「隙」を埋める -5-


 もう大祭まで日がない。大祭は日没から日の出まで、夜通し催される。その中での目玉はやはり何と言っても真白の神楽と葵の儀式だった。両親から正式に代替わりをしたのは小学四年生の頃だった。それから毎年、今年は七回目になる。踊りの概要は頭に入っている。あとは感覚を取り戻すだけ。だからこれまでの自由が許されていた。真白は体を動かすのが好きなので、大祭の日が楽しみだった。


 真白はアーケードで昼食を買い食いしながら神社に駆けて行くと、神主は大鳥居の下を竹箒で掃除していた。

「お、今日までは休むんじゃなかったかい?」

「もう用事終わったから、少しでも練習しようって思って」

 真白がそう言うと、神主は破顔して腰に手を当てた。


「どれ、じゃあちと見ようかの。どれくらい覚えているかな?」

 真白は自分でもどうだろうと内心ドキドキしていた。自分の部屋でこっそり踊った時に案外体が覚えているものだなあと分かって安心したのだが、神主の目にはどう映るだろう。

 神主の後を追って、神社の奥の広場で真白は息を整える。そこには先に練習に来ていた葵が儀式の順を確認していた。真白を見ると、広場から隅に移動する。神楽殿は正装をしなければ入れないから、今日のところは外で練習だ。


 合格ライン、越えられるといいけど。

 真白はそう願って目を閉じる。周りの雑音や景色に集中力を削がれたくなかった。


 ――そう、最初は手のひらを上に、空に翳すんだ。


 それから真白は踊った。それは完璧に近い神楽だった。足の運び、細やかな指先までの気遣い。口元には笑みを湛え、去年の、一昨年の、七回分の神楽をありありと思い出して。完全に体が覚えている神楽。その軌跡を辿って踊るのは、追体験のような、不思議な感覚だった。本番に使う鈴の音さえ聞こえた気がした。過去の真白の幻覚に体が合わさる、言い表せない快感。


 踊り終わるころには息も上がり、真白は閉じていた瞼を持ち上げる。眩しく、鮮やかな緑に眩暈がする。

「さすがじゃあ、真白ちゃん。去年から全く衰えてない。素晴らしい」

「本当ですか! よかったあ」


「明日からは神楽の衣装を着て、本番通りにやってみようか。どれ、次は葵君じゃ。できるかい?」

「はい」

 葵は町民を代表して神様への祈祷と奉納をし、魔を祓う儀式をする。儀式自体は一通りの流れを覚えれば、本番は原稿を見ながら執り行われる。葵は神主から原稿を受け取ると、真白と同じように去年見た姿のままの動きをした。


 祈祷を終えた葵は膝に付いた土を払い、神主が頷くのを見て魔を祓う儀式に移行する。これには真白も少し参加する。

 環町代表の地主の息子が、憑いている御霊と共に服従の意を示す。巫女の真白は審判役で、双方の同意を確認する。それが魔を祓う儀式だった。葵は真白の目の前で土下座の形をとると真白の足の甲に口を寄せる。真白は頭を下げた葵の上で、魔除けの鈴祓いをするのだ。


 一連の儀式を終えると、神主は拍手をした。

「よく覚えておるな。さすがは勤勉で清い宇衛の子たちだ。これなら本番も、そう心配はせんでよかろう」

「よかったね、葵! 私もなんだかホッとしちゃった……」

「毎年こうじゃん」


 葵は淡々としているが、やはり表情の隙間からは安堵が見て取れた。

 神主は時計を見ると、今日のところはお終いだと言った。

「明日からは本番同様の格好で練習するからの。暗くなる前に帰って、休憩しておきなさい」

 逢魔が時が近かった。


 家に帰ると葵は早々に部屋に籠ってしまって、暇になった真白は数学の教科書を眺めた。難しくはあったが、全く理解ができないわけではない。授業についていけるだろうと安心して教科書を閉じる。次はクローゼットの服を片っ端から着て一人でファッションショーをして夜を過ごした。

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