第5話・グッドタイミングね

「ノアの野郎がいなくなって、せいせいしたな!」


《光の勇者たち》。


 彼らはノアがいなくなった後、街の酒場で酒を呷りながら、追放したノアのことについて話していた。



「ほんとほんと! あいつが戦闘でぼけーっと突っ立てるのを見てっと、イライラしたからな!」

「あの子、私の胸を嫌らしい〜目で見てたのよね。気持ち悪かったわ」

「あいつがいなくなって、僕たちのパフォーマンスはさらに向上するでしょう」



 仲間メンバーの言葉をうんうんと頷きながら聞いていると、《光の勇者たち》リーダーのアークは心地いい気分になった。


(やっぱり、僕の判断は間違っていなかったんだ!)


 もちろん、それを疑ったことはない。

 しかしこうしてノアの悪口を言いながら酒を飲んでいると、それをあらためて実感するのだった。


「そういえばアーク、知ってるか?」

「なにがだ?」

「隣町に『絶刀ぜっとうの魔導士』が来てるって話だよ」


 パーティーメンバーの男戦士がそう口にする。


「ああ、そんな話は聞いた気がするが……」

「どうして今頃、人前に姿を現したんだろうか? ここ最近は絶刀──いや、それだけじゃなく、《極光オーロラフォース》の人間は表舞台に出てこなかったというのに……」


 男戦士は訝しむような表情である。


 彼の言っている通り、冒険者ギルド統一本部から唯一S級パーティーの認定を受けている《極光》の名は、ここ最近ではめっきり聞かなくなった。

 なんでも、各々のメンバーがろくに活動しておらず、《極光》は休止状態となっているらしい。


『《極光》の時代は終わった』


 そう嘆く人間も多い。


(今まで、最強の冒険者パーティーといえば《極光》だった。《極光》に憧れて、冒険者を志した者も多い)


 だが、《極光》が実質解散のような形になってから、最強は空座となった。

 これにより、幾多もの冒険者パーティーが、空座となった最強を掴み取るために血眼に働いた。


《光の勇者たち》も、そんな中の一つである。


 そしてそれはもう少しで届きそうになっていたが……。


「心配ですね」


 男治癒士が眼鏡をくいっと上げて、理知的な口調でこう続ける。


「絶刀が再び動き出すというのは、《極光》復活の兆しでしょうか? 僕たちが最強を目指しているというのも、元はと言えば《極光》がいなくなってから。彼……いや、彼女らが復活してしまえば……」

「構いっこない!」


 ダンッ!


 テーブルを思い切り叩き、立ち上がるアーク。


「仮に《極光》がいなくとも、僕たち《光の勇者たち》が最強だ! どうせ、《極光》の伝説もほとんどが脚色されたものだろう。僕たちが負けるわけないさ」

「そ、そうですね。すみません、失言でした。そうです……我々、《光の勇者たち》は誰にも負けないのですから」


 男治癒士が慌てて言い繕ったことに、アークは首を縦に振った。


(そうだ……なにも問題はない。足手まといもいなくなったし、僕たちはこれからさらに飛躍していくんだ)



 しかしアークはこの時、自分でも気が付かなかった。


極光オーロラフォース》復活の話を聞いて、胸の奥深くにもやもやっとした気持ちが生まれたのを。

 そして──《光の勇者たち》では、黒滅が復活した《極光》の足元にも及ばないことを。


 まだ、気付かない。



 ◆ ◆



「はあ!? どうしてノアの冒険者ライセンスが無効になってんのよ!」


 街【カマブーズ】の冒険者ギルド。

 受付嬢に対して、フィオナが怒鳴り声を上げていた。


「す、すみません……」


 フィオナの迫力に、受付嬢も体を縮こます。


「おいフィオナ、やめろ。受付嬢さんが怖がってるじゃないか」

「で、でも……」

「それに受付嬢さんは適切に処理しただけだ。彼女は自分の仕事を全うしただけ。そうだよな?」

「は、はい……」


 俺からの助け舟に、受付嬢は表情をパッと明るくする。


「そうね……ごめんなさい。怒鳴るような真似をしてしまって。あんたは悪くないもんね」

「い、いえいえ、そんなそんな! 絶刀の魔導士様にそう言っていただけるだけで、私は十分ですから」


 当たり前だが、絶刀の魔導士フィオナのことは受付嬢も知っているらしい。


 彼女は国で三人(元々、俺を含めて四人だったが)しかいないS級冒険者だ。

 しかも最近はほとんどギルドに顔を出してこなかった。


 そんな彼女がギルドに来ているだけではなく、受付の前で大きな声を発しているのである。

 周囲の冒険者たちも遠巻きに俺たちに眺め、コソコソと話をしていた。


 そうじゃなくても、フィオナは絶世の美少女だからな。

 仮に彼女が絶刀の魔導士でなくても、自然と注目を集めていただろう。


「それにしても……まさか《光の勇者たち》? って言ったかしら。ノアの冒険者資格を取り下げていただなんて……」


 ただライセンスをなくしただけなら、すぐに再発行することが出来る。しかしアークたちは思っていたより陰湿で、俺にバレないように『ノアの冒険者資格の無効の手続き』を行っていたのである。


 冒険者ライセンスというのは、基本的に地域ごとの冒険者ギルド支部によって発行される。

 ただしS級冒険者を認定する、冒険者ギルド統一本部ともなれば、他人が勝手に本人の同意もなくして資格の無効などやれないが……残念ながら、今の俺はD級冒険者。

 結果的に、アークたちの好き放題にやらせてしまった。


「どうにかならないの?」

「そ、そうですね……もう一度、冒険者になるための試験を受けていただくのはどうでしょうか? 等級はリセットされますが、そうすればもう一度冒険者に……」

「はあ!? だってノアよ? 黒滅こくめつの剣聖なのよ? それなのに、どうしてもう一度……」

「フィオナ、受付嬢さんが困ってる」

「……ごめんなさい」


 そう言って、フィオナは額を抑える。


「冒険者試験なんて受けてたら、まどろっこしいじゃない。次の試験日はいつなの?」

「に、二週間後です!」

「結構先ね。うーん、どうしたものかしら。さすがに冒険者ライセンスを持っていなかったら、色々と不便だし……」


 冒険者ライセンスを持って初めて、ギルドから正式に依頼を受けることが出来る。

 依頼というのはギルドを中心に集まってくるし、なによりも知名度の向上が段違い。

 ここで俺が冒険者ライセンスを持たずに『闇冒険者』として生きるという選択肢を取ることは、現実的ではないだろう。


「こうなったら、仕方ないだろ。二週間先まで、のんびり待つ──」


 と言いかけた時であった。



 ウウウーーーーーッ!



 ギルド内に剣呑なアラームが響き渡る。

 それによって、周囲の雰囲気が一気にピリッとした。



『緊急依頼! 緊急依頼! カマブーズの森にて、魔物の大量発生スタンピードが起こりました! 出現魔物モンスターはエビルモンキー! エビルモンキーの上級種『流星の巨猿おおざる』の確認もされています! B以上の冒険者は直ちに依頼の受注を──』



 続けて、そんな声もギルド内に響き渡った。


魔物の大量発生スタンピード……これまたタイミングが悪いな」


 魔物の大量発生スタンピードというのはその名の通り、一箇所に魔物が集まってしまう現象のことだ。

 非常に危険度が高く、ある程度上位の冒険者でなければ依頼を受注することも出来ない。

 滅多にあるものでもないが、まさかこんな時になんて……。


「いや、タイミング最高よ」


 しかしフィオナはニヤッと笑う。


 あっ、知ってる。

 これは彼女が悪いこと……違った、良いことを閃いた時の表情である。


「私がその魔物の大量発生スタンピードが発生している森に行ってくるわ。絶刀の魔導士、フィオナ様がね」


 フィオナの言葉に、周囲が活気立つ。



「フィ、フィオナ様が!? 今までまともに依頼を受けてきたことがなかったのに?」

「しかし絶刀が行ってくれるなら、もう心配はないな。ふう、良かった……」



 最近はほとんど活動してこなかったと言っていたが、それでも絶刀の魔導士の圧倒的な強さは、冒険者の記憶に深く刻み込まれているようだ。


「ほ、本当ですか!?」

「もちろんよ。でも……一つだけ条件がある」


 とフィオナは俺を指差す。


「黒滅と一緒に行くわ」

「黒滅……っていうと、その男性……ノア様のことですか?」

「そうよ。私も戦うけど……魔物の処理のほとんどはノアに任せるわ。魔物の大量発生スタンピードを収められる冒険者なんて、なかなかいないでしょ? もし成功したら、特例でノアを冒険者にしてくんない?」

「そ、それは……っ」


 S級冒険者のフィオナには、ある程度の無茶が許される。

 しかしそんな彼女の言葉をもってすら、受付嬢の首を縦に動かすことは出来ないでいた。


「なに? それじゃあ、ノアの実力を認めるのに不十分ってこと?」

「い、いえ! 違うんです。だが……」

「仮に魔物の大量発生スタンピードを俺一人で収めたとして、それを証明する人間がどこにいるんだ」


 とフィオナの頭を軽く小突く。


 正直、エビルモンキーの魔物の大量発生スタンピードくらいなら、フィオナ一人で十分である。

 それなのに「実際、戦ったのはノアなんです〜」と彼女が言ったとしても、受付嬢としてはそれを信じるか信じないか決めかねるのだろう。


「じゃあ、私たちのことを見張る人も同伴すればいいだけじゃないの」

「中立の立場で、しっかりと判断を下せるヤツがいないんだろう。しかもお前と俺がいるとはいえ、魔物の大量発生スタンピードがいるど真ん中に行くんだからな。最低限、自分の身を守る術と覚悟くらいは必要だ」


 しかしそんな都合の良い人物が、ここにいるのだろうか……。


 そう頭を働かせていると、


わしが行こう」

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