第7話・無事に合格、そして不穏な影

「ごうかーく! ……じゃ!」



 街【カマブーズ】のギルドに戻ってくるなり、みんなの前でギルド長は大々的にそれを告げた。


 その瞬間。

 ギルド内では、まるで爆発したような歓声が巻き起こる。



黒滅こくめつ、復活だああああああ!」

「待て待て。黒滅だけじゃなく、絶刀も揃ってるんだぜ? これは《極光オーロラフォース》が再び戦場に戻ってくるってことじゃねえか」

「全冒険者の憧れであり、伝説の冒険者パーティー……オレ、歴史的な瞬間に立ち会っているんだよな」



 そんな声も俺の耳に入ってきた。


「現金なもんね。最初はノアが本物の黒滅だって言っても、みんな半信半疑だったのに」

「だが、これも冒険者らしい。そうだろ?」

「まあね」


 とフィオナは溜め息を吐くが、その表情はどこか嬉しそうだ。


 冒険者には色々いる。

 中には《光の勇者たち》のように他者の実力をなかなか認めず、悪質なパーティーも。


 しかし一度、実力を認めた彼らは驚くほどに気のいい連中だ。

 この空気感が好きだからこそ、俺は過去のトラウマがあっても、冒険者を続けていたのかもしれない。


「だが、今まで誰も文句の付けようがなかった最強オーロラフォースがいなくなったからこそ、それが治安の悪化に繋がっていたんだろうな」

「うん」


《極光》は最強であり、冒険者たちの象徴であった。

 それなのに、今のような五十歩百歩の実力で、最強が乱立している状況は好ましくないだろう。

 二つや三つ──場合によっては、十を超える最強冒険者パーティーがあったとしても、それは真の意味での最強ではない。

 何故なら、最強とは全ての頂であり、一つでなければいけないからだ。


「じゃが……ここで黒滅(ノア)に、謝っておかねばならぬことがある」

「なんだ?」

「スタートがA級冒険者からになることじゃ」


 と申し訳なさそうな口調で、ギルド長が言う。


 俺は元々、この国に四人しかいないと言われるS級冒険者の一人であった。

 しかしあの出来事があってから冒険者資格を抹消し、F級冒険者から始めた──というのは前にも説明した通りだ。


 普通、冒険者になりたての人間は総じてF級からスタートする。

 そういう意味では、A級冒険者から開始になるのも破格の扱いになるが……。


「やっぱS級からのスタートは、ギルド統一本部の許可が必要ってわけ?」


 フィオナは少し不満げである。


「うむ。A級までは、儂の権限でなんとかなるんじゃがの」

「ふうん、仕方のないこととはいえ、ノアがA級なんていうと一緒にされるのは、なんだか癪だわ」

「フィオナ、どうしてお前は自分のことじゃないのに、そんな顔をしてるんだ?」

「だっっっって、ノアのことなのよ? ノアのことは私のこと。最強のノアが私より下のA級だなんて、変じゃない。ノアはそんなことを思わないだろうから、私が代わりに思ってあげてるってわけ」

「意味が分からん。それに……俺はA級からでも問題ない。結果を示していけば、統一本部も俺のことを無視出来ないから、直にS級昇格の声もかかるだろう」


 問題は、過去の出来事がきっかけで、俺が統一本部から嫌われていることであるが……。

 まあ一度は自分勝手な理由で、冒険者を辞めた身だ。身から出た錆とも言えるし、俺がここで不平不満を口にするのも筋違いだと思う。


「ふうん。まあノアのことだし、それも一理あるわね。明日にでもS級に上がってそうだから」

「明日はさすがに無理だ」


 と俺は苦笑する。


「そういえばギルド長。最近、魔物の売買が貴族や闇パーティーの間で行われているのは本当のことなのか?」

「本当じゃ」


 ギルド長は悔しそうな顔で──とはいえ、カワウソなので気のせいかもしれないが──こう続ける。


「別にお主さんたちを責めるわけではないが、《極光》がいなくなってから周囲の治安は悪化した。そのせいで、《影の英雄団》なんていう、闇パーティーが台頭してきておる」

「《影の英雄団》? 聞いたことのないパーティーだな」

「無理もない。黒滅が冒険者を辞めてから、頭角を表してきたパーティーじゃからな。

 元々はこの街を中心に活動し、A級パーティーにまで上り詰めたパーティーじゃ。しかしその素行の悪さから、とてもじゃないがギルド所属の冒険者パーティーとして認めるわけにもいかなくなった」

「素行の悪さ……? なにをやらかしたんだ。まさか魔物の売買か?」

「黒滅は勘も鋭いな。その通りじゃ。魔物の売買に手を染めていた……とはいっても、まだギルド所属の頃はあくまで噂じゃったがな」


 タチが悪い。

 治安を維持し、人々の平和を守ることが主流である冒険者にとって、そのような行いは許されないはずだ。

 ギルドからクビを切られたのも頷ける。


「あの素行の悪さがなければ、S級パーティーの道も切り開けていたんじゃがの……しかし闇パーティーとなった《影の英雄団》は、大っぴらに悪事に手を染め出した」

「だったら首輪を付けたままにして……と言いたいところだが、ギルド長の立場も考えると難しいな。それに、それほどの狂犬なら首輪を付けられようとも早かれ遅かれ、同じ道を辿っていたに違いない」

「じゃな。しかしギルドとしても、《影の英雄団》の悪事を黙って見過ごしているわけではない。周囲のギルドと連携して、《影の英雄団》を討とうとしている。とはいえ、誰一人……《影の英雄団》に手も足も出なかった」


 これも《極光》がまだ健在なら、なかった現象だろう。

 何故なら、《影の英雄団》がいくら強かろうとも、所詮は有象無象の元A級冒険者パーティー。

 S級とA級は等級が一つだけしか変わらないが、そこには大きな差がある。

《極光》の敵ではない。


「じゃあ、私たちがちゃちゃっとやっちゃおうか? そんなコソコソしている連中、私とノアの敵じゃないから」


 拳を鳴らすフィオナ。


 だが、ギルド長は首を横に振って。


「まあ、待て。そう簡単にことが済むなら、とっくの昔に絶刀に頼んでおる。《影の英雄団》が、どこに本部を構えているのかも未だ不明じゃ」

「それは厄介ね。雑魚をいくら倒しても、蜥蜴の尻尾切りをされるだけだろうから。所在の情報はなにも掴めていないの?」

「本部はまだ分からぬが……ヤツらのアジトの一つを突き止めた。この街から少し離れたところにある屋敷じゃ。昔は貴族様の屋敷じゃったのだが、今は廃墟となっている。どうやら、そこを隠れ家の一つとして使っていたらしい」

「だったら……」

「『私が行く』と言うつもりか? その気持ちは有り難い。しかしこちらもそこまで分かって、ただ手をこまねているわけではない」

「でも元A級なんでしょ? 私たちみたいなS級でしか対応出来ないと思うけど……」

A級にはA級をぶつければいい」


 ……どうしてだろう。

 なんだか、嫌な予感がする。


「その現A級っていう冒険者パーティーの名を聞いてもいいか?」

「隣町を本拠としている、A級パーティー──《光の勇者たち》じゃ」


 その声に周囲がどよめく。


 ……やっぱりか。

 位置関係的に近いし、なんとなくそんな気がしてたんだよな。



「《光の勇者たち》が行くなら、安心だな」

「最強候補の一角にある冒険者パーティー。その中のリーダーであるアークは、なかなかの実力らしいぜ?」

「まあそれも、《極光》が復活したら最強でもなんでもなくなるんだが」



 冒険者たちは口々にそう話をする。


「《光の勇者たち》って、どこかで聞いたことがある名前ね……」


 フィオナは口元に人差し指を付けて、思い出そうとしている。


「俺が元いたパーティーだ。少し前に話をしたばかりなのに、忘れるなよ」

「ああ、そうだった。ノアの実力を見誤った愚かなパーティーよね。愚かすぎて不快だったから、記憶から抹消してたわ」


 そう言って、フィオナが手を叩く。


「じゃあ、《光の勇者たち》がその《影の英雄団》のアジトに向かうから、もう大丈夫だと?」

「その通り。そこには重要な資料が置かれているかもしれん。それがあれば、《影の英雄団》の所在……そしてが分かるじゃろう。今頃、《影の英雄団》の隠れ家に乗り込んでいるはずじゃ」


 本部の場所さえ分かれば、俺とフィオナだけでも《影の英雄団》を倒せる自信はある。


 しかしここで懸念がある。


「あいつらが、《影の英雄団》に勝てるのか……?」


 なにせ、他のパーティーがことごとく討伐を失敗している闇パーティー相手だ。

 

《光の勇者たち》は俺の光魔法による強化によって、A級まで昇り詰めたパーティーだ。

 勝てるところが全く想像出来ないんだが……。


「じゃあ、その人たちのお手並み拝見といったところかしら。本当は私がノアと行きたいけど……今まで、私もろくにそういう依頼を受けてこなかった負い目もあるしね。今回はその《バカな僕たち》に譲ってあげる」

「《光の勇者たち》だ。いきなり間違えるな」

「わざとよ」


 とフィオナは歯を見せて笑った。

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