らしてしまった。


「黒滅……かつて最強の冒険者だった男ですね」

「そうです。しかも絶刀も現れて、《極光オーロラフォース》復活だと……ギルドでは俄(にわか)に盛り上がっているようです」


《極光》。

 それは全ての冒険者の憧れであり、誰もが認める最強であった。


 しかし黒滅がパーティーを去った後、《極光》は自然消滅。

 今となっては、個々のパーティーメンバーがどこでなにをしているのかも不明瞭だという。


(まあその中でもの動向は、我らが完璧に掴んでいるんですけどね)


 とセシルは考える。


「どうしますか? 《光の勇者たち》が負けたことにより、ギルドは他の冒険者たちを差し向けてくると思います。もしかしたら《極光》が……」

「構いませんよ」


 セシルは声の調子を変えずに、こう続ける。


「《極光》が最強だったのは過去のこと。来るなら来てもらえばいいじゃないですか。我々は誰にも負けません」


 それに《光の勇者たち》が想像以上に弱かったせいで、一種の消化不良のような気持ちになっているのは否めない。


 セシルは黒滅と戦っている自分を思い浮かべて、舌なめずりした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る