「隙」を埋める -9-


「悪いな、テルは一番荒くれ者なんだ」

 健吾が眉間に皺を寄せながら部屋を出ていく。外の廊下から健吾がテルを呼ぶ声が聞こえたが、テルは無視してアパートを飛び出して行ったみたいだった。樹が残された二人に首を傾げて返事を仰ぐ。

「は、はい。中止、連絡、します」

「オーケー」


 萎縮しきった二人を置いて、樹も部屋を出た。真白も後を追うと、階段を上ってくる健吾が「逃げられた」と首を振っていた。

 後の部屋はすんなりと中止の伝達が行き渡った。中高生女子の部屋は元々肝試しに参加する気がないと断言していた。小学生の男の子たちも従順に中止を受け入れ、最後に訪れた小学生の女の子の部屋で、真白はやっと一息ついた。カーテンや家具は小学生の部屋になると、一気にカラフルになる。真白はこの色の明るさが好きだった。


「クリームあんまん?」

「クイニーアマン!」

 楽し気な会話をしている方を見ると、健吾は小学五年生の浩美ひろみからもらったクイニーアマンをしげしげと眺めている。

「フッ……クリームあんまん……」

 樹が手の甲で抑えきれない笑みを隠す。


「樹さんって、健吾さんのことになると笑いのツボ浅くなりますよね」

「彼奴が面白いのが悪い」

 開き直ってふんぞり返る樹は真白に腕を突き出す。

「そろそろ行ったら?」

 腕時計を見せたかったらしい。シンプルな金色の腕時計は六時手前を指している。

「そうですね。今日は、協力ありがとうございました。樹さん、健吾さん」


「練習頑張れよー」

 健吾がひらりと手を挙げる。樹は真白と一緒に部屋を出ると、大きく伸びをして後頭部に手の平を乗せた。

「テルのことは当日までに何とかしてみるが……意固地になってるから難しいかもしれない」

「大変ですね、毎日あんな感じなんですか?」

「まーな。元々気性の荒い奴だから」


 樹は空を見上げて白い息を吐く。雪雲が垂れ込め、電灯がぼんやりと暗い道を照らしている。

「送ってくよ。神社までか?」

「え、いいですよ。自分で行けます」

「隙は埋めた方がいいんだろ」

 ……確かに、夜道も「隙」かもしれない。


 真白は樹の好意に甘えて送ってもらうことにした。道中はお互いに話すこともなく、通り過ぎる車、切れかけた電灯のジージーという音、一軒家から漏れる会話などを聞きながらアーケード街を潜って神社に辿り着く。神社は既に大祭用の提灯が吊られていて、まるで当日のように明るかった。

「ここまででいいか」

「あ、うん、ありがとうございました」

「いや」


 樹は神主さんに会う前に元来た道を引き返す。その姿を見送ってから、神社奥の広場へ向かうと、もう葵は帰り支度をしていた。

「……遅いよ。今日はもう終わり」

「あれ、そう? 残念、じゃあ神主さんに挨拶してくるね」

「……神楽殿にいる」

 葵の眉は顰められたままだ。


「あ、そうだよね。肝試しはちゃんと中止の連絡が行くようになったからもう心配しなくて大丈夫だよ。あとはテル君だけ説得すれば」

「そう」

 報告だけ聞くと、葵はさっさと背を向けて片付け始める。提灯の明かりは一列ずつ消され、明るかった分、余計に視界が利かなくなる。全部消えてしまう前に急いで神主さんに会いに行くと、ちょうど神楽殿から出てきたところだった。


「ごめんなさい、急いできたんですけど終わっちゃいましたね」

「葵君から聞いたよ。今年は特に気を付けなければならないことが山ほどあるからのう。明日は来られるかな?」

「はい、みっちり練習します。明日はもう大祭の前々日ですもんね!」


 真白は祭りの準備期間から、段々高揚していく過程が好きだ。提灯が灯り、屋台が並び、太鼓が担ぎ込まれ、焚火の薪が運ばれる。それに加えて真白には大きな役目がある。神楽は大祭の目玉だ。舞えば空気も凛と澄むような気がするし、町中の人の視線を浴びる緊張感は想像するだけで心地いい。指折り数える暇もなく、目まぐるしく過ぎていく日々。

 神主さんと約束をした真白は「隙」を作らないよう、葵と明るい道を選んで帰った。

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