さようなら、もう二度と逢えない貴方へ -6-


「由衣さ、」

 真白がドアの外に身を乗り出す。が、そこは列車が減速を始めた環川駅の前だった。見慣れた木々が流れ、環川は泡もなく、さらさらと流れている。三日月は藍色へと近づく空に浮かび、夜の星は二つ、三つ、と煌めきを増す。

 けれど由衣はどこにもいなかった。

「ゆ、由衣さん、」


 真白は声を震わせて列車の後方の窓へ走る。すると、呼吸を整えた園寺が真白の肩に手を置いた。

「彼奴は大丈夫さ」

「でも列車から落ちて、」

「由衣は環町に入れない。結界が修復された証拠だ。大方、鉄道橋の下にでも戻ってるんだろう」


 真白は疑問だらけだったが、園寺は確信めいた言い方をした。真白はそもそも二人のことをあまり知らない。年末から今日までの出来事を全部飛ばしてこの場にいる。葵も落ち着いていた。真白は大丈夫なのだと自分に言い聞かせて、列車の座席に座る。

 列車に残された真白、葵、園寺は環川駅を見送った。環川駅の警備員は何も知らない顔で列車を見送る。


 再び加速した列車の中で、園寺は思案の後、名前を呼んだ。

「――遠香紬」


 紬はぼさぼさの頭で列車の中央に座り込み、園寺を見上げていた。一瞬にして真白達の前に現れた紬に、この人だ、と真白は緊張がほぐれて長く息を吐く。

 神界で名前を呼んでもらった時。あの場に現れた紬には、真白にも覚えがあった。現れた紬は、列車の様子を見ると安心したように両手を床に着く。


 霊力を二度も献上したとは思えないほど元気そうだ。もしや一度だけだった、と真白は思い返すが、堕ち神の紅さに取り込まれた世界は、霊力を横取りしなければ成り立たないほど強大な力だったと思う。

 訳が分からず真白は御霊に答えを求めるが、葵も首を捻っている。紬はけろりとしていた。


 四人きりの列車の中で、園寺だけがハハと脱力して笑った。

「死体が返ってきたらどうしようかと思った」


      ***


 希衣を送り出した後。紬は苔のベッドに寝転がって、両手を胸の上に置き目を瞑った。霊力を捧げるのは一瞬らしい。どうやって霊力を、と考えていたらいつの間にか眠っていた。

 由衣に名前を呼ばれた気がして、紬は起きたのだ。

「あ……もしかして」


 終わったのかもしれない。そう感じてすぐ、違和感に首を捻る。名前を呼ばれたら、帰れるのではなかったか。紬は由衣に名前を呼ばれて目を覚ましたのではないのか。

 どうして神界にまだいるのだろう。

 苔のベッド。ひしめきあう竹。何も変わっていない。紬の胸に一抹の不安がよぎる。葵が叫んでいたことを思い出したのだ。

 その時、空間全体を響かせる声が聞こえてきた。それは加見の声だった。


「霊力を堕ち神に横取りされた。二度目の譲渡を許すか」

 紬は戦慄した。

「失敗って……二度目は死ぬんじゃ」

 堕ち神に力を奪われ、神界に取り残されたのだ。状況を把握した紬は、言葉を失って呆然とした。

 由衣に名前を呼ばれていた。帰る条件を満たせていない紬は、神界で目を覚ましてしまった。


 二度目の譲渡を許すか。答えは一つしかない。

 もしも許さなければ神界に幽閉、来年の贄の子として結局は二度目の譲渡をすることになる。今か、一年後か。ただそれだけの選択。死は免れられない。

 紬は胸に広がる虚脱感のどこかで、安堵を覚えていた。死は覚悟がいるけれど、恐ろしくはなかった。

 紬は苔のベッドに横になる。

「どうぞ」


 霊力を。紬が枯渇するほどの力を。献上した力で、環町の結界は守られる。



「それで、気付いたらここにいたの」

 紬は狐につままれた気分で説明した。

「で、由衣さんはどこ?」

 二度目の譲渡で命を落とすというのは迷信か何かだったのだろう。紬は自分のことよりも由衣の行方が気になった。なぜ列車に乗っていないのか。途中で由衣だけ下車はあり得ない。環町の結界が修復されて、そこで由衣の身に何かが起きたとしか思えない。


 園寺は床に座り込んだ紬を立たせて座席に座らせると、自身は吊革に掴まって紬を見下ろした。

「鉄道橋にいるだろ。慌てなくても逃げねぇよ」

「でも、」

「要するに」

 園寺は紬の反駁を遮る。

「二度の献上に耐えたってことだろ」

 園寺は「心当たりならある」と紬の過去に触れた。

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