「隙」を埋める -7-
真白は思い至って顔を顰める。かつて心の隙を突かれた人が起こした事件。何人の命が奪われ、何人が苦しみ、悲しんだのか。
人が望み、創られた神様。加見は人に望まれたこと――環町の結界を守ること以外は手に余ると言った。「隙」の存在を知っていても、埋めることはできない。テルの反抗的な態度に頭を抱え、テルを叱ることはできても、心の「隙」を埋められないのは真白にも理解できた。
だからこそ、生きている人間が堕ち神に対峙するのだ。
警察が「隙」を埋めているのなら、テルの「隙」も埋めなければならない。気付いた真白が動くしかない。
真白はちらりと樹を見る。その双眸に宿る強い意志を感じ取った樹は、真面目な顔で続きを促した。
「テルくんは肝試しに参加しますか?」
「あぁ……毎年来てる」
「ということは、樹さんも?」
「まあ。見張っとかねぇと馬鹿する奴もいるからな」
丁度いい。樹はリーダー格だ。
「それなら、お願いしたいことがあります。まずはその肝試しを中止にしなきゃいけないんですけど、私じゃ誰に言っても相手にされそうになくて。樹さんならできますか?」
「中止? 何で」
樹は怪訝な顔をする。
「加見さんから「隙」の話は聞いてないですか?」
「そういう小難しい話はしない」
「つまりですね……堕ち神に目を付けられる弱みを見せちゃいけないってことです」
「肝試しが何で弱みになる?」
いまいち理解していない樹に、真白は加見から聞いた話を余さず伝えた。前回の本厄で起きた事件、事故。そしてそれらを誘発するに至った堕ち神の「隙」を突く行為――。脅威から命を守るため、今年は警察も動いている。真白は熱心に事細かく話した。
「だからテルくんが堕ち神に狙われないように「隙」を埋めないと。肝試しなんて格好の餌ですから」
「…………今この場で返事はできない。全部初耳だし、俺一人の一存で動くわけにもいかない」
腕を組んだまま、樹は目を伏せている。それでも時折すれ違う人たちは樹に挨拶をし、樹も指先で答えている。みんな樹には尊敬の念を抱いているようだった。孤児院のボスなのかもしれない。それなら猶更、協力してもらわなければ……。
真白が答えあぐねていると、始業を告げるチャイムが鳴った。
「あの、じゃあ、放課後にまた……」
「――あぁ。俺の教室に来てくれ。三年だ」
樹はそう言い置くと、真白の返事を聞く前に行ってしまった。
真白は自分の教室に着いてからは樹のことを考えるのは止めて、綺麗な教科書を眺めてはそっと微笑んだ。高校生。学校は一つでも、呼び名と制服が変われば気分は別物だ。全学年一クラスしかない小さな学校だけれど、高一のクラスには二十人余りいる。真白はあまり社交的ではないので友達はいないが、隣の席の人と必要な会話くらいならしていた。好意も悪意も何もない真っ新な真白の交友関係は「隙」がなく安心だった。
一月の授業は月末にテストがあるので追い込み気味だったが、真白はつつがなく授業を終えた。昼休みには樹の協力を仰いだ旨を葵に話し、放課後に一緒に会いに行くことになった。待ち合わせ場所は高三のクラスだと伝え、真白はホームルームが終わったと同時に教室を出る。放課後の学校は朝よりも活気があり、様々な予定を抱えた人たちとすれ違う。真白はランドセルを背負った小学生を横目に懐かしみながら、行ったことのない高三の教室へ、やや緊張した足取りで向かった。
樹は教室の奥で健吾と話し込んでいた。葵ももういる。樹は窓側を向いていて、真白と目が合った健吾が手招きする。
「来たぞ、宮代」
「――あぁ」
迷いのない瞳が真白を射る。
心は決まったようだった。
「肝試しは中止する。ホームから伝達すれば明日中には全員の耳に入るだろ」
「! ありがとうございます、助かります」
よかった、これで大きな「隙」が埋められる。
真白は一安心して葵に笑いかける。樹の言うホームは孤児院のことだろう。樹と健吾は早速ホームへ行こうと真白と葵を誘ったが、
「僕、稽古行きたいんだけど……」
「あ、そっか。じゃあ神主さんにまた遅れて行くって伝えといてくれる?」
「いいけど……姉ちゃん、そんなに休んで平気なの?」
葵は暗に練習しろと言っている。さすがに休み過ぎかとは真白も思っているけれど、
「そうも言ってられないでしょ。命がかかった問題なんだから」
「……そうだね。神主さんには伝えとく。頑張って」
葵はすんなり納得すると、足早に教室を出て行った。その後ろ姿を見送って二、三拍後に健吾が首を傾げる。
「今更だが……大祭の稽古で忙しいならそっち行った方がいいんじゃないのか? 俺ら伝達するだけだろ? 宇衛さんいなくてもこっちはどうにでもなるが」
「まあ、そうだな」
樹までもが同意する。
「ううん、大丈夫。稽古って言っても、もう私は上出来ってお墨付きですから! 前日でもあるまいし、ちょっと抜けるぐらいなんてことないの」
「だけど……去年まではがむしゃらに練習してなかったか?」
「だから今年は余裕があるんです! 体は一年経ったくらいじゃ忘れないんですよ」
「はあ。宇衛さんは優秀だ」
孤児院までの道すがら、アーケード街で樹と健吾はいろんな店から呼び止められておすそ分けをもらっていた。肉屋のコロッケ、魚屋の刺身、豆腐屋の豆乳プリン、果てには花屋から一輪の薔薇……。
「それは厚意というより恋じゃないですか?」
真白が控えめに確認すると、樹は花を持て余してくるくると回す。
「物好きだよな」
樹は目鼻立ちが整っているので、ただのすれ違いにロマンスを求める女性からすれば格好の相手なのかもしれない。樹と健吾の部屋は二階の左角。ワンルームの部屋は人数が多いこともあって熱気が凄かった。入ってすぐ右には台所がある。本人は部屋に戻るなり、台所の花瓶に花を突っ込んだきり振り返らない。もう一週間以上は続いているらしく、立派な花束になっている薔薇は見事なものだった。
帰りがけにもらった食材を健吾が台所に並べた。樹は熱気を逃がすべく、部屋の奥の窓を開けに行った。台所の奥にはダイニングテーブルがあり、左側には水回りが集まっているようだ。ふすまでダイニングと仕切った六畳ほどの畳には既に帰ってきている高校生三人が漫画を読んでいた。
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