「隙」を埋める -8-


「樹さん健吾さんおかえりっす」

「あ、宇衛真白だ」

 二番目に声を上げたのは真白のクラスメイトだった。知ってはいるが、話したのも目が合ったのも初めてだ。

「どうも……お邪魔してます」

「あー、はい……」

「コウキ、愛想」


 微妙な空気にすかさず健吾の声が飛ぶ。するとコウキは人が変わったように「ゆっくりしてって」と無理やり口角を上げて言った。

 この孤児院において樹と健吾は最年長、寮長に似た役割を任されているのだろう。壁の薄いアパートだからか、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえる。

「またテルだな」

 樹は壁を睨んでため息を吐いた。


「真白、説明しとく。ここは俺ら高校生男子の部屋。隣が中学男子、その隣が中高女子。この部屋の真下の一階は小学生男子、その隣が小学生女子。で一番奥は昨日行った事務室。今から全部屋周って肝試しの中止を伝達する」

「え、中止なんすか!?」

 漫画を読んでいた三人は思わずあんぐりと口を開けてお互いの顔を見合わせ、樹を見た。


「中止だ」

 樹は端的に告げるが、三人は納得がいかない面持ちで真白に視線を移す。

「あ、えっと。今年は本厄なので、肝試しは危険という判断になりました。残念ではありますが、来年は絶対開催できるので……」

「俺らずっと楽しみにしてたのに、こんな間近になって急に中止とか言われても……なー」


 三人は顔を見合わせて、そうだそうだと頷き合う。が、そこは樹の眼力が三人を威圧する。

「中止だ。明日中には自分の学年に伝えておけ」

「え、明日中……」

「当日もし誰かが集まりでもしたら」


「わ、分かりました分かりました! すごまないでくれよ樹さん、怖ぇっすよ!」

 三人は両手を上げて降参する。樹は眼力で一人ずつに釘を刺すと、真白に次の部屋だと合図した。真白が玄関でローファーを履いていると、健吾がひとつだけ豆乳プリンを三人に渡していた。

「仲良く分けろよ」

「あざっす!」


 三人で分けたら二口、三口がせいぜいだろう。けれど三人は宝物をもらったように目を輝かせていた。

 隣の部屋を覗くと、案の定テルが暴れていた。修復が終わっていない割れた窓ガラスには段ボールが張られている。雑然とした室内は樹たちの部屋と同じ間取りなのに、全く別の部屋に見えた。


 テルは今にも襲い掛かってきそうな勢いで、怒りに肩を震わせている。驚いて立ち尽くした真白に、健吾が大丈夫だと背を叩いて宥める。

 テルの他には二人の中学生男子が膝を抱えて縮こまっていた。

「おい、何してるテル」

「……っこいつらが悪ぃんだよ!」

「説明しろ」


 樹が有無を言わせず詰問する。テルは乱暴に椅子に座るとキッと怯えている二人を睨んだ。

「こいつらが俺のプリン食った」

「だ、だって名前書いてなかったから誰が食べてもいいんだと思って」

「俺のだ!」

「テル」


 樹の鋭い声に、テルもさすがに黙り込む。

「自分の物には名前を書けって言ったろ。お前らも食う前に確認しろよ。テルが名前を書き忘れんのはよくあることだろ」

「ごめんなさい」

「テルも謝れ」

「なんで食われたのに謝んなきゃいけねぇんだよ」


「過剰に怖がらせたろ。それに共用の家具を壊しかけた」

「…………すいませんでした」

 口の中でもごもごと呟くと、すっかり拗ねたテルは黙り込んで部外者の真白を睨む。健吾は庇うように真白の前に出ると、豆乳プリンをテルに差し出した。

「食え。後で豆腐屋のおっちゃんにお礼言っとけよ」

「けっ。甘くねえじゃんこれ」


「じゃあいらないか?」

「んなこと言ってねーだろ」

 少しだけ機嫌を持ち直したテルは、付属の黒蜜ときな粉をかけると、年相応のあどけない頬にプリンを頬張る。

「で、本題だ。今年の肝試しは中止になった。自分の学年に伝えとけ。あとここにいない同室の奴らにも言っといてくれ」


「は? 何それ。俺は行く」

「行っても誰もいないぞ」

「うるせぇな、行くっつったら行くんだよ!」

 テルは「クソが」と唾棄すると、乱暴にプリンを掻き込み、真白にわざとぶつかって外に出ていった。

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