「隙」を埋める -6-
翌日。真白は葵と一緒に登校する道すがら、あることを思い出していた。
学校は多くの子供が集う場所だ。七不思議や伝統行事があるように、子供の想像力はたくましく、またフットワークも軽い。様々な発想を実行に移し、友人と馬鹿騒ぎをするのが常だ。花火大会やハロウィン、クリスマスに大晦日――季節や行事の折に。
そして真白は知っている。大祭の前に行われるそれは、堕ち神にとって格好の『隙』だと。
「ねえ、葵は『隙』の話知ってる?」
「御霊に聞いた」
「あ、じゃあもう対策は考えてるの? あれって大祭前だからさ、もうすぐだよね」
葵は不可解そうに口を曲げて真白を見る。
「なんの話?」
「え? ――肝試しだよ。知らなかった?」
「知らない」
てっきり学生は全員知っていると思い込んでいた。
真白は葵の不機嫌を誤魔化し、早口で肝試しが恒例行事になっていると説明した。肝試しは毎年大祭の前日の夜に神社でこっそりと行われる。とはいっても、怖いもの見たさのやんちゃな学生が集まってわいわい騒ぐだけ。その年によってルールは変わり、去年は神社裏の森のどこかに置かれた札を持ってくる決まりだった。一昨年は隠されている名簿を見つけて名前を書くこと。難しくはない決まりだけに、逸脱した学生が馬鹿をするのもお約束だ。境界の向こう側に幽霊を見たと吹聴したり、木の裏に隠れて脅かしたり……。今年に限っては、とても危険な行為だ。想像するだけで、あの紅い目が脳裏にちらつき、真白は震えあがる。
「だからさ、今年も絶対あると思うの。きっとみんな『隙』の話は知らないだろうし、私たちが伝えて中止にさせないと」
「……うん。先生に掛け合ってみよう」
「先生はちょっと……毎年やってるなんてバレたら怒られそうだし、バラした私たちも怒られそう」
「怒られるようなことしてたの?」
葵は胡乱な目つきになる。
「あー……学生だけで毎年こっそりやるイベントだから、あんまり大人には……」
「姉ちゃんがそんなのに関わってるなんて意外」
「知ってるだけで参加はしたことないよ」
真白は慌てて否定するが、説得力に乏しい。葵の湿った視線は学校に着くまでずっと真白に注がれていた。
下駄箱は学年別に分かれており、左から順に学年が上がって行く。葵は下駄箱で別れる直前に「分かった」とだけ言って中学二年生の列に入って行った。
真白はその後ろ姿を見送りながら、どうしようか悩んだ。
教師には知られたくない。これまで綿々と受け継がれてきた伝統は壊したくない。
なら――影響力のある学生に諫めてもらえればいいのではないか……。
真白は俯いてのろのろと廊下を歩いた。去年、一昨年、その前。ずっと肝試しに参加していたリーダー格は誰だろう。みんな、誰の言うことなら聞いてくれるのだろう。
すると、真白の後ろから「おい!」と声がかかった。一瞬自分のことかと思ったが、真白が振り返る前に、脇をすり抜けて男の子が廊下を走り去る。赤く染めた髪は一目で不良だと分かる。真白よりも年下、中学生の男の子は、呼び止められているにも関わらず、無視して階段を駆け上がって行った。
「……ったく」
聞き覚えのある声だった。見れば、加見の事務所で出会った白金の彼が、面倒くさそうに階段の上を見上げていた。
「ということは……あれがテルくん?」
「あ?」
白金の彼は真白をまじまじと観察する。
「あ、昨日の」
「宇衛真白です。昨日は加見さんに本厄についていろいろ質問させてもらいました」
「ふーん」
「あの、名前を聞いても?」
「
素っ気ないが怒ってはいない。寧ろテルに見せていた保護者のような印象が一転、一人でいると素の表情が見えてぐっと距離が縮んだような気さえする。真白は嬉しくなって肩の力を抜いた。
「昨日一緒にいたもう一人の人は今日いないんですか?」
「新聞配達。始業までには来る」
そうだ、高校生はバイトができるのだ。真白は宇衛のお勤めに励んでいて、バイトにはあまり縁がなかった。行事毎の宇衛のお役目を継ぐ勉強や、神社が賑わう季節には巫女にもなる。
孤児院に住む彼らは、金銭的に自立するためにも高校生になればバイトを始める。前にも真白が孤児院に遊び行った時、来年から大学生になると言っていた人たちはお金を貯めて環町を出ると言っていた。年が近くとも、真白と樹たちとでは事情が違う。
「樹さんは何かバイトしてるんですか?」
「俺はまあ、フレキシブルにいろいろ。真面目なのは性分じゃねぇんだよな」
「? へえ」
「結構儲かるんだぜ」
樹は悪い笑みを浮かべ、人差し指と親指で円を作る。
「そういうのって加見さんは知ってる……んですか?」
「仁さんは人の世話とかしないタイプ。迷惑かけない分には放任だな。達観してるっつうか……自由と責任を持てって感じ」
言われてみれば、神様は甲斐甲斐しく人間の世話など焼かなさそうだ。
「それに、黒沢とは朝の時間配分違うから元々別行動なんだ」
「黒沢って、昨日一緒にいた?」
「そう。
「へぇー。時間配分って……あ、朝ご飯とか?」
「――ずっと食ってっから見てるだけで吐きそうになんだよ。俺、朝は食わねぇし」
さすが柔道部に見えるだけある。あの体格は伊達ではない。真白が深く頷いていると、何を思い出したのか、樹はクツクツと笑う。
「彼奴手もデカいだろ、昼飯用の握り飯がさ、ハンドボールみたいな大きさになるんだよな。そんで中には唐揚げが何個も入ってる」
「さすが……いっぱい食べますね」
「だろ? 自分が小人に思えてくる」
「ちなみに、さっきは何でテルくんを呼んでたんですか? 追いかけなくて平気ですか?」
「いいよ、別に」
樹は捨て鉢なため息を吐く。長いまつ毛が瞳に憂鬱な影を落としている。
「テルも分かってやってんだ。人を困らせたり怒らせたりするのが好きで、その邪魔をする俺が煩わしいんだろ。昨日怒り過ぎたからな、しばらくは俺の顔を見るだけで逃げ続けるさ」
「手に負えないなら加見さんに相談した方がいいんじゃ……なんてったって、加見さんだし」
反抗期にしては度が過ぎている。窓ガラスだってタダではないし、無視され続ければ樹だって悲しいだろう。自分本位な理由だけで他の全てを振り回していたら、きっと人を傷つける破片ばかりが、自分の周りに散らばってしまう。その破片は自分をも傷つける。
そう――テルは格好の「隙」だ。
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