幽霊のいない環町 -4-
時計はそろそろ十四時だ。紬は神主にお礼を言って鳥居を潜った。
葵の学校が終わるにはもう少しかかりそうだ。紬は近くのカフェを検索して、丘の中腹にある場所を選んだ。歩きながら、グループ通話の画面を開く。
通話中の由衣の方からは相変わらず、鳥の声や葉が風にそよぐ音が聞こえている。紬は園寺を通話に招待して、彼が参加したのを確認すると報告した。
「香々美さんの一月三日の大体の足取りが分かりました」
『お、早いね紬ちゃん。助かる』
「まず香々美さんは十一時に環町旅館でチェックアウトを済ませています。その時から赤い着物を着ていたと女将さんが言っていました。それから「これからどこかへ行く」というようなことを女将さんに告げています。女将さんは香々美さんが何と言っていたのかは思い出せないみたいでしたが、初詣に神社に行くのだと思ったと言っていました。その後香々美さんは神社へ向かっています」
『神社に行くと思った、か……』
園寺が唸る。由衣も考え込んでいる風だ。
「神社に着いた香々美さんなんですが、なんか破天荒って言ってました、神主さん。真っ赤な着物に真っ赤な口紅で笑ってて……「サエは死んだ」とか呟きながら小一時間境内をうろついてたみたいですよ。香々美さんは神主さんにサエについて尋ねてます。神主さんが知らないと言うと笑ってたって。やばいですよね」
『やべぇな。事件に巻き込まれたっつうより、飛んで火に入る夏の虫だったのかもな』
「冬ですよ。で、十二時から十二時半の間にいつのまにかいなくなってた、と。神主さんは鳥居のところにいたので、境内にいた香々美さんは森に入って行った可能性が高いですね。境内からあの獣道に繋がる、無謀な人なら行けそうな道があったんです」
紬が言い終わると、園寺はため息をついた。
『……確定かなー。森に犯人が潜んでた可能性も低そうだし、イカれた女の事故死、または自殺……で処理するしかねぇかな。しっかし、武人さんには何て言うかぁ』
「園寺さんのところにいるんですか?」
『おう。環町の件は元から警察で抱えてた問題だったしな。トギさんに報告ついでに保護した』
紬や由衣の静止を聞かずに祠へ突っ走って行った男だ。香々美の死が武人にどう作用するのか。環町の周りを彷徨われても、紬の足首を掴んだ幽霊がいて危険だし、妥当な判断だったのだろう。
園寺はすっかり諦めモードだが、思慮深い由衣の声が結論に待ったをかけた。
『――紬君、ひとつ、旅館に帰った時でいいから女将さんに質問してみてくれないかい? サエ、という名前に聞き覚えがないか』
「分かりました。確かに、神主さんに名前を言ってるなら女将さんも聞いてるかもしれませんね」
『紬ちゃんってその辺にいる霊とは会話できねぇの? サエって名前の悪霊がいるとか聞いたりさ……』
「できませんよ。幽霊からこっちに干渉することはあっても、その逆はありません。というか環町には本当に幽霊がいないんです。あ、でも神様憑きの少年とか、神様の分身の加見さんって人? とかがいるらしいんですよ」
『なにそれ?』
「少年は言葉通り、神様が憑いてるんですって。宇衛葵君って言うんです。この後その子と会う約束してて。面白いですよね、神様って本当にいると思いますか?」
『信じる人の世界には? 俺は付喪神なら信じてる』
「私は正直半信半疑なんです。神様じゃなくて善良な幽霊と性根腐った幽霊って分け方ならまだ……いや、悪霊っていうのは未練のある死人が幽霊としてこの世に干渉しようとすることだと思ってます。善良なら、わざわざ霊体になってまで、見知らぬ人間を守護しますか?」
『神様は生きてる姿が霊体だろ。ま、好意は有難く受け取っときゃいい』
『和也の考えは私も好きだな。神様というのは人間が存在を証明できるものではないのかもしれない。けれど、実際に神様が憑いていると言う少年がいて、紬君はその少年に助けられた。その事実だけで十分じゃないかな。真偽がどうあれ、自分が正しいと思う行動をしていれば『神に背く』ことにはならないと思うよ』
「なるほど、由衣さんらしい包含理論ですね。じゃあ私もそうします」
丘の中腹の坂で、紬はお目当てのカフェを見つける。店内はテーブル席が二つ。個人宅の一階で営業している小さなカフェだ。紬は窓際の席に座ってコーヒーを頼んだ。携帯を見ると園寺はもう通話から抜けていた。葵からメッセージが来るのを待ちながら、紬は通話中の由衣の音を聞いていた。
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