第6話・絶刀の魔導士

わしが行こう」


 と声が聞こえた。


 前方から聞こえたと思ったが、声の主はどこにいるんだ? 姿が見当たらないが……と探していると、


「ギ、ギルド長!」


 目の前の受付嬢が視線を下にやって、声を上げた。


 ギルド長?

 一体どこに……。


 そう思ったのも束の間、そいつがひょこっとテーブルの下から顔を出した。


 しかしこれにはさすがに俺も驚いてしまう。


「イ、イタチ……?」

「ちっち、惜しかったな。カワウソじゃ」


 そう言葉を発して、カワウソはうんしょうんしょとテーブルに上がった。


「きゃーっ、かわいい!」


 フィオナはそのカワウソを見て、キラキラと瞳を輝かせる。


「触ってもいいかしら?」

「いいぞ。この毛並みは儂の自慢なのじゃ。じっくりと堪能するがいい」

「じゃあ早速……」


 カワウソを撫でると、フィオナの目がとろーんと蕩けた。


「はわわ〜〜〜、やっぱりかわいいわね〜。ありがとっ!」

「どういたしまして。お嬢ちゃんのような美人に触られて、儂も嬉しいぞい」


 とドヤ顔で言うカワウソ。


 うっ……このカワウソ、イケメンだ。

 撫でられるのに慣れているのか、フィオナほどの美人に触られたというのにカワウソは平然としている。


「え、えーっと、話の本題に移ってもいいか?」

「おお、すまんすまん。確か、その小僧を冒険者として認めてもらいたい。そのために絶刀のお嬢ちゃんと一緒に、魔物の大量発生スタンピードを収める。じゃが、その見届け人がいない……という話じゃったな」


 カワウソは俺を見つめる。

 真剣な声音だが……姿がカワウソそのものなので、そちらに意識を引っ張られがちだ。


「その見届け人を儂がしてやろう。ここのギルド長である儂がな」

「……は?」


 カワウソがギルド長……?


 最近の俺──を含む《光の勇者たち》は隣町を拠点として活動していた。ゆえにここのギルドを訪れるの初めてだった。

 だが、カワウソがギルド長なんて聞いたことがない。というかどうしてカワウソが喋っているのだろうか。


「ギルド長が直々に出向いてくれるっていうの? 大判振る舞いね」


 フィオナはカワウソがギルド長なことに、全く疑問を抱いていなさそう。


 もしかして、ここのギルド長がカワウソなのは有名だったのか? いや、そもそも……ってダメだ。こうしている間にも時間は刻一刻と流れていく。数々の疑問は棚上げにして、今は取りあえず話を前に進めよう。


「ふむ。先ほどから、絶刀のお嬢ちゃんはその小僧のことを『黒滅』だと言い張っていたな?」

「そうよ、誰も信じてくれないけど」

「仕方あるまい。最強と呼ばれた《極光》は、基本的に戦場を駆け回っていた。ゆえにその姿をはっきりと見た者は少ない。さらにその中でも、素顔は誰も見たことがないと言われていた黒滅じゃからな。皆が疑うのも仕方ないことじゃろうて」


《極光》で黒滅の剣聖と呼ばれていた頃。

 俺は人前に出る時、大仰な仮面を被っていた。


 最初は目立つのが嫌なだけだった。

 だが、その仮面はいつしか黒滅の象徴だと言われ、外しったくっても外せなくなった。


「そういや、ノア。あのカッコいい仮面はもう付けないの?」

「あの、どこがカッコいいんだ。今思えば恥ずかしい。とうの昔に捨ててしまったし、これを機会に仮面は被らないようにしたいと思う」

「うーっ、すごく似合ってたのに……」


 とフィオナは指を咥えた。


「……こほん」


 カワウソ(ギルド長?)が咳払いをして、さらに話を続けた。


「ギルド長に就いて長いが、絶刀と黒滅の戦いっぷりは見たことがない。もし絶刀のお嬢ちゃんが言っていることが本当で、小僧が真の黒滅なら──儂が見定めたい。それに絶刀がようやくやる気を出してくれたのじゃ。ここで儂が出ていかなければ、失礼に当たるじゃろう」

「決まりね」


 パチンと指を鳴らすフィオナ。


「ノアもそれで良いわよね?」

「嫌と言っても、無理やり引っ張りつれていくつもりだろうが」


 やれやれと肩をすくめる。


 少々強引な気もするが、あの面倒臭い冒険者試験をもう一度やらなくていいと考えると、気が楽になる。ここは彼女の策に乗らせてもらおう。


「じゃあ行くわよ! 新生《極光》として初めての仕事だわ!」


 とフィオナは拳を高く突き上げ、俺以上にやる気十分だった。



 ◆ ◆



 すぐに森【カマブーズの森】に移動。


 そこで俺たちが目にしたのは、目を血張らせて森の木の実を食い散らかす大量のエビルモンキーだった。


「おおー、やってるやってる。百体以上はいるかしら?」


 その様子を木の上で眺めるフィオナ。

 口調は呑気なものである。


「俺がやってもいいが……久しぶりにフィオナが戦っているところを見てみたいな」

「え? ノア、私のことをもっと見たいの? 私のこと、そんなに好き?」

「ん……まあ、フィオナの戦っている姿は好きだ。小細工なしの真っ向勝負だからな」


 別に他の戦い方が嫌いというわけでもないが、フィオナの戦っている様は見ていて気持ちがいい。

 当たり前だが……二年前にフィオナと別れてから、彼女の戦っている姿は見たことがない。

 腕が鈍っちゃいないかについての確認も必要だ。まあ彼女のことだから、心配はしていないが。


「ふふん、そっか。ノアは私のことが好きなんだっ」


 声を弾ませるフィオナ。


 どうしてさっきから、こんなに機嫌がいいんだろうか。


「絶刀のお嬢ちゃんに言うのも失礼かもしれぬが……油断は大敵じゃぞ。エビルモンキーはなかなか手強い敵じゃ」


 俺の肩に乗ったカワウソの姿をしたギルド長が言う。


 エビルモンキーの見た目そのものは猿だ。

 目が赤色に血走っていて、常に殺気立っていなければ可愛く見えていた……のかもしれない。


「そうね。ちゃちゃっとやってくるわ」


 そう言って、フィオナは木の上から降りる。


 その瞬間、一斉にエビルモンキーの視線が彼女に向いた。


 常人ならその殺気に圧されて、動けなくなってしまう。

 しかし当の本人であるフィオナは呑気なもので、手ぶらなまま大量のエビルモンキーと相対する。


「カワウソ……じゃなかった。ギルド長は驚かないんだな?」

「なにがだ?」


 木の上で待機した俺は、ギルド長にそう疑問を投げかけた。


「いや……フィオナのことをなにも知らない人は、彼女の出立いでだちに大抵目を丸くするからな」

「うむ……それは、絶刀のお嬢ちゃんがなにも持っていないことか?」


 絶刀の魔導士──。


 彼女はの剣士であり、の魔導士だ。


 そんな彼女が軽装で、なにも武器を携えずに戦おうとするのだから、疑問に思う者も多いだろう。


「まあ絶刀のお嬢ちゃんと言ったら、さすがに有名じゃからな」


 フィオナが体勢を低くして、腰に手をやる。

 無論、剣士が携えているはずの剣はそこには存在しない。


「黒滅が剣を選ばぬなら──絶刀は剣を剣士。何故なら──」


 エビルモンキーがフィオナに殺到する。


 フィオナに肉薄しようかとする時──彼女が剣を




 絶刀の魔導士。

 彼女は剣を持たない剣士だ。


 だが、彼女には代わりに魔法があった。


 魔法で剣を錬成し、それで一気に敵を薙ぎ払う。

 一対一の戦いが好まれる東洋の精神とは真逆の、大規模戦闘に特化した剣士。

 何故なら──彼女の振るう絶刀は、たった一振りで千以上の兵士を斬り伏せるからだ。


 常人なら有り得ない所業。

 それをフィオナは魔法──絶刀にて達成する。




「絶刀──」


 フィオナが右手を払うと──そこには黄金の剣が現れた。


 雷撃──黄金の粒子はたった一振りで、目の前のエビルモンキーを薙ぎ払った。


 その余波はエビルモンキーだけに止まらない。

 前方の草木も一気に薙ぎ払い、彼女の絶刀を振るった後は戦争でも起こったかのごとく、焼け野原となっていた。


「……相変わらず豪快だな」


 と俺はギルド長を肩に乗せたまま、木から飛び降りる。


 彼女の前方にいれば、今頃俺たちもそこらへんに転がっているエビルモンキーのようになっていただろう。

 久しぶりに見たが……やはり、フィオナは市街戦に向いてなさすぎる。こういった人が住んでいない場所でしか、その力を百パーセント引き出すことが出来ない。


 だが、それだけの欠点があってなお、最強の一角であるS級冒険者に彼女は昇り詰めたのだ。

 それだけで、フィオナのすごさを証明する術となるだろう。


「どうだった、どうだった? ノア! 私、カッコよかった?」

「うんうん、カッコよかった。すごかった」

「でしょ〜? まあノアには敵わないけどね。あっ、そうだ。ご褒美のナデナデをして! お願い!」

「ん……別にいいが、それも久しぶりだな」


 そう言って、突き出してきたフィオナの頭を俺は撫でる。


 こいつは二年前から、なにか戦いで活躍したらこうして俺に『ナデナデ』を要求してきた。

 俺みたいな冴えない男に撫でられるのを、どうしてそんなに欲するのだろうか?


「〜〜〜〜〜〜〜!」


 だが、こうして恍惚とした猫みたいに目を細めるフィオナの姿は、仲間としての贔屓目を外して見ても、とても可愛らしかった。


「……というか、倒す獲物がもう残っていないんだが?」


 ナデナデはそろそろいいだろう。


 フィオナの振るった絶刀によって、あれだけいたエビルモンキーが全滅してしまっている。

 これでは俺が付いてきた意味がない。


「いや、待て──どうやら、小僧の出番はまだあるようだぞ。この臭いは……」


 ギルド長が鼻をひくつかせる。


 その瞬間だった。



 エビルモンキーより一回り大きい猿が、目にも止まらぬ速さで俺たちに接近したのだ。



「おっと」


 俺はフィオナを抱えて、軽々と回避する。


「フィオナ、どうして自分で避けようとしなかった?」

「だってこうしてれば、ノアに抱っこされるって分かってたんだもーん」


 可愛らしい声で言うフィオナ。


 しかし反面、ギルド長の声音は厳しかった。


「こ、これはユニークモンスター『流星の巨猿おおざる』じゃ! 目撃情報はあったが、まさか本当に出るとは……」


 数が少ない魔物──それがユニークモンスターだ。

 さらに普通の魔物とは比べものにならない強さを誇っている。強さの度合いはピンからキリまであるが、少なくともC級冒険者以上でなければ対処が出来ない。


「よかった。まだ獲物が残ってて」

「本当にそうね」


 自分で言うのもなんだが……緊張感を漂わせているギルド長に対して、俺たちは先ほどから呑気なものだ。


「ギルド長、この魔物を倒せば俺のライセンス再発行を認めてくれるか?」


 ギルド長に一旦フィオナに預けながら、俺はそう問いかける。


「うむ、もちろんじゃ。申し分ない。しかしユニークモンスターじゃぞ? 流星の巨猿は普通のエビルモンキーよりでかいだけではなく、とてつもなく素早い。ヤツに攻撃を当てるだけでも至難の──」

「グオオオオオオ!」


 ギルド長がうだうだ説明している間に、流星の巨猿が襲いかかってきた。

 しかもご丁寧なことにジグザグと走行し、俺に的を絞らせないようにする。なかなか狡猾だな、こいつは。


 だが。



「まだ遅い」



 黒滅──。


 あの時、武器屋の主人に譲ってもらったオンボロ剣を抜き、光魔法を込める。

 刀身が黒色に包まれ、向かってくる流星の巨猿を真っ二つに斬った。


 これだけの動作を、俺は瞬きすらも許されない僅かな時間で完了させる。

 地面には、流星の巨猿の両断された死体が転がっていた。


「な、なんじゃと……? 黒い閃光が一瞬ピカッと光ったかと思ったら、流星の巨猿がし、し、死んでおる!?」

「これが黒滅ノアよ。これでも手加減してるんだから。ねー、ノア?」

「まあ……本気で振るったら、こんなもんじゃ済まないからな」


 頭をポリポリと掻く。


 ギルド長はわなわなと震えていたが、その瞳の色を見れば合格か不合格かは決まったようなものだった。

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